133.祝祭に至る情景④――少女
「――ま、あんまり落ち込むなよ」
「落ち込んでませんー、悔しかっただけです」
休憩用に、街に点在している三人掛けのベンチ。
午前中、大いに祭を楽しんだオレたちは、そこへ腰掛けて昼食をとっていた。
「でも、かなり惜しかったよ。三投目なんか本当に入りかけてたもん」
「結果的にダメだったんだから関係ないって。……まあ、運良く隣の穴には入ったけどね」
ルカが興じたボール投げの結果は、今のやり取りが示すように最高賞とはならなかった。
ただ、穴に入りかけたボールが弾かれ、代わりに別の穴に落ちてくれた。
どうやらそれは三等賞だったようで、テルさんが獲得した豪華な詰め合わせよりは劣るものの、ちょうど人数分……三つのお菓子が入った袋を貰うことが出来たのだった。
それから何軒か店を見て回った後、お昼時だということで昼食になりそうな料理を出している屋台を探し、チケットで購入。
三人で落ち着けるベンチを見つけ、こうして美味しくいただいているという次第だった。
「にしても、コレ美味しいね。アンドルーさんのところのご飯も美味しかったけど、こういうジャンキーなのも良いな」
全員仲良く食べているのは鉄板で焼き上げた焼きそばだ。
豪快にパックに詰めてくれたので、蓋が閉まらずはみ出しているほどだ。
ロウディシアにもある料理だが、そちらも食卓に並ぶというより小さな食堂のメニューにあるイメージ。
ただ、お祭りで高揚する気持ちがプラスに働いているのか、ここの焼きそばは非常に美味しく思えた。
「オレもこういうジャンクフードの方が食べ慣れた感じがするな。セント・ロウディシアの大将のとこを思い出す味だ」
「あ、分かる! あそこのラーメンセット美味しかったもんねー」
この前昼食を一緒に食べたイオナは、嬉しそうに賛同してくる。
それを聞いたルカは、
「え? なに、二人でご飯食べに行ったの?」
「うん。入学式のお詫びってことで街に行って食べたんだ。割り勘だったけど」
「それお詫びじゃないじゃん!」
大事なところを端折ったせいで、本当にお詫びと思えなくなっている。
オレが欲しかった画材はちゃんと奢ってくれたんだから、そこは説明しておかないと。
「……ふうん、二人でねえ……」
「言っとくが、買い物して食事しただけだからな」
「それ以上だったら怒ってたからね?」
「無い無い」
変に勘繰って、勝手に怒らないでくれよ。
なら良しと、ルカはそれ以上追及してはこなかったのでとりあえず安堵した。
山盛りの焼きそばと、ルカがゲットしてくれたチョコレート菓子を食べ終わって、一息吐いたオレたちは散策の第二部を開始する。
時刻は午後二時になろうかというところ。出店はもう半分以上見終わっているし、儀式が始まるまでには全部回り切れるだろう。
*
それからオレたちは、純粋に祭りの空気を楽しんだ。
警戒を怠りはしなかったものの、街は平和そのもので、襲撃される気配も感じられない。
このまま何事もなく祭が終わって帰ることになりそうだなと、日が傾いていくのを見ながら思っていた。
途中、フェイにエレンちゃん、エステルちゃんの女性陣がスイーツを食べているところや、エスカーが高台から祭の様子を俯瞰しているところ、テッドくんがボール入れに苦戦し、サラルが見事二等賞を獲得したところなどを目撃しつつ、気付けば時刻は四時を回っていたのだった。
「ねえねえ、最後にアレやってみようよ」
ルカはまた何やら遊戯店を見つけたらしい。
オモチャの弓を使った的当てゲームのお店で、こちらもそこそこ子どもがたむろしていた。
ボール入れの失敗が尾を引いているのもあるかもしれないが、こういうのに興味を惹かれるのはルカらしいよなあと思う。
斯くいうオレも、健全な男子として興味がないわけではないが。
「チケットもあと一枚だし、儀式まで時間もないしな。よし、やってみるか」
「やった!」
二人がするなら自分もここで使いきると、イオナも参加の意思を示したので、みんなで一回ずつ遊ぶことになる。
順番はどうしようかと聞くと、まずはダインがやって見せてよとルカが言うので仕方なく先にやってみることにした。
「はいよ、チャンスは三回だ。よおく狙ってな」
店主のおじさんに小さな弓を渡され、ゆっくりと引き絞る。
小さな子でも扱えるようなシロモノなので、かえって狙いを定めるのが難しそうだな、これは。
「……っと」
割と集中して放った矢なのだが、的から僅かに逸れてしまった。
