129.祝祭の四日目
……そして、エイヴス滞在四日目。
人々が待ち望んだ豊饒祈願の祭。その当日がやって来た。
アーテミーの街は朝から賑わい、拠点の中にもその声が届くほど。
今日のためにちょっとだけ早起きした――テッドくんはどうしても八時起きになるので本当に微々たる違いだが――オレたちは、祭を楽しみ、かつ警備にもあたるために活動を始めるのだった。
「――というわけでまずは腹ごしらえだよね」
時刻は午前八時半。アンドルー邸へぞろぞろと向かったオレたちは、いつものように朝食をいただいている。
エネルギーを蓄えねば、ここからの長期戦には耐えられないものな。
「ほっほ。朝から良い食べっぷりじゃの。君たちはアンパッサの里を救った功労者じゃ、存分に祭を楽しんでいってほしいぞ」
「はい、ありがとうございます」
始めは禁欲的な素振りを見せていたエレンちゃんも、今では遠慮ない健啖ぶりを発揮している。
細い体つきなのに、下手するとエスカーとかより食べてないか? 美味しそうに口へ運ぶので、見ていて気持ちはいいけども。
「先ほどから気になっているのだが、ディオン殿はどちらへ?」
手に持っていたフォークを置いてから、サラルはアンドルーさんに訊ねる。
「ああ、彼なら早朝からアンパッサの里を訪ねている。マレー族長との最終調整と、エルフたちの引率役も買って出てくれてね」
「左様であったか。流石はディオン殿、働き者でござるな……」
この時間にもう里へ到着して話し込んでいるなら、かなり早起きしたんだろう。
あの人も、顧問魔術師としての務めを果たすために頑張っているようだ。
二日前のことを、自分の失態だと悔やんでいたこともあるし。
「彼は昔から努力家じゃったからの。出来ることは何でもやっておきたいんじゃろう」
相変わらず、ドーンズさんは全肯定のコメントだ。そういう性格に見えるのはオレも否定はしないが。
「ディオンが里の者たちを連れてきてくれたら、丁重なもてなしを頼む。静かに暮らしてきたエルフたちだ、祭の空気には中々慣れないだろう」
「了解です、アンドルーさん。使用人を何人か連れて森の入口で待機しておきますよ」
アンドルーさんの指示に、テルさんは力強く頷く。
慣れないとはいえ、里から街へやって来るのなら祭への参加意思があるということだろう。
その空気が強く拒絶されるなんてことはない……と信じたいけれど。
「さて、念のため改めて本日の流れを伝えておくとしよう」
「ありがとうございます」
メルシオネ教官がペコリとお辞儀するのを待ってから、アンドルーさんは説明を始める。
「本格的に祭が始まるのは朝十時からだ。それまで店を出す者は準備などをして、定刻になると一斉に開店、住民たちはそこで飲食物を買ったりクジ引きなどの遊びに興じたりしながら賑やかな時間を過ごす……」
アンドルー邸を発つ頃にはもう、祭は始まっているとみていいだろう。
そこから夕方まで続くのだから、街は半日以上もお祭りムードに包まれるわけだ。
「そして、メインとなる豊饒祈願の儀式は夕刻、五時ちょうどから始まる。その頃になると住民たちは赫の祭壇へ集まってきてね、顧問魔術師――つまりディオンが儀式を執り行うのを、静かに見守るんだ」
それは、毎年繰り返されてきた欠かせない儀式。
この街の住民にとって当たり前で、かつ欠かすことの出来ない一大イベントだ。
豊饒の女神へ今年の豊作に対する感謝と、そしてまた来年の豊作への祈りを送る。
捧げものとして、作物や肉などを祭壇に供えて。
「……あ、そう言えば」
「どうしました、ダインくん?」
「今年の捧げものってどうなったんですかね……テルさんとあんな話していながら、色々起きて忘れちゃってたんで」
そう、三日前にテルさんと祭壇の清掃作業をしていた際、今年の供物がまだ用意出来ていないと打ち明けてくれていた。
そこでオレたちは、口約束でも頼んでくれれば、後で依頼として処理するかたちで魔物を討伐してきますよと提案していたのだ。
翌日から波乱の展開だったのですっかり頭から抜けていたが、供物は調達出来たんだろうか?
