137.アーテミー防衛戦
炎上する都市の中へ。オレたちは祭壇を駆け下りていく。
まず三方向に分かれる場所で、メルシオネ教官は散開の指示を出した。
「私は真っ直ぐ行きます。ダインチームは右手側、バランチームは左手側を」
「……了解!」
教官はすぐさま階段を駆け下りていく。その道すがら、彷徨っていたイレギュラーを一突きで仕留めつつ。
あそこまで迅速に倒せはしないだろうが、オレたちも可及的速やかに敵を殲滅しなければ。
「そっちは頼んだぜ、バラン」
「ああくそっ、何でこんなことに……!」
そうは言いながらも、チームを率いて街の東側へと走っていくバラン。
プライドか、或いは責任感か。何にせよ、こういう非常事態まで自分本位ということはないようだ。
それなら、アイツの力量を考えれば大丈夫だろうと思う。
「とりあえず、道なりに進みながら倒していくか?」
「それなんだけど、最初に行きたい場所が――」
『ダインさん、前方に反応あります!』
イオナが話している途中で、マルからの通信が入った。画面表示したままにしているマップ上にも、赤い点がある。
前方を注視してみると、燃えている民家の影からイレギュラーが姿を現した。
「話は後で、だな。戦闘準備だ!」
終末ノ獣によって産み出されたイレギュラーは、一匹一匹はそれほど大きな個体ではなかった。
対峙してみて分かったが、オレたちの背丈よりも少し小さいくらいだ。
ただ、今までに戦ったイレギュラーとは性質が違う。あの獣が炎を纏っていたように、こいつもまた外皮から炎が生じていた。
見た目も人間のような姿形ではなく、どちらかと言えばドラゴン――その幼体に近い感じがする。
まあ、ドラゴンなんて希少な存在自体、まだこの目で見たことはないのだが。
「行くぞ――てやっ!」
ルカが先陣を切り、イレギュラーに蹴りかかる。
そして靴が外皮に触れた瞬間、ジュウッという音とともに細く黒煙が立ち昇った。
「うわ……危なっ!」
「やっぱり火属性だよね、安易に近づかない方が良さそうだ」
「先に言ってよエスカー!」
予想はつきそうなものだが……というツッコミは置いといて、ルカが実証してくれたことであの炎が本物だというのは理解出来た。
接近しての物理攻撃は今のところリスキーだ。やるにしても、身を包む炎を何とかするのを優先すべきだな。
つまり――。
「任しといて! ――フラッド!」
イオナが威勢よく言って、水属性の魔法を放つ。
イレギュラーに鉄砲水がぶつかると、先ほどより激しい音とともにぶわっと水蒸気が生じた。
『***ッ!?』
白い蒸気の中、イレギュラーの叫びが聞こえてくる。
視界が晴れてその姿が再び現れると、魔法攻撃を受けた部分が黒く変質していた。
「やっぱり、火には水だよね」
黒い外皮は一見すると石のような硬さを持っていそうなのだが、そこには無数のヒビが入っていて、青い血肉が覗いている。
あの割れた部分にならば、物理攻撃も効いてくれることだろう。
「……はあッ!」
黒き剣での一突き。肉の露出した部位に剣は深々と突き刺さり、イレギュラーはビクビクと痙攣した後、動かなくなった。
どうやらこれで討伐出来たようだ。やはり、こいつら個々の戦闘能力はそこまで高くないとみていいか。
……地面に転がったイレギュラーの死骸は、ゆっくりと黒い霧になって消失する。
どうやら眷属であるこいつらは、何を残すこともなく霧散してしまうようだな。
「炎は厄介だが、気を付ければ倒せない敵じゃないな。……で、イオナはどこに行きたいんだ?」
「うん。私、祭の前にルマンって子を追いかけたでしょ。結局その子は見つからなかったんだけど、代わりにマレー族長を見つけたの」
「族長を……?」
「でも、マレー族長は街の外れで倒れてたんだ。それも、明らかに誰かが昏倒させた痕があったんだよ」
誰かがマレー族長を昏倒させた……か。
この日、アンパッサの里にいる者たちを街へ招待するのはディオンの役割だった。
族長もその招待客に入るはずだし……イオナもそこからディオンを連想したのだろう。
「凄く嫌な予感がして、慌てて祭壇に向かったんだけど……もう遅かったね。あの人にしてやられちゃった」
「仕方ねえさ。どうもあいつは、五十年なんて長い年月をかけてこの事態を引き起こしたみたいだしな……」
ディオンがこの街へやって来たときから既に。
今日この日の終末は、計画されていたのだ。
「マレー族長を意識がないまま置いて来ちゃったから、もし目が覚めてないなら危ないと思って。このまま真っ直ぐ行った先だから、まずは確認しにいきたいんだ」
「了解、そういうことなら急ごう」
街はそう広くない。走れば五分とかからず端まで辿り着くはずだ。
『――お前たち、聞こえるか? コーネリアだ。のっぴきならん状況になったらしいな……現地は今どんなもんだ?』
今度の通信はコーネリア校長からだ。オレたちは走りながら応答する。
「終末ノ獣とやらのせいで街のあちこちが燃えてます! それから、眷属のようなものを大量に召喚して、街だけじゃなくエイヴス全土を徘徊してる状態で……!」
