144.導く者
「きみは……」
気配も感じなかったのに、いつの間にやら背後にいたルマンちゃん。
そのこと自体にも驚きなのだが、それ以前にどうして勝手にここへ入って来た?
今の口振りからして、オレたち目当てにやって来たようだが……ここは建物内だ。
この建物がオレたちの拠点であると知っていない限りは、まず入ろうとも思わないはず……。
「……あなたのこと、探してたから」
「……えっと……」
まるで心を見透かされたようにそう言われたが、流石に読心術とかは持ってないよな、この子。
「始まったね、終末が」
――何?
「きみ、今なんて……」
「終末。終わりが始まった」
「……おい、何なんだコイツは」
後方のバランが、不気味なものを見るような目つきでルマンちゃんを見ていた。
ただ、バランが特に露骨だっただけで、他のメンバーも彼女に対して得体の知れなさを感じているのは確かだ。
この子は一体……何者なんだ?
「コホン……失礼、貴方はこの街に暮らしている住民なのですか?」
メルシオネ教官が、なるべく警戒心を感じさせないよう努めながら質問する。
一方、少女はこちらの動揺など意にも介さず、眠たげな表情を崩さないでいた。
「この街にじゃなくて、この世界にって言った方がいいかも」
「それは――」
この世界の他に無数の異世界があることを、認識していなければ出せない答えだ。
終末のことを知っていたり、異世界についても理解していたり……明らかにこの子は只者ではない。
「……きみ、ルマンちゃんって言うんだよね? ダインを探してたってどういうこと?」
ルカが訊ねるのに、
「そう……ここから頑張ってもらわなくちゃ、いけないから」
「……オレに?」
ルマンちゃんはこくりと頷く。
オレに……というか、オレを含めたアトモス学園の全員にという意味だとは思うのだが。
お菓子をあげたこともあるし、彼女の中でオレのことが特に気になっていたというだけだろう、多分。
「ねえ、ルマンちゃん。ダインに聞いたけど、きみは祭が始まる前から今回のことを知ってる風に話していたみたいだね。昔から決まってたとか……お腹いっぱいになったとか」
「あ……」
イオナが口にして気付く。
お腹がいっぱいになったという暗喩は、つまり終末ノ獣に対することだったのか。
世界に還元されるマナが、獣を呼び覚ますのに足りてしまったことを示すのに、ルマンちゃんはそういう例えを使ったのだ。
「だから、その時点できみがただの女の子じゃないと思ったんだけど……きみは一体何者なの?」
「……流石は預言者さん、ってとこかな」
ルマンちゃんの想定外の返しに、イオナは顔を強張らせた。
イオナが抱える秘密。それを知るのみならず、容赦なく踏み込んでくるなんて。
幸い囁くような声だったため、他の面々には正確に聞き取れてはいなさそうだったが……。
「そうだね……わたしのことをあなたたちに分かりやすく説明すると……《《天使》》、と言えばいいのかな」
「て――天使……?」
さらりと言い放ったルマンちゃんのワードに、オレたちは呆気にとられた。
特にエレンちゃんなどは、信じられないとばかりに首を振っている。
「え、天使はもちろん聞いたことありますけど、だってそれはあくまでお話の中の存在で……」
「セラフィス教会の教えやんな? あの、困った人々を天使が導く言うヤツ……」
エステルちゃんの問いに、エレンちゃんはこくこくと頷く。
そう、天使という概念自体は誰でも聞いたことがあるはずだ。
セラフィス教会が人々に説いている話の中に登場しているからである。
記憶にある限りでは確か、人々の下に困難や危機が訪れたとき、天使たちが喇叭を吹いて進むべき道を示してくれるのだったか。
とにかくそういう教えが一般には伝えられているのだ。
「……教会は女神の残した御言葉を知っていて、抽象的なそれを一般にも分かりやすいお話にしてるんだけど……」
「エレン殿が驚いているほどだ、教会の者でもまさか天使そのものが存在するとは認識していなさそうでござるな……」
或いはまた、アディさんがそうであったように教会の中でも更に限られた人物しか存在を知らないか、だ。
しかし、それにしたって本物の天使とは……。
「……胡散臭すぎるだろう、コイツは」
バランが呆れ果てた様子で言い捨てる。
胡散臭いか、面倒臭いか。年頃の少女の妄言だろうと聞き流す人がいてもおかしくないだろうな。
オレだって、普通ならきっと信じちゃいない。
けれど、エイヴスがこんな状況に陥り、その上で彼女が何もかも見透かしたように語るのを目の当たりにすると……。
『……お前さん、自分のことを天使と言ったか? だったらつまり、お前さんは俺たちに道を示してくれるってことになるわけだが』
気難しい表情でそう問うたのはコーネリア校長だ。
こういう場面で冗談は許されんぞ、とルマンちゃんに鋭い視線を投げかけていた。
「もちろんそのつもり。でも、わたしが出来るのは道を教えてあげることだけだよ」
「……本当に教えてくれるの?」
困惑気味にフェイが聞き返すのに、ルマンちゃんは首を小さく縦に動かした。
「ぶっちゃけ、ここからエイヴスが助かるルートなんて考えつかないんだけど……ルマンちゃんには起死回生の凄い策があるってことかい」
皮肉交じりのエスカーの問いにも、
「凄いかどうかは分からない。でも、方法は用意されてる」
顔色一つ変えずに、そう言ってのけるのだった。
「……ルマンさん。率直に言って我々は手放しにあなたを信用することは出来ません。自らを天使とするならば、きっと見た目通りの年齢でもないのでしょうしね」
「それはそう。わたしも、信用してほしいとまでは思ってない。わたしはあなたたちの味方でもないし、敵でもないから……少なくとも、今のところは」
「今のところは……ですか」
それはいずれ、少女がオレたちの敵か味方どちらかになるということの仄めかしともとれる。
教会の教えを素直に受け取るなら、天使は人類にとっての味方だろうが……この子の態度からすると、百パーセントそうだとは断定出来そうもない。
「わたしは道を示すだけ。後の選択は……あなたたち次第だよ」
ルマンちゃんはそう言うと、か細い右腕をゆっくりと胸の高さまで上げ、掌を上に向ける。
そこからマナの光がぼう、と滲み出し……とある景色を映し出した。
「……これは……」
「あなたたちが機械でやってるのと同じこと。……ここが、今日という日のために用意された場所だよ」
彼女の掌の上に現れた光景。
その場所とは――クレイス原生林の奥地に遺されたあの、蒼の遺跡に相違なかった。