まあ、仮に調達がまだならもっと慌てているだろうし、既に用意したかアテがあるかのどちらかなんだろうけれど。
「あー、それなんですが。実は供物についてもディオンさんが何とかしてくれたみたいでして」
「ええ? いつの間に……」
ルカが驚きの声を上げる。
オレもビックリだ。彼自身捕まっていた時間も長いし、救出されてからもオレたちと行動したり里の復旧作業をしていたりと忙しくしていた。
その上で供物の準備まで進めていたなんて、あまりにも仕事が速い……恐るべき、ディオンさん。
「でも、最近は凶暴な魔物もあまりいないという話でしたよね? 探すのに苦労しなかったかしら……」
「あまり苦労を表に出さない人だからね、彼は」
フェイが心配の言葉を口にすると、アンドルーさんはそう答える。
「ほっほ……供物のことは気にせんでも良い。ディオンが調達した供物のことは聞いておるが、捧げものとして申し分ないものじゃよ」
「おや、父上は詳細を聞いておられたのですか」
「ちょうど夜に話す機会があっての。こういうもので考えているがどうかと言われたので、問題ないぞと伝えておいた」
「ふむ……父上が了承するのなら確かに、問題はないのでしょう」
アンドルーさんも、父親であるドーンズさんが肯定しているものにケチをつけるつもりは流石にないようだった。
まあ、あくまで毎年行っている形式的なものだし、それらしいものであれば構わないんだろう。
これで小動物が一匹とかだとおかしいが、街中の人が集まって行われる儀式だ、ディオンさん贔屓というだけでそれを良しとはしないだろう。
「捧げものについては後のお楽しみ、としとくんじゃの」
女神様への捧げものなのに楽しみにしておけとはこれ如何に……と思ったものの、そういうものは儀式が終わるとみんなで美味しくいただくことになるんだろう。
とりあえず、頭の片隅には置いておくとするか。
「あっ、こちらも言い忘れてましたが、皆さんはエイヴスの通貨をお持ちじゃありませんよね。なので今回、皆さんがお店を利用出来るようにチケットを用意しておきました」
ポンと手を打ったテルさんが、懐から五枚綴りになった券を沢山取り出す。
それを一つ一つ、オレたちに配ってくれた。
「直接お金で払う人もいますが、子ども用にこの券を交換して渡す親御さんもいまして、結構使われてるものなんです。基本的には一枚渡せばお店を利用出来ますよ」
「お気遣い、痛み入ります」
全員を代表してメルシオネ教官がお礼を言う。
教官もすんなり受け取ったけど、遊んだりするのかな……ちょっと気になる。
「ふー、食った食った! 大満足だ」
お腹をポンポンと叩き、幸せそうに言うテッドくん。
他の面々も、大体みんな食べ終わっているようだ。
話しておくこともやっておくことも片付いたし、そろそろ街へ繰り出してもいい時分だな。
「では、出発するとしましょうか。今日が恐らくエイヴス滞在の最終日になりますが、祭は楽しみつつ、街の警備もぬかりないように」
「了解しました」
メルシオネ教官が号令をかけ、オレたちは各々頷いた。
予想外に長引いてしまった滞在だが、対策チームとしての役目は今のところちゃんと果たせているはずだ。
バランチームは救出したし、出現したイレギュラーも無事に討伐した。イレギュラーを生み出した悪の組織も捕らえられているし、悪くない活躍だとは思う。
後は、帰るまでが遠足というやつだ。
残された時間、気は抜かずに過ごさなければ。……祭は楽しみつつも、な。




