124.探求・研究・世界の危急②
「しかし、改めて場違いな建物だと思わされるな……」
無機質なコンクリートの壁。こんなものは本来エイヴスにあり得ない建材なのだ。
建物だけでもそんな具合なのだから、内部にあるのもほとんどがこの世界に相応しくないものなのだろう。
中へ入ったオレたちは、まず昨日千年王国の四人組と戦闘になった広間へ向かう。
そして、とりあえずその部屋を集合場所に決めておき、施設内を手分けして調査することになった。
「私は一人で構いませんので、皆さんも好きなように分かれて調査していただければ」
メルシオネ教官はそう言い残すと、さっさと広間を離れてしまった。
残されたオレたちは、ここで時間を食っても仕方ないとすぐにチーム分けを話し合う。
「まあ、普段通りでええんちゃう? ちょうどダインチーム二人、バランチーム二人なわけやし」
「それが自然かもな。他の二人はどうだ?」
「私ももちろんそれでいいよ。バランくんは?」
「……ここで文句を言っても無意味だろう。それで構わん」
「素直やないなあ」
という次第でチーム分けは迅速に決まった。
こうなるだろうとは思っていたが、オレとイオナ、バランとエステルちゃんで分かれることになる。
教官は奥の部屋に行ってしまったので、調べるなら手前にあった部屋になるかな。
「俺とエステルで右手側を調べる。お前たちは逆にしろ」
「はいはい、了解したよ」
バランの言葉はほぼ命令口調だったが、別に異議があるわけでもない。
どっちを調べたってかまわないし、ここは大人しく従っておこう。
広間を出てから、バランたちは右の扉を開け、オレたちは左の扉を開け中へ入る。
想像に違わず、室内は素人にはさっぱり分からない機械類で溢れているのだった。
「はあー……こっちはこっちで遺跡とは違った凄さがあるけど、さてどう調べたもんかね」
「研究資料とか、文書形式で私たちにも読めるものがあればいいんだけどねー」
研究資料か。判読出来た上で専門用語が無ければなお良しなのだが、流石にそこまで都合の良いものはないかな。
とりあえず、下手に触ると危なそうな機械装置は後回しにして、壁際にある棚やデスク上に広がっているもの、引き出しの中などを物色していく。
何か見つからないかと期待してはみるものの、結果は空振りばかり。
しばらく探し続けて理解したが、あいつらはどうも最初からこの施設を放棄するつもりでいたようだ。
研究の詳細が分かるようなものは処分されたか、或いは念入りに破損されている。
やっと発見した資料と思しきものも、すっかり焼け焦げて内容を全く読み取れなかった。
「慎重かつ大胆、だな……自分たちの研究道具や記録を全部使えなくしてでも隠滅を図るってのは」
「敵ながらあっぱれ、だねえ。流石に一つや二つくらい、何か手掛かりが見つかるかと思ってたんだけど」
イオナは悔しげに言って緩々と首を振る。
お手伝い感覚で来たものと考えていたのだが、彼女の表情は真剣なものだった。
「……なあ、イオナ」
「ん、どしたの?」
「二人になったから聞きたいんだけどさ」
「お? 何だかドキドキしますね」
「馬鹿、マジメな話だよ」
そういうのもマジメな話じゃん、というイオナの台詞をスルーして、
「……イオナは、千年王国のこと知らなかったのか?」
「ああ……」
昨夜、組織の名を聞いたときから気になっていたことだ。
あのときは皆、千年王国なんて知らないという風だったけれど……本当にそうだったのか。
「千年王国の存在は、国防の面から重鎮クラスの人物には伝えられてる。だったらセラフィス教会にも知っている人物はいるんだろう。そして女神の代行者であり、預言によって戦うことを運命づけられてるお前は……障害となり得るそいつらのことを事前に教えられてたりするんじゃないかってな」
「……あはは、鋭い勘してるねえ」
「じゃあ……」
「お察しの通り、そういう組織があることについては聞いてました。要注意だってさ。ただ、教会からみても謎の多い組織だから、皆が知らないお役立ち情報を持ってるなんてことも無いんだよねー……」
「名こそ知られていても、有益な情報はどこも持ってないわけか」
「うん。だからこそ、ここで手掛かりを得ることはロウディシアの国防としても大きな進歩なんだよ」
きっと、それをイオナの所属先……つまりセラフィス教会も期待している。
千年王国がイオナの戦うべき相手ならば、その情報を少しでも多く欲しいだろうから。
「期待されてる以上は、成果を出したいんだけどなあ」
「……お前、凄いんだな」
「ん、何が?」
「いや。オレたちはせいぜい学園内での期待を受け止めてるだけだけどさ。イオナはそこに、教会の期待まで背負ってるなんて」
「別にそこまで重たく考えてないって。それに、ダインたちだって学園以外のところからも期待されるようになると思うよ?」
……確かに、ワールドスクリプトの危機は学園だけの問題ではない。
直接関係したことはなくても、結果的にオレたち対策チームは学園内外から期待の目を向けられることになる……のか。
ジャンヌさんに任命されてからここまで、とにかく必死にやっていただけだから、あまり深く考えていなかったな。
「ふふ。まあ、イマジネーターとして活躍するのが夢なんだし、責任が伴うことは分かってるでしょう」
「そりゃな。いずれは背負ってた期待を早々に背負っちまったって思うことにするか……」
「いいんじゃない? それで」
イオナを励ますつもりが、いつの間にかオレが励まされてるな、こりゃ。
「……でさ。イオナとしてはエイヴスの問題、終わったと思うか?」
「……ハッキリとは言えない。でも、気を抜くには早いかなって」
「王国の奴らが余裕だからか?」
「それもあるけど、ええとね……私たちが対処しないといけないのは世界の危機であって、イレギュラーそのものじゃないってこと」
言わんとしていることは何となく分かる。
当初から説明を受けているように、イレギュラーという存在自体はあくまで『シグナル』のようなものだ。
それがワールドスクリプトに発生し得るなら、即ち当該世界に危機が迫っているということ。
だからイレギュラーを倒すだけで危機が解消されるわけじゃあない。
「ただ、今回は千年王国って組織がイレギュラーを道具みたいに使ってエイヴスを牛耳ろうとしてたんだよな。その一連の計画がエイヴスの危機だったってことは……」
「うん、有り得るんだよね。だから結局、それだけで終わりなのかどうかが焦点なんだと思う」
イレギュラーの出現が示唆する世界の危機。
それが回避されたのかどうか、明確に知る方法が現状無いのが痛いところなのだ。
「……起きてからなら、分かるんだけどさ」
「起きるって……何がだ?」
オレの問いに、イオナは何秒か沈黙する。
答えるべきかどうか、決めかねているように。
「教官と同じように、私も教会の情報をどこまで口にしていいのかは判断に迷うところなんだけど……ここにいる皆、当事者だもんね」
彼女は一つ溜め息を吐いてから、オレに告げる。
「危機に陥った世界には、その象徴と呼べるような災厄が訪れる――セラフィス教会はそれを『終末』と表現しているの」
……終末。それはまさに世界の終わりを表すかのような言葉。
イオナの告白に、オレは背筋が凍るような恐怖を感じざるを得ないのだった。