『……かなり酷い有様だな。転移機能含め、システム系統の復旧は完了してるんで、異常発生を聞きつけてすぐ援軍を出したが……すまん、もう少し持ちこたえてくれ』
援軍……今はとても安心出来る響きだ。
正直オレたちだけで手が足りるとは思えないし、一人でも二人でも援軍が来てくれればとてもありがたい。
「……終末ノ獣なんてとんでもないヤツが出現しましたけど、オレたち対策チームで何とか出来るものなんでしょうか」
これは弱音みたいなものだとは分かっている。
けれど、オレたちを対策チームに任命し、この場所へ派遣した統括者……コーネリア校長の考えは聞いておきたかった。
『ハッキリ言って、終末ノ獣の力は未知数だ。だが……俺はお前たちを信じて送り出している。大丈夫だ、やれるだけのことをやればいいんだ』
「……校長」
『自分の命だけは最優先に、全力を尽くしてくれ。その結果を誰も責めやしない』
……単純かもしれないけれど、その言葉で幾分心が軽くなったような気がした。
「分かりました。やれるだけ、やってみます」
その意気だ、と校長は返してくれた。
「ちなみに援軍って……」
『ああ、生憎捉まったのが一人だけだったんだが、実力は十分な奴だ。二つ返事で引き受けてくれて――っと、次が来てるぞ!』
「あ……!」
気付けば前方から、獣の眷属が二体も近づいてきている。
通信中、周囲への警戒が少し疎かになっているな……注意せねば。
「――氷弓」
エスカーの方は、移動中もぬかりなく能力の発動準備をしていたらしい。
四本の弓から氷の矢が放たれ、二体の眷属へ襲い掛かる。
矢は炎揺らめく外皮に衝突し、音を立てて瞬く間に蒸発した。
そのまま貫くとまではいかなかったが、水魔法一発と同じ効果はあるようだな。
「これなら、いけるかなっ!」
勢いこんでルカが突撃し、リベンジとばかりに鋭い蹴りを打ち込む。
眷属の外皮、そのひび割れた部分へ綺麗に蹴りがヒットすると、破裂したかのように血を噴きながら吹き飛んだ。
ゴロゴロと地面を転がりながら消滅する眷属。これで一匹目は仕留められた。
「――ブライトレイ!」
そして、イオナの能力が閃く。
一筋の光がもう一体の眷属を真っ直ぐに貫いた。
速く、正確な閃光の一撃……これで二匹目も難なく片付いた。
「炎の守りさえ崩せれば、水じゃない魔法でも効くね。よしよし」
「流石はイオナだな」
「ちょっと、ボクも褒めてよ」
「あー……そりゃルカも凄いと思ってるさ」
思ってはいるが、褒めの言葉をせがまれるのは予想してない。
あんまり褒めると調子に乗ってしまいそうだしな……。
「……あら、あそこ……!」
戦闘が終わり、落ち着いて辺りを見回せるようになったところで、フェイが何かを発見する。
彼女が指し示す先……地面に倒れているのは、マレー族長だった。
意識は戻っていないが、まだ襲われていなくて良かった……そう安堵したのも束の間。
『いけません……敵性反応です!』
マルの声が響く。
どこだ――と周囲を見回すと、瓦礫の影や倒木の隙間から、うじゃうじゃと眷属たちが這い出てきた。
こいつら、マレー族長にちょうど狙いをつけていたところだったのか……!
「おっと……これはマズいかもね?」
「な、何匹いるのかしら……」
ざっと数えてみただけでも十体近くの眷属がわらわらと族長の元へ向かっている。
何とかしたいが、これだけ数が多いとこちらがやられてしまいかねない。
いや、迷っている暇はないか――。
「仕方ない、攻撃を――」
「いや、必要ない」
そのとき、背後から声がした。
聞き馴染みの無い女性の声――この戦場で、とても落ち着いた口調の。
「え――」
振り返ったときにはもう、その女性は魔法を詠唱し始めている。
閉じていた目をカッと見開くと、彼女は力強く魔法の行使を宣言した。
「降り注げ――カタラクトッ!」
発動とともに、暗雲立ち込める空に変化が生じる。
雲が一点に集まってきたかと思うと、それは激しい雨へと変化し地上へ降り注いだ。
いや……雨なんてものじゃない。怒涛の勢いで流れ落ちるこれは、もはや滝のよう――。
「す、凄い……!」
「待って待って、族長が!」
「あッ」
魔法の威力に一時呆然としてしまったが、敵の一団の中心部にはマレー族長がいる。
降り注ぐ滝に呑み込まれてしまっては元も子もない。
「大丈夫だ」
こちらへ向かって優雅に歩きながら、彼女はオレたちに告げた。
その言葉を聞いてからよくよく族長の方を見ると、彼の周りにだけは水が流れて行かない。
彼女は水流を器用にコントロールして、族長が吞み込まれないようにしているのだ。
「貴方は……」
颯爽と、オレたちの前に現れた女性。
以前一度だけ、部活勧誘会で目にした先輩イマジネーター。
「ああ、コーネリア校長の指示を受けて救援に来たスキアだ。……よろしく頼む」
援軍として駆けつけてくれたのはスティング姉妹のクールな姉、スキア=スティングさんだった。