そもそも、的自体も握り拳より小さい。距離も三メートルほどあるし、結構ハードモードだぞ。
「あはは、頑張れ頑張れー」
さっきは応援する立場だったが、される立場になるとやっぱり緊張するな。
ルカのこと、茶化し過ぎない方が良かったか……。
「この……!」
真剣に打ち込んだものの、結局矢は三発とも的を倒すことが叶わなかった。
最後の一発はギリギリ掠めたのだが、倒さなければ駄目らしい。残念だ。
「惜しかったねー。いいとこまでいってたけど」
「上手いこといかねえもんだな。エスカーなら涼しい顔でやってみせてそうだが」
子ども用の弓を引いているアイツの姿を想像すると、ちょっと面白いけども。
「ふふ、じゃあ次はボクたちだけどー……」
その前にと、ルカは何故かイオナの手を引いて離れていく。
順番決めかと思いきや、彼女相手に何か提案をしているようだ。
思いの外長い時間待たされるので、だんだん所在ない気持ちになってくる。
そこでふと近くの店に目を向けてみると、意外な人物の姿を発見した。
「あの子……」
店の前でボンヤリと突っ立っていたのは、遠征二日目にディオンさんの行方を教えてくれたあの少女だった。
少女は物欲しそうに、お店の焼き菓子をじっと見つめていた。
「……こんにちは。それ、食べたいのか?」
オレが声を掛けると、少女はゆっくりこちらに視線を向けてくる。
それから、無言のままでこくりと頷いた。
「おばさん、これ一つちょうだい」
「おや、優しいお兄さんだねえ。……ってアンタ、ディオンさんと里を助けてくれた子かい? いいよいいよ、サービスしてあげるから」
朝もそうやってサービスされてしまったのだが、今回も店主のおばさんは気を利かせ、焼き菓子を二つ手渡してくれる。
断るのも申し訳ないので感謝を伝えると、一つを少女に渡してあげた。
「……ありがと」
「こっちもお礼を伝えたかったんだよ。きみのおかげでディオンさんの場所が分かったからさ」
「そっか、それなら良かった。……教えに来てくれたの?」
「偶然見かけたからな。探してないわけじゃなかったけど……」
「律儀だね」
子どもに律儀なんて言われるとは思っていなかった。
目を丸くしたのがおかしかったのか、少女はくすくすと笑う。
「……美味しい。こうして誰かにお菓子を貰ったの、いつぶりだろうな」
「いつぶりって、まだそんな歳で……」
もしやエルフなのかとも思ったが、特に耳長なわけでもない。
まあ、ハーフやクォーターとかならちょっとしたズレくらいはあるし……ことエイヴスじゃ実年齢が分からんな、やっぱり。
この子、まさかオレより年上なんだろうか?
「……お菓子をくれたの嬉しかったから、一つだけ伝えておくね。これから始まるのは、昔から決まっていること。大事なのは、そこからどうするかだよ」
「え――それって、どういう……?」
「もう、お腹いっぱいになっちゃったってこと。だから、頑張ってもらわなくちゃ」
思わせぶりな台詞を呟いた少女はくるりと身を翻すと、そのままゆっくり歩いていく。
「ちょっと、きみ――」
謎めいた言葉に対して、これ以上を語る気はないらしい少女。
彼女の真意を探りたい気持ちはあったが、答えないのなら別のことを聞くしかないか。
「――きみの名前は」
その問いに、少女は足を止めてこちらへ顔だけを向け……微かに微笑んだ。
「わたしはルマンだよ。……じゃあね」
――ルマン?
その名前の感じ、どこかで聞いたような……。
「……って、もういないし」
「いないのはダインでしょっ」
独り言を呟いたところで、後ろからルカのお叱りが飛んできた。
「全くもう、いつの間にか別のお店に来てるなんて……」
「ああ、悪い。ディオンさんの目撃情報をくれた子がいたんだよ。それでお礼をさ……」
「あ、そうなんだ? じゃあ仕方ないよ、ルカちゃん」
「まあ、それなら……」
イオナもお礼は言わなきゃというスタンスだったし、理解はしてくれたようだ。
「……でも、伝えられたのは良いとして、変なこと言われたんだよな」
「変なこと?」
「ああ。それに……」
……ルマン。
記憶を手繰り、その名前をどこで聞いたか考えているうち。
一つだけ、思い当たるところはあったのだが……それは俄かに信じ難いものだった。
「あの子、自分の名前をルマンって言ってたんだ。でも、それって」
「……ルマンって、まさか」
驚くイオナに、オレは真剣な面持ちで頷く。
「テルさんから聞いた、豊饒をもたらす神様の名前だったんじゃないかってさ……」




