123.探求・研究・世界の危急
原生林深くへ立ち入った当初の目的は、千年王国のアジトを調査することである。
蒼の遺跡へはそのついでに立ち寄ったことをマレー族長に説明した後、オレたちは彼と別れて本筋へ戻ることにした。
創作意欲が刺激されたのだろう、エステルちゃんは少しばかり遺跡が名残惜しいようだったが、何秒か目に焼き付けるようにじっと見つめてから、ヨシと頷いて移動を始めてくれたのだった。
「ふふ、エステルちゃんって絵のことになるとホントに真剣だね」
「当然や。父親譲りの職人魂っちゅうヤツやな」
「……お父さん、画家だったのか?」
オレが訊ねてみると、
「せやで。マーディ=プリム言うんやけど……名前くらい聞いたことあるんちゃう?」
「うーん……どうだったかな」
正直、すぐにはピンと来なかった。
オレ自身絵は描くが、それは自分が抱える悪夢の外界への発露というのに近い。
嫌な夢を絵という形に落とし込むことで、心を落ち着けているような感じなのだ。
だから、特に美的センスがあるわけでもないし、絵画鑑賞を楽しむような高尚なこともあまりしてこなかった。
絵に関しては一般人レベルの知識があるかないか、それくらいじゃないかと思う。
「私、見たことあるかも……確か『遺構』って作品を描いてた人じゃない?」
「そうそう! 世間的には多分、あれが父さんの代表作ちゃうかなあ」
「……遺構か。作品名で分かった、それはオレも見たことがあるぞ」
数年前、セント・ロウディシアの美術館に家族で行ったときのことだ。
大きな額縁の中に収まる美しくもどこか儚いその絵を、確かに見たことがあった。
「二人ともちゃんと知ってくれてるんや、嬉しいわあ」
「廃墟をモチーフにした絵だったか……俺も鑑賞したことがある。父にこれも教養だとか言われてな」
「お、バランも知っとったか。よしよし……ちなみに教官は?」
「ええ、私も拝見したことはありますよ。現実のものとは思えぬ光景ながら、非常に精緻で写実的……不思議な作風でしたね」
メルシオネ教官はさらりとそんな風に感想を述べる。
……オレも絵に対して教官みたいに、らしいコメントを言えたら少しは恰好がつくんだけどなあ。
「……実は父さん、生前はあちこち旅しとったらしくてなあ。絵の題材にするんは、全部自分が見た光景やったらしいんよ」
「へえ、そうなのか――って……」
今エステルちゃん、父親について『生前は』って言わなかったか?
「父さんはウチがまだ五、六歳くらいの頃に死んでもうてなあ。夭折いう歳でもなかったけど、惜しい人を亡くした言うてくれる人はぎょうさんおったみたい」
「悪い、それは知らなかった」
「誰もが知る有名人とかやないから、別にええんよ。……で、父さんが描いてたんはどうも異世界の風景やってことを母さんから聞いて。若い頃はイマジネーターやったってことも知ってなあ」
……そう繋がってくるのか。
彼女の父親であるマーディさんは、イマジネーターとして活動していたからこそ異世界を描くことが出来たと。
なら、エステルちゃんがこうしてイマジネーターになったのって……。
「ま、イマジネーターとしての腕前は微妙やったから、結果的に画家で食っていくことになったみたいやけど。ウチはそんな父さんの絵を見て育ったから、父さんみたいな世界を描きたいなあ思うたし、その世界そのものを自分の目で見てみたいとも思うたわけ」
大抵は正義感か裕福な暮らしを期待してイマジネーターになる者が多い中で、彼女の語った理由はかなり独特だった。
しかし、それもまた素晴らしいルーツだとオレは感じる。
父の背中を追い、父が見た景色を目にしたいと、彼女はこの世界に飛び込んできたのだ。
普遍的な志望動機より、ずっと眩しく尊いものじゃないか。
「素敵な目標ですね。イマジネーターとして平和を守るという大義もありますが、エステルさん自身の目標もどうか追い続けてください」
「あっはは……なんや照れ臭いな。ありがとうございます、教官」
エステルちゃんはほんのり頬を赤らめ、頭を掻きながらメルシオネ教官にそう返すのだった。
「――さて。ウチの身の上話なんかしてる間に、到着してもうたな」
前方に見えてきたのは、昨日千年王国の男たちと戦った真新しい施設。
あのときはかなりの距離を歩いた気がしたが、雑談をしながらだとそこまで遠いとは感じなかったな……気持ちの問題か。
「ここにウチのリーダーが囚われとったんやねえ」
「うるさい。お前たちは里で囚われてたんだろうが」
「囚われ仲間っちゅうわけや」
「何だそれは……はあ」
エステルちゃんの話術についていけず、バランは重い溜め息を吐く。
こうして手玉に取られているのを見るのは何だか面白いな。
「はいはい、雑談はそこまでにしましょう。いよいよ本命の調査です、罠や危険物が無いとも限りませんから、気を抜かないでください」
「了解。お互い気を付けよな?」
「俺は抜いてないッ」
この応酬でオレたちの方の気が抜けるんだが。
イオナと二人笑いながら、そんなことを思う。
「では、行きますよ」
一言断ってから、メルシオネ教官は施設内部へと踏み込む。
そのすぐ後に、オレたちも続いた。




