134.斯くして儀式は執り行われる
自らをルマンと名乗った少女。
それはテルさんから聞いた神様の名前だったはずだ。
正確には、彼も文献を読み込んだアンドルーさんからの受け売りで、しかもラマンかルマンかは分からないと口にしていた。
けれど、その片方と同じなのだから気にはなってしまう……。
「イオナみたいにさ、その子の親が神様にあやかって名前をつけたってことは?」
「あー……どうなんだろうね」
イオナが抱える事情を知らないルカは、そんな説を持ち出す。
まさか自分は本当に女神の代行者なのだとも言えないので、イオナは曖昧に返していた。
「神様にあやかったか……意味が変質してしまったとかはあるかもしれねえけどな」
「変質?」
「ああ。エイヴスの人たちはもう皆、神様の名前なんて忘れて祭だけを楽しんでるだろ? だから、ルマンというのが人の名前として定着してしまってるとか……」
「豊作を表す名前なんだってことになって付けちゃってる説はあるかもね。……でもその子、変なこと話してたんだって?」
変なこと、というのはまた抽象的な表現だが、他に良い例えも思いつかない。
オレは一つ頷き、ルマンという少女の言葉を覚えている限りで伝えることにした。
「昔から決まっていたことが、これから始まるとか。大事なのはそこからどうするかだ、とか」
「……儀式のこと?」
豊饒祈願の儀式か。確かに昔から執り行われていることではあるけど、何かニュアンスが違う気もする。
「もうお腹いっぱいになった、とかも言ってたな」
「そこのお店のお菓子食べたから?」
「いや……彼女のことじゃなさそうだったけど……」
でも、だとすると誰がお腹いっぱいになったんだよという話になる。
改めて考えてみても謎というか……わざと分かりにくい言い回しをされたようにしか思えない。
「……どうした、イオナ?」
眉間に皺を寄せながら、彼女は深く考え込んでいた。
ルマンと名乗った少女の言葉の、真意を探り当てんとするように。
「その子ってあっちに行ったんだよね? ゴメン、ちょっと追いかけてみる」
「え? おい――」
イオナは少女に対して何か思うところがあるのか、すぐに走り出してしまった。
「こら! ボクの不戦勝ってことでいいのーっ?」
ルカが怒ってそんなことを投げかけるが、イオナは上半身だけをこちらに向けて手を合わせ、謝罪を示して駆けていく。
「……何なんだろ?」
「さあ……ってか、お前こそ不戦勝って何だよ」
「えへへ、ちょっと射的でイオナと勝負しようとね」
だから二人だけでこそこそ話し合ってたのか。
結構長い時間かかっていたし、負けた方がご飯を奢るとか決めてそうだな……。
「仕方ない、追いかけるか」
「でも、もうすぐ儀式も始まっちゃうし。もう通信は直ってるんだから、現地集合でいいんじゃない?」
「うーん……」
ルカの言う通り、既に時刻は午後四時半頃。あと三十分もすれば、赫の祭壇で豊饒祈願の儀式が執り行われる。
走って行ったばかりだが、ここは一つ連絡を入れて、先に行ってるぞと伝えておくか。
オレはテスタマイザーを操作し、イオナに通信を掛ける。
「追いかけてるとこ悪い、オレはルカと祭壇に行ってるから、現地でまた集まろう」
『分かった! 早く見つけて祭壇に向かうよ』
すぐ追いつければいいのだが……果たして会えるだろうか。
あの不思議な雰囲気を放つ少女に。
「住民の人たちも祭壇に向かい始めてるね。ボクたちも行こっか」
「ああ、そうしよう」
ルカの提案に同意し、オレたちは人の流れに沿うように街の上層部へと上っていった。
「おや、ダイン殿。それにルカ殿も」
「サラル。テッドかも一緒か……昼は二人で回ってたんだな」
「うむ。そちらは、さっき見かけたときにはイオナ殿もいたはずだが……?」
「ちょっと野暮用でな。儀式のときには戻ってくるさ」
サラルはなるほどとだけ頷く。
アンドルー邸が建つアーテミーの中心よりも更に北。
三日前にテルさんとともに掃除した記憶が蘇る、赫の祭壇。
向かうルートは集束するので、目的地へ到着するまでにはほとんどのメンバーと合流することになった。
今の時点でいないのは、イオナとバラン、それにメルシオネ教官か。
