128.夜の探り合い
今宵もアンドルー邸で美味しい夕食をいただき、風呂にも入らせてもらって。
火照った体を冷まそうと邸宅の庭へ出てみたところで、エスカーに出くわした。
「……おう、お前も涼みに来てたのか?」
エスカーは月の良く見える庭の端にいて、何やら手に持った箱をカラカラと振り、ラムネ菓子のようなものを食べているところだった。
「ま、そんなトコかな。リーダーも一ついる? ……って、もう無かったや」
「いらねえよ。自前なのかそれ」
「自分なりの息抜きも必要でしょ」
そんな趣向があったというのは意外だが、同時にちょっとだけ親近感も湧いた。
――こいつも甘い物とか好きなのかね。
「……こんなこと言うのはアレだけどさ。お前は本当に良かったのか? 対策チームとして活動すること」
「え、今更?」
そういう反応は予想していたが、一応エスカーには聞いておきたかった。
何故なら、こいつだけはあまりにもあっさりと、対策チーム設立計画への参加を了承したからだ。
他のメンバーは重い過去があったり、或いは強い責任感があったり。
少なくともオレから見たって相応の理由があると思えたのだが、こいつはほとんど理由も述べず二つ返事の承諾だった。
だから、こうして現実に大変な事態を処理する中、こいつの気持ちが揺らいでいないのかが気になったのだ。
「ハハ、心配してくれてる顔だねえ」
「そりゃ、仮にもリーダーを任されてるんだからな」
メンバーのことを識っていけるかどうかは相手次第なところもあるが、少なくとも気に掛けることは大事だと考えている。
特にエスカーの場合、ポーカーフェイスに長けているからこそ不安なのだ。
その涼しい顔の裏、ストレスを溜め込み続けてしまうなんてことが無いかどうか。
「んー、そんな風に言われちゃうと答えないワケにもいかないか。俺は今のところまだ、この活動が辛いとか面倒だとか感じちゃいないよ」
「……そっか。まだってことはいつかは思うときもあるかもしれねえのかね」
「見ての通り、気まぐれだからねえ。……ただ、計画への参加をあっさり決めたというのはちょっと違うかな。リーダーや他の子たちと違って、お堅いものじゃあないけれど、俺もちゃんとした理由があってここにいるんだよ」
「何だよ、その理由って」
「ま、簡単に言えば好奇心ってヤツだね」
聞いたところで、それがちゃんとした理由だとは思えなかった。
好奇心で参加したのなら……やっぱり軽はずみな気持ちだったんじゃないのか?
「ハハ、呆気に取られた顔してる」
「お前な」
「ゴメンゴメン。……いやさ、俺は昔から好奇心が強い方でね。自分の知らない物事には何でも興味を惹かれたものだったんだけど、それに対して両親は酷く抑圧的だったんだ」
「過保護ってやつか?」
「まさか。両親……特に父親の方は、俺を従順で優秀な息子として育て上げたいだけの利己的な人間さ」
……何だか、聞く限りエスカーってエリート家系の出身という感じがするのだが、どうなんだろう。
カーファ家くらい有名ならオレでもすぐ分かったのだが、イリオット家というのは聞いたことが無い。
それに、周囲の誰もエスカーの家族のことを知らないよな。
ああでも、エステルちゃんのようにその道の専門家を親に持っていたりすると、一般に広まっていないこともあるか……。
「あ、親は全然ロウディシアの誰もが知ってる有名人、とかじゃないよ。ただ押し付けが強い……そういうのって案外いるもんでね。俺は自分の気持ちとは裏腹に、狭い世界の中で厳しい躾を受けながら育っていった」
今はもう懐かしい記憶、とでも言うように、エスカーは遠く――空に輝く月の方へ視線を向けながら語る。
「そんな中迎えた転機というのが、イマジネーターへの道だ。イマジネーターは憧れの職業ナンバーワンだからねえ、両親も絶対学園に入れとうるさかったんだよ。……で、俺は無事に試験を合格し、晴れてアトモス学園へ入学した。全寮制であるこの学園で、俺は初めて両親と離れて生活することになったワケだ。……さあ、後はもうお分かりだろ?」
「ずっと自分を縛っていたものから解放された……好奇心を我慢しなくて良くなった、か」
「正解。俺が他人のプロフィールとかを知っておきたくなるのも好奇心ゆえのことでね。しかも、親という存在に押さえつけられていたせいか、俺の欲求は変な方向にこじれてしまった」
「変な方向?」
「そ。単に未知の物事ってだけじゃなく、自分より上の人間が……大人たちが隠そうとするような秘密事。そういう『お前たちには見せないぞ』というようなものを暴いてやりたいと思うようになったんだよ」
「……なるほど」
躍起になって隠そうとするものほど知りたくなる、その気持ちは分からなくもない。
特に幼い頃……『知ることの重み』を理解していない頃ほど、欲求は強いだろう。
