142.終わりに抗うためには
しばらくしてメルシオネ教官がアンドルー邸に帰還し、また少ししてバランチームも帰ってきた。
全員が揃ったのを確認してから、オレたちは仕事部屋に籠っているアンドルーさんにお伺いを立て、話し合いをする運びとなるのだった。
アトモス学園の面々にアンドルーさん、それに意識が回復したマレー族長も参加することになり、人数はかなり多くなる。
なので応接室ではなく、食堂を話し合いの場に利用することとなった。
時刻は夜八時……豊饒祈願の儀式から、既に三時間が経っている。
速いような遅いような……とにかく目まぐるしい展開続きで、今もまだ気持ちに余裕を持つのが難しい。
「本来なら、私から提案させてもらうべきなのだが……すまなかったね」
「いえ、アンドルーさんは避難所の選定等で忙殺されているとのことでしたので……むしろ、ご無理はなさらないでください」
メルシオネ教官はアンドルーさんを気遣う言葉を述べたが、アンドルーさんは首を振り、そうも言ってられないさと弱々しく笑んだ。
「ところで……そちらはロウディシアから支援に駆けつけてくださった方ということで良いのかな?」
「はい。スキア=スティングと言う者です、微力ながら街を護る手伝いをと」
「避難してきた住民から、魔物を倒しながら消火活動までしてくれたと聞いている。非常に助かっているよ」
アンドルーさんはそう言ってスキアさんに頭を下げる。
やはり、普段よりも気持ちが弱っているのだろう、声や仕草からそれが何となく読み取れてしまう。
「まずは各地の被害状況を共有しておくことにしよう。……終末ノ獣と呼ばれるあの怪物によってエイヴス全土が燃やされ、また怪物の生み出した眷属が今も各地で彷徨っているようだ。アーテミーは方々の尽力によって、住民の避難とある程度の消火活動が完了しているが、住宅の多くが倒壊、焼失してしまったため一つの避難所に相当数の住民を押し込む形となってしまっている。死傷者については、死者が一名、重傷者が十一名、軽傷者が四十三名……これでも十分抑えられただろうとは思っているが、亡くなられた方には心からお悔やみを申し上げる……」
……この恐るべき災害の中、やはり亡くなってしまった住民もいたのか。
国一つが炎に包まれ、イレギュラーで溢れかえるような異常事態……その一人を、少ないとみるか多いとみるか。
オレは決して少ないとは言えなかった。一人でも、救えなかった命が事実あるわけだから。
「アンパッサの方は元々、頑固な者以外はこちらへ避難してくるか、或いは祭に参加しておったし、人的被害は少なかった。里におった者の無事も確認出来ておる……こちらまで逃げて来おったからな。せいぜい何人かが軽い怪我をしたくらいだ」
「とは言え、森が燃やされてしまったのですから里の被害は大きいでしょう」
「まあ、お前さんの言う通りだが。……この際、アンパッサの里という歴史は終わらせるしかないのかもしれんな」
アンドルーさんの言葉に、マレー族長は独り言ちるようにそう語った。
アンパッサの歴史を終わらせる……か。里の全てが燃え尽きてしまったとき、再び同じ場所に里を作るのが良いことなのかどうか。
共存の道が生まれ始めた今、そこも含めて考える必要があるわけだ。
「あの……ところでマレー族長。族長はどうして街の外れで倒れていたんですか?」
訊ねたのはイオナだ。彼女が族長を発見したのだし、気になっていたのも当然のことだろう。
「うむ……儂はディオンと儀式についての打ち合わせをしておったのだが、そこで突然あやつに襲撃され、昏倒させられてしまった。今になって思えば打ち合わせなど嘘っぱちだったのだろう。あやつらの計画がばれぬよう、儂を祭壇から遠い街外れで襲ったのだ」
「そうだったんですね……。では、マレー族長は儀式の際に捧げられる供物について相談を?」
「それも今思うと手際が良すぎた。君らがあの怪物を倒したそのすぐ後、取り急ぎの復旧作業中に提案されたのだ。両者の架け橋として、あの巨大な怪物を倒せたという証として、あれを供物に選定しても良いかとな」
オレたちにすら、それが何を引き起こすか分かっていなかったのだ。マレー族長にディオンの真意を察知出来るわけもない。
どこかで供物がイレギュラーであることが周知されていたら、イオナがおかしいと感じ取れたのかもしれないが、ディオンはなるべく情報が明るみに出ないよう配慮していたはず。口の堅そうな人間としか話していないし、街へ運び込まれた供物は黒い布で覆われていた。
「……今朝、運び込まれる供物をオレとルカは見てたんだ。その大きさと、森の方から運ばれてきたってのでもしかしたらとは思ってたんだけど……それが終末の引き金になるなんて」
「うん……あのときはただの予感だったし、仮にそうだとしても気味の悪いものを供物にしていいのかなって思っただけだった。実際、街の人はアレを見て怖がってたもんね」
終末の引き金……少なくともディオンは、どうなれば世界に終末が訪れるかを理解している口振りだった。
そのような大災厄、ロウディシアでも一部の者しか知らないことだろうに……千年王国はどこまで世界の謎に迫っているというのか。
「昨夜本国と連絡をとった際、教会からの助言としてイレギュラーの数を把握するよう努めてほしいというのがありましたが……実のところ、逆だったわけでしょうね」