「バラン殿ならあそこでござるな」
サラルが逸早くバランの姿を確認する。
一匹狼を気取って――というか、仲間に入り辛くて距離を置いていたと見える。
視線が合うと、彼は観念したように舌打ちをしながらこちらへやって来た。
「教官と……それにあのピンク髪もいないのか」
「イオナは儀式までに戻ってくるさ。メルシオネ教官は……どうなんだろうな」
振り返ってみると、街中では一度も教官の姿を目にしなかった。
オレたち全員のリーダー的な立場だし、自分はずっと警備を務めようとしてくれていそうだな。
ありがたい話だが、今を逃せば丸一年間見られない儀式だ。一応、もうすぐ始まる旨の連絡くらいは入れておこうか。
「……あ、教官。今大丈夫ですか?」
『ちょっと待ってください……ええ、問題ありませんよ。もしかすると、儀式が始まるというのを?』
「はは、流石に察しが良いですね。教官はどうします?」
『私はまだ牢にいまして。儀式が終わるまでは、ここで警戒しておこうと思っています』
「自分たちだけ儀式に参加して、何か申し訳ないですが……」
『構いませんよ。教官としての役割ですから』
まあ、そういう役割を進んで引き受けるのがあの人らしいなとは思う。
「じゃあ、お言葉に甘えてオレたちは儀式に参加させてもらいます」
『ええ。ただ、こちらを監視しているとはいえ、そちらも注意は怠らないように』
「了解です。では」
通信を切って顔を上げると、大体みんな同じような顔をしている。
やっぱりメルシオネ教官だな、と言いたげな顔だ。
「さて。後は始まるまで待つだけだが――」
イオナが帰ってこないな。あまり遠くまで探しに行ってはいないと思いたいけど。
「あ、アンドルーさんたちが来たよ」
後ろを振り向いていたルカがオレたちに知らせる。
アンドルーさんとテルさん、それに儀式用の衣装なのだろう、普段とは違う厳かなローブに身を包んだディオンさんがやって来た。
彼らはオレたちに一礼すると、住民たちの列の横を通り過ぎ、祭壇の前まで進んでいく。
そして、アンドルーさんとテルさんは祭壇の横手に待機し、ディオンさんは祭壇の上へ立った。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。本年もこうして無事に、豊饒祈願の儀式を執り行うことが出来ることを喜ばしく思います……」
例年通りの前口上なのだろう、住民の視線を一身に受けたディオンさんは緊張することもなくすらすらと喋る。
「また、本年はアンパッサの里からも大勢、エルフの方々が参加してくださっています。この儀式がアーテミーとアンパッサ、双方にとって良いものとなるよう願いつつ、顧問魔術師として儀式に臨ませていただきます」
千年王国による被害についてはあえて触れず、これからの関係性を強調するディオンさん。
そりゃあ、ネガティブなことを言うよりも、希望のあることだけを語る方がこの場はいいだろうな。
……あれ?
アーテミーとアンパッサの交流、その象徴としてマレー族長がいてもおかしくはないのだが、そう言えばまだ見ていない。
ここに大勢のエルフがいるのだから、代表である彼がいないのは妙だな。
「……っと、通信だ」
誰からかと思ったら、相手はイオナだった。
前口上が始まって周囲も静まり返っているし、迷惑にならないよう人混みの脇に避けながら、急いで通信を受ける。
「どうした、イオナ?」
『――ダイン、もう儀式始まっちゃってる!?』
「ああ、始まってるけど……」
開口一番、慌てた様子で訊ねてくるイオナ。
間に合いそうにないので急いで走っているのかと思ったのだが、彼女は切羽詰まった声でとんでもない無茶を要求してきた。
『その儀式……止めてもらって!』
「な、何でだよ? 急にそんなこと言ったって……」
混乱して聞き返すオレだが、それに答えている余裕も無いのか、
『メルシオネ教官は? アンドルーさんに進言してもらうとか……』
「教官なら牢の警戒にあたってくれてるんだよ。だからここには――」
――そのとき。
どこか遠くの方で、爆発音のようなものが聞こえた。
かなり遠いが……あの方角って、まさか牢屋か……?