そして幼少期、エスカーは過剰なまでの抑圧を受けていた。ゆえに、人より遅く、強く『暴くこと』への欲が芽生えてしまった……と。
「イマジネーターになって、この道は正解だと思ったよ。だって、一般人には不要だからって理由で知らされていない事実がどんどん出てくる。ワールドスクリプトとの貿易もそうだし、イレギュラーという存在だってね。ハハ、きっと驚くべき秘密はまだまだあるよ。俺たちが活躍して名を馳せていけば、そういうものが自ずと暴かれていくことになるんだ」
早口に捲し立てるエスカーは、確かに本心を吐露しているように感じられた。
世界の秘密を暴く……それもまた、一つの面白い目標であるとは思う。
秘密には、それを秘密にしておくだけの事情があるはず、というのは置いといて。
「別にその気持ちは否定しないさ。オレもイマジネーターになってから聞かされたこと全部興味深かったし、世界の謎に触れてみたいってのも思ったことはある」
「男のロマンってのに近いかもね?」
「かもな。……ただ、それだけを目的にしてて大丈夫かって心配もある」
率直な疑問だ。
秘密を暴くことを目的にして、どこかで満足してしまったら。或いは、知らない方が良かったと後悔するような何かがあったら。
その瞬間、こいつの足はピタリと止まってしまわないだろうか。
それに……価値観は人それぞれだが、これから先の危険と天秤に掛けたとき、その目的が釣り合うものなのかどうかも分からないし。
「そうだなあ、俺自身どこまでやれるかは何とも。でも、それはみんなそうでしょ? 大なり小なりこの道を決めた背景があるにせよ、先のことは分からないもんさ」
「ごもっとも」
「けど、選んだ以上は進める限り進むよ。それであわよくば――」
……何故か、そこでエスカーは一瞬だけ、物憂げな表情を浮かべた。
もしかしたらそれは……彼の見せた、ほんの僅かな隙なのかもしれなかった。
「――世界でも救えたら、いいのにねえ」
自嘲気味な笑み。
吐き捨てるようにフッと笑い、エスカーは風で乱れた髪を整える。
「ま、そういうワケだから気にしなくていいよ。辞めたくなったら早めに言うさ」
「頼む。お前の場合、そう言って明日には辞めるとか言ってもおかしくねえからな」
「ハハ、信用ないなあ」
そう言いながら、エスカーはゆっくりとこちらに向かってきて、すぐ横を通り過ぎる。
「肌寒くなってきたし、そろそろ戻るとするよ。リーダーも、あんまり体冷やさないようにね」
「分かってるよ」
「……あ、そうだ。俺の『趣味』を明かしたついでに聞いておきたいんだけど……」
くるりと身を翻し、こちらを見つめるエスカー。
「何だ?」
「最初からずっと疑問でさ。リーダーたちって入学式のときに出てきた魔物、どうやって倒したの? 少なくとも中級クラスだったらしいのに」
何かと思えば、入学式に起きた事件のことか。
戦闘時はオレとイオナの二人だけだったし、話を聞いただけの奴からしてみれば不思議に思うのはそうかもしれない。
実戦訓練で食ってかかってきたバランだって、どんなイカサマ使ったんだ、みたいなこと言ってたしな。
「別に大したことはしてないよ。イオナがブースターを持ってたからイマジネートで倒せたんだ……まあ、オレが声をかけちまったせいであいつがピンチになっちまって、代わりにオレが戦うことになったんだけど」
「……ブースターを、持ってた?」
「ああ、イオナは特待生らしくてさ。事前に持たされてたんだと」
「……ふうん、特待生……か」
特待生という単語を反芻するように呟き、エスカーは口元に手を当てる。
……イオナが成績優秀だったことに驚いているのか? いや、そういうわけじゃないよな。
特待生がブースターを支給されてるという方に驚いたのに違いない。
「いやあ、これで疑問が氷解したよ、ありがとう。にしても、リーダーもぶっつけ本番でイマジネートが使えたって凄いねえ」
「素質とか言いたくねえけど、必死だったからさ。その気持ちがプラスに影響したのかもな」
「ハハ、イマジネートは想像の力だしね」
そう言うと、エスカーはまた背を向け、アンドルー邸の方へ歩き出した。
「そんじゃ、用も済んだしこの辺で。良い夜を」
「……ああ、また拠点でな」
邸宅へ入っていくエスカーの背中を、最後まで見つめる。
偶然の一幕だったが、あいつの人となりを少しは知ることが出来て良かったかな。
……けれど、最後の質問がどこか引っ掛かる。
第三者から見て疑問なのは分かるけれど、初日の事件を未だに気にしているとは。
――何か見落としてなきゃいいが。
暴くことが欲求なのだと告げてきたエスカー。
距離感は近くなったと思いたいものの……やっぱりまだ、油断ならない相手なのかもしれない。