「逆って?」
エステルちゃんが首を傾げるのに、メルシオネ教官は詳しい説明を続ける。
「イレギュラーの発生数が危険性の尺度になっているというわけではなく、イレギュラー自体が原因で危険性が増していき、最後には終末という現象が引き起こされるのでしょう……」
祭壇でのディオンの言葉。
イレギュラーの定数が満たされたというあれは、まさにメルシオネ教官の指摘する通りだ。
より正確に言うならば恐らく、イレギュラーの歪んだマナが一定数世界に還元されたとき、終末のトリガーが引かれてしまう……。
「けどイオナちゃん、やけに勘が良かったね? 儀式直前のことを思い返すと、必死にマナの還元を止めようとしてたし……何か知ってたり?」
探りを入れるように訊ねたのはエスカーだ。暴くことが趣味なのだと昨夜オレに告げてきたし、やっぱりかという気持ちになる。
イオナにとってはあまり突っ込まれたくない事情だろうが……。
「ええとね、ちょっと教会関係者に知り合いがいるんだ。イマジネーターになるのが決まったとき、少しだけそういう話を仄めかされて……多分漏らしちゃまずい情報だっただろうし、誰かは聞かないでもらえると」
「……ふうん、そっか」
納得はしていないようだが、聞いても無駄だと判断してか、エスカーはすぐ質問を切り上げた。
対して教会のシスターであるエレンちゃんは、このやりとりで少し関心を持ったらしい。
「誰だろう、アディさんだったりしないよね……」
アディという人はエレンちゃんの良く知る人物なのだろう。
あまり悪い話を聞きたくない、と思っているようだ。
「……話を聞く限り、ロウディシアの方々は今回の災厄について多くの情報を持っているようだが……もしや、こちらへ訪れた理由は行方不明者の捜索だけでは無かったのかな?」
「ええ、混乱を避けるため明かさずにいましたが、エイヴスに危機の予兆ありという報告を受け我々は派遣されてきました。今になって思えば悪手だったかもしれません……申し訳ない」
「いや、始めから危機が迫っているなどと漠然としたことを言われても、まともに取り合わなかっただろう。ディオンも本性を隠してこちらにいたし、ロウディシアの人間は信用ならないと吹き込まれていた可能性が高い」
メルシオネ教官が謝罪を述べるのに、アンドルーさんはそう慰めの言葉をかける。
……実際、ディオンが味方のフリをしていた以上は、下手なことを言わなかったのは正解だった気がする。
「しかし、そうだな。この災厄に対してどう立ち向かえば良いのか、我々には見当もつかない……」
アンドルーさんは眉間に皺を寄せながらまぶたを閉じ、深い溜め息を吐く。
それからオレたちの方をゆっくりと見回した。……頼りになるのはもうロウディシアの者たちしかいないと言うように。
「一連の現象、その大元となっているのは恐らく終末ノ獣だと思われます。あの怪物を討伐出来たならば、これ以上の被害は抑えられそうですが……」
メルシオネ教官はそこで口を閉ざす。
そう……問題の根本は明白だとしても、それが恐ろしく強大に過ぎた。
世界を終わりに導くような怪物? そんなの、悪魔級どころか最上位の魔王級に匹敵するレベルではないのか。
もしもそうだとすれば、メルシオネ教官を含めたとしてもオレたちに敵う相手とは思えない。
もはやこれは、全盛期のコーネリア校長だとか、或いはジャンヌさんが出張ってくるレベルの問題では……。
「失礼します……!」
食堂の扉がノックされた後、使用人の男性が入ってきた。
会議中と分かっての入室だ、何やら緊急の用件であることを窺わせる。
「……何か分かったか?」
アンドルーさんが訊ねると、使用人は焦り気味にはいと答え、
「大陸中央部に突如出現した火山ですが、周囲のマナが火属性を帯び始めているらしく、近づくだけで大変な熱気です。ここからでも確認出来ますが、燃え続けている地面も多く……千年王国の者たちが去っていった山頂付近まで、向かうこと自体極めて困難かと」
「やはりそうか……分かった、ありがとう」
使用人は一礼し、すぐに食堂を出ていく。
……周囲のマナが火属性を帯びている、か。既にあれほどの天変地異を引き起こしている以上、今更大げさには驚かないが、とんでもない力なのは間違いない。
終末ノ獣と対峙するどころか、そいつが待つ場所に行くことすら困難だなんて、本当にどうすればいいんだ?
ここにいる全員で精一杯悩んだところで、やはり打開策など見つけられそうもなかった。
「……そうですね」
沈黙がしばらく続いたあと。
ちらとテスタマイザーの画面に視線を落とし、メルシオネ教官が口を開いた。
「一度、本国の方に知恵をお借りしてみます。このような事態、私自身は初めてですが、本国なら何か情報を持っている人がいるかもしれませんので」
「そうか……そうしてくれると助かる。今はどのような手にも頼らねばならない緊急事態だ。エイヴスの未来のため……よろしく頼む」
「必ず吉報を届けられるとは言えませんが……とにかく最善を尽くします。どうかお待ちいただけると」
教官は一礼し、さっと立ち上がる。
そしてオレたちに目配せをしたので、オレたちも続いて席を立った。
「では、失礼いたします」
アンドルーさんとマレー族長はそれぞれ、重苦しい表情のまま頷く。
そんな二人を残し、オレたちアトモス学園組は食堂を後にするのだった。




