139.アーテミー防衛戦③
スキアさんがいる地点は街の南西部。別れたときからかなり南下しているようだ。
全速力で走りつつ周囲に気を配っていると、建物の火がかなり落ち着いているのが分かる。
恐らく、スキアさんはイレギュラーを倒しながら水魔法で火事も鎮めていってくれたらしい……なんて卒のない人なんだ。
『その先を右に曲がると広場があるようで、スキアさんはそこにいます』
「ああ。ナビゲート助かるよ、マル」
『敵性反応も多いです、気を付けて』
マナに吸い寄せられるように眷属たちは街を蠢いている。
アンドルー邸にも住民たちが多く避難していたため、それに反応して集まってきた。
子どもたちが集合しているところが狙われるのも同じ理屈だ。外にいるならなおさら察知されやすいだろうしな……。
「スキアさん!」
角を曲がると、スキアさんの背中が目に入る。
オレたちが呼びかけると、彼女は顔を僅かにこちらへ向け、来てくれたかと笑んだ。
「すまない、敵は処理しているがキリがなくてな……負傷者を頼む!」
「は、はい!」
眷属の討伐はこのままスキアさんに対応してもらった方が良さそうだ。
重傷の人もいるとのことだったし、オレたちは負傷者の処置に回らせてもらおう。
「大丈夫か!?」
広場の奥に、十数人の子どもとその親と思しき大人が何人か身を寄せ合っていた。
みな一様に怯えてはいるものの、特に大きな怪我を負っているようには見えない。
良かった、これならイオナとフェイの治癒魔法で事足りそうだ。
……そう、思っていると。
「――え」
何かを発見し、ルカが呆けたような声を上げて固まる。
その視線の先には――ボロボロの状態で倒れている、青年の姿があった。
――そんな、まさか。
「テルさんっ!!」
我に返ったルカは、彼の名を叫びながら慌てて駆け寄る。
そして、彼の隣に身を屈めて泣きそうな顔で容態を確かめた。
「……酷い……」
オレたちも、テルさんの状態に思わず絶句する。
……彼はほとんど全身に火傷を負い、至る所に裂傷もあって、血と火傷で体のほとんどが赤黒く染まっていた。
まだ息をしているのが不思議なくらいだ……。
「テルさん、ぼくたちを守ってくれたの……!」
ぶるぶると震えていた男の子が、涙ながらにそう訴えてくる。
周りにいた子どもたちもみな、男の子の言葉に同意するように頷いていた。
「彼は私たちを、必死に守ってくれたんだ。こんなボロボロになるまで……」
保護者の大人たちも、悲しさと悔しさで顔を歪めながら、オレたちにテルさんの雄姿を伝えてくれる。
彼はエイヴスの人たちを心から愛し、だからこそ本当に命懸けで戦ってくれたのだ。
「……テルさん、よく頑張ってくれました……だから、どうか死なないで……!」
「とにかく可能な限りの治療をするね!」
イオナとフェイがすぐさま治癒魔法の発動準備に入る。
「……初めに心あり。静謐なる祈り、暖かき翼を生みて彼の者を抱き給え。癒しを――リカバー!」
二人とも、詠唱の必要なランク三の回復魔法をテルさんに使う。
柔らかい光に包まれた彼は、その肉体の細かな傷だけは癒えていくのだが、深い傷を負ったところはまるで効き目がない。
「……ダメ、相当の重傷だし時間も経っちゃってるから、たとえ上位の回復魔法でも癒せるか分からないレベルだよ……!」
「そんな! 何とかならないの、ねえ……!?」
イオナは緩々と首を横に振る。……二人の全力でこれだけしか癒せていないのだ。
無理を言ったってどうにもならない現実がある。……何も出来ないオレたちが無茶を言ったって、二人を困らせるだけでしかない。
……けどこのままじゃ、テルさんは――。
「……私の力で何とかならないかしら」
そう呟いたのはフェイだ。
彼女の力……片翼の天使。これまでも怪我の治療に用い、何度も助けられてきた実績のある能力。
今頼れるとしたら、確かにその力しかないだろう。
「――片翼の天使……!」
彼女はすぐに能力を行使した。右の背中から魔力の白き翼が伸び、光を帯びた羽を散らせる。
そしてテルさんの体が仄かに光ると――ボロボロになった体の、幾つかの部分が治癒していった。
どうか効いてほしい……そんな祈りは、けれど虚しく。
傷のほとんどは消えることなく残ったままだった。
「やっぱり、時間が経ち過ぎてるわ……私の力でも、これ以上は」
「テルさん……!」
オレたちが幾度呼びかけようとも、テルさんの意識は戻らない。
治せた傷は一割か二割ほどにしか過ぎないし、失血も多過ぎた。
彼の容態はあまりに悪い……だのに、オレたちに尽くせる手はもう無かった。
「少なくともこのままにはしておけない。ルカ、大至急テルさんをアンドル―邸に」
「……うん。ぐすっ……」
「ルカ、泣いてても仕方ないよ。足を動かさないと」
「――そんなこと言わないでよ、エスカー」
エスカーの厳しい言葉に、弱々しく反駁するルカ。
服の袖で乱暴に涙を拭うと、彼女はテルさんを優しく負ぶって立ち上がった。
「俺もルカに付いていくよ。いけるかい、リーダー?」
「ああ。……助かる」
このときばかりは憎まれ役を買って出てくれてありがとうとエスカーに感謝した。
言葉通り、ルカの足をすぐに動かしたのはあいつの発破だ。
ルカは集まってきている眷属たちの間を素早く擦り抜け、広場から脱出する。
エスカーもそのスピードに遅れることなく付いていった。
「よし……イオナ、フェイ。オレたちはここにいる人たちを全力で守り切るぞ。でないとテルさんに顔向け出来ないからな」
「……うん!」
「もちろんだわ」
二人とも、闘志十分とばかりに力強く答える。
そうとも、テルさんが守ったエイヴスの民たちを、僅かでも傷つけさせるわけにはいかない。
「スキアさんも、よろしくお願いします。どうかオレたちに力を貸してください」
「ああ……当然のことだ。退路が開けるまで、向かってくる敵は全力で排除しよう」
スキアさんを中心に、オレたちは戦闘態勢に入る。
彼女が適宜倒してくれていたのにも拘らず、未だ眷属の数は衰えていない。
恐らく、ここが森に近いこともあり、街の外に落ちた眷属たちも寄ってきているのだ。
クレイス原生林の広さを鑑みると、襲撃はいつ落ち着くのだろうと不安もよぎる。
しかし、手を鈍らせたりはしない。護るべきものが、ここにあるから。
「……行くぞ!」
自身を鼓舞するように宣言し、オレたちは迫りくる眷属たちとの戦いに再び身を投じる――。




