140.アーテミー防衛戦④
「――フラッド」
開幕はスキアさんの水魔法からだった。
素早く、かつ正確に放たれた水流が前方のイレギュラーに直撃する。
そして、それだけでは致命打にならないとこれまでの戦闘で把握しているのだろう、彼女は間髪入れずにイレギュラーを串刺しにした。
「……ふう」
魔法の適性が水属性なのは間違いないとして、イマジネーターとしての彼女の武器は、メルシオネ教官と同じ細剣だった。
……全く同じというと語弊があるかもしれない。その刀身は教官の細剣に比べればやや短めで、鍔のような部分が無い。
細剣というよりかは、言うなれば大きな針に近いのだろうか。
「それが、スキアさんの」
「祝福の碧棘という……戦いには打ってつけの武具だ」
なるほど、武器は全体的に光沢のある青色をしている。碧き棘という名称は分かりやすい。
クールなスキアさんのイメージにも合っているな、と思う。
実際のところ、反映された彼女の心象世界がどのようなものかは知る由もないが。
「ダインくん、後ろを」
「あ――はい!」
他人のイマジネートは気になってしまうものだが、今はそういう場合じゃない。
一体倒したばかりなのに、また一体やって来ている……どんどん倒していかないと形成が不利になりそうだ。
「くお……ッ!」
突撃してきた眷属を、盾で受け止める。
チリチリと肌が焼けるような感覚。防いでもこれなのだから、直接触れたらかなりヤバい……!
「――フラッド!」
イオナの水魔法が飛んでくる。
その援護に感謝し、冷やされた外皮に一撃をお見舞いした。
「よし……!」
眷属の行動は単調で、接近にさえ気を付ければ無難に処理出来ている。
ただ、こいつも特異な敵であることには違いない。油断はしないように――。
「……っと!」
そう思った途端、眷属は口らしき部分がパクリと開いて炎を噴き出してくる。
体が小さいゆえ、射程もそこまで長くはなかったが、身に纏う炎と同等なら熱量はかなりのものだろう。
当たると大火傷は必至だ。
「そっちに撃つわね――フラッド!」
お次はフェイが水魔法の援護射撃をくれる。
直撃を受けた眷属を、オレは的確に一振りで斬り倒す。
――もどかしいな。
敵が炎で身を固めている以上、誰かの水魔法が取っ掛かりとして必要になっている。
スキアさんのように、オレ自身が魔法も物理攻撃もこなせたらいいのだけれど。
「試すだけ、試してみるか……」
使いこなせるなら、戦闘において有利なのは確実だ。
闇属性以外でも通用するレベルの魔法が放てるかどうか、試しておいて損はない。
――荒々しい水の流れを想起して。
掌の一点に、魔力を集中させる。
キャスパー教官の講義で学んだことを思い出しながら。
素養はあると教官は褒めてくれていた。
それがお世辞じゃないことを信じたいが――。
「――フラッド!」
名を叫び、オレは魔法を行使する。
すると忽ち掌の先から水が生じ、凄まじい勢いで目の前の眷属にぶつかっていった。
やったか――という喜びも束の間、水はものの数秒でその威力を弱めてしまう。
なので眷属が纏った炎を消し去るまではいかなかった。
「ああ、やっぱダメかよ……!」
「……練習中か? 努力家だな」
「出来るかなって思っただけですけどね……!」
スキアさんがオレの魔法を見て、そんなコメントをくれる。
努力家というか、人任せにばかりし辛い性格なだけなんだよな。
「私も始めはそのようなものだった。魔力を練るまでは問題ない、大切なのはコントロールだ……」
そう説明し、スキアさんは見ていろという風にこちらを一瞥してから、眷属たちに向けて手をかざした。
「初めに水あり――フラクタ!」
魔法の発動と同時に、スキアさんの立っている場所から波が発生する。
それは前へ流れゆくほど幅と高さを増していき、眷属たちを呑み込んでしまうほどの大波と化した。
更に、スキアさんがかざした手をくいと上へ動かすと、大波もその動きに連動するよう一段と高くなる。