『何、今の!?』
「分からねえ、でも牢屋の方から聞こえてきた……」
ここからでは何が起きたのか分からないし、あまり大きな音にも聞こえなかった。
住民たちはどうしたのかしらと一様に首を傾げているが、パニックにまではなっていない。
すると、オレたち全員に向けた通信が入ってくる。……メルシオネ教官からだ。
「何があったんです、教官?」
『……やられました……! 千年王国の四人が、脱走を』
「な――」
あの男たちが、脱走だって?
でも、あいつらは武器を没収されて牢に閉じ込められていたはず。
まさか……こうして街の人が一所に集まっている間に、密かに増援でもやって来ていたのか?
『増援などではありません。彼らは、使えたんです――イマジネートを!』
「何だって……!?」
あの四人組が……イマジネートを?
そんな馬鹿な――とは笑い飛ばせない。
あいつらが有していた技術力はロウディシアに匹敵していた。
それはイコール、オレたちと同じ武器を持っていてもおかしくはないということ……!
『止めようとしたときには既に遅く……逃げに徹されました。奴らはそのまま、祭壇の方へ……最大限に警戒を!』
「あいつら、儀式で集まったところで大暴れしようってこと!?」
慌てた声はルカのものだ。
『分かりませんが、そちらに向かったのは確実です! すぐアンドルーさんに伝えるべきでしょう。私も急ぎ向かいますので!』
「……分かりました!」
人混みから抜けていたので、今アンドルーさんに一番近いのはオレだ。
イオナに言われたときは迷ったが、千年王国の奴らが脱獄したとなると他に選択肢はない。
「アンドルーさん! 奴らが脱獄して、ここに向かってるみたいです……!」
「なに……!?」
さっきの轟音の正体はそれかと、アンドルーさんは瞬時に状況を受け止める。
「分かった、ディオンに伝えて儀式を一度中断させよう――」
「ダイン!」
そこに、イオナが駆け寄ってくる。
全速力でここまで走ったのだろう、息も絶え絶えだ。
「儀式を――止めないと……!」
「ああ、今アンドルーさんに伝えて、ディオンさんには中断してもらうつもりだ」
「違うの!」
必死の形相で、イオナは否定の言葉を発する。
違うって、何がだ……?
「……五十年の長きに亘って、この赫の祭壇で儀式は執り行われてきました。思い返してみると、感慨深いものがあります……」
……ディオンさんもディオンさんで、牢屋の方からあんな音が聞こえたのだから、一度アンドルーさんに指示を仰ごうとしてもいいのに。
あんな風に落ち着き払って口上を述べているなんて、肝が据わり過ぎじゃないか?
「儀式を、させちゃいけない――あの供物を、還元させちゃいけない……!」
「供物――」
……待て。
供物だって?
イオナが言っているのは、まさか。
「……顧問魔術師としての務めの中、私は一つずつやり遂げてきた。祭壇の移転、儀式の修正、歪みの蓄積……」
祭壇の中央。
覆われていた黒い布が取り去られ、露わになったのは異形の亡骸。
二日前にオレたちが倒した、イレギュラーの死骸……!
「な、何だあれ……!」
「あれが捧げものだって……!?」
観衆のざわめき。
これまでに捧げられてきた魔物とは明確に異なる、禍々しきその貌。
それを目にした誰もが、口々に恐ろしいと呟く……。
「ディオンさん、これはどういう……」
住民たちの訴えにも、彼はもう耳を貸さなかった。
ただ酔い痴れるように、舞台上で台詞を読み上げるように。
彼は言葉を続ける。
「……そして今ここに。ようやく宣言することが出来るのだ――」
ニヤリと。
その口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「――我ら千年王国の勝利を」