まるで巨大な鯨が獲物を喰らい尽くすかのように、波は何体もの眷属をその流れの中に沈めたのだった。
「す、凄え……」
スキアさんの水魔法、その威力にも範囲の広さにも驚かされる。
しかし……真に驚くべきなのは、それだけではなかった。
「ま、まさか今の――詠み飛ばし……!?」
イオナが驚愕の表情で呟いたワード。
スキップ――つまり、スキアさんは本来詠唱が必要な魔法を詠唱無しで発動させたということだ。
キャスパー教官の講義でも、それはまだ習っていない。
当たり前だがスキップというのは魔法の基礎的部分ではなくベテランの応用術なのだ。
「アタシが詠み飛ばせるのはランク三までだがな……当然威力も落ちる。ちょうど今のような集団戦なら役に立つ運用法だ」
『えへん、お姉ちゃんは凄いんだよ!』
通信越しにアクアさんが誇らしげに言うのが聞こえてきた。
スキアさんはそれに反応しないが、少し照れ臭そうにしているのが分かる。……何というか、微笑ましい姉妹だ。
「これで近くの敵は弱ったはずだ……一気に叩くぞ」
「了解です……!」
波に呑まれた眷属どもは、すっかり弱り切って辺りに転がっている。
オレとスキアさんはそいつらを手分けして斬り伏せていった。
これだけで、実の六体もの眷属を消滅させられた。
ざっと見た感じ、さっきより敵の数は半減しているようだし、かなり優位になっただろう。
「私もそんな高等テクニック、使えたらなあ……!」
「まだ新入生だもの、私たちはゆっくり上達していきましょ」
イオナとフェイは、スキアさんの強さに刺激を受けたようだ。
かく言うオレも、早く彼女のように強くなりたいという気持ちには当然なる。そういうものだよな。
「さあ……あと一息だ。三人とも、最後まで気を抜くな」
「ええ、きっちり殲滅して退路を切り拓きます……!」
あと何体か眷属を倒せば、住民たちを連れて安全にこの場から逃げられる。
その道を作るため、あともう一踏ん張りしなければ。
スキアさんの号令の下、オレたちは再び眷属たちに向かっていった。
*
……そして、周囲にいた眷属たちを粗方蹴散らせたあと。
オレたちは奥で身を寄せ合っていた住民たちを伴って、広場を脱出した。
一変してしまった街の様子に子どもたちは怯え切っていたが、それでも大人たちに宥められつつ、遅れずに付いてきてくれる。
アンドルー邸への道を進みながら、オレは各方面の状況を把握するため通信を試みた。
「メルシオネ教官、聞こえますか? それにバランも」
『こちらメルシオネ、問題なく』
『……こっちも聞こえてる』
「良かった。こちらは西の広場にいた住民たちをアンドル―邸へ避難させているところです。他方面の状況は」
『私の方は数名の住民に遭遇しましたが、全員自宅に被害が無かったので屋内にいるよう伝えています。出現した眷属は、目につく限りは倒せたかと』
『俺たちのところは特に誰とも会ってない。海側だし、イレギュラーどもの数も多くはなかった。ありがたいことにな』
『もう、余計なこと言わんでええやん』
バランの通信から聞こえてきたツッコミはエステルちゃんのものだった。
そういうやり取りが出来る程度には平和だったということだろう。繰り返すようだがあいつらは巻き込まれたに等しいし、負担が少ないに越したことはない。
オレたちと同じように行動してくれているだけでありがたいのだ。
『ひとまず状況は落ち着いた……と言えるかは分かりませんが、一旦合流すべきでしょうね。アンドルー邸に集まって、状況の整理をしましょう』
「そうですね……色々なことがありましたから」
豊饒祈願の儀式からの天変地異。島の中央に火山が生じ、恐るべき終末ノ獣が降臨した。
街も森も火の海と化し、眷属たちが遅い、そして……テルさんが。
「オレたちが先に着きそうなので、待ってます。これからのこと、しっかり話し合わないとですね」
何もかもが変わり、壊れ始めたエイヴス。
来たる終末にそれでもと抗うため、オレたちに出来ることは何なのだろうか――。




