122.森に眠る遺産②
遺跡の内部も、外と同じく壁面が蒼白い光を放っていた。
なので日光が遮られているにも関わらず真っ暗闇ではなく、中の様子が何とか分かる程度には明るさがあった。
「これまた壮観やなあ……」
オレたちは一様に、その光景に息を呑む。
遺跡を構成するのは全て石材だというのに、仄青さも相まってそこは海をも想起させる不思議な空間で。
「まるで海底遺跡みたい……」
「確かに。……時々舞うマナの光も、発光器か何かのそれに見えちまうな」
これだけの荘厳さを湛える遺跡だと、放棄されたままなのが勿体ない気がする。
水属性のマナが浸透しているという特殊性もあるし、上手く活用する方法もあるんじゃないかと思うのだが。
「しかし……テルさんはここを放棄した理由に老朽化を挙げていたものの、私としては造りはしっかりしているように思えます。立地の方は決して良いとは言えませんが」
「今も別に、崩れそうな感じはしませんもんね」
石材の一つ一つは形も綺麗だし、ひび割れたりもしていない。
……注視してみると、所々何か文字のようなものが刻まれていたりはするが。
「じゃあやっぱり、場所の問題が大きかったんだろう。エルフとの対立が深刻化して、森へ近寄り辛くなったんだろうよ」
素っ気なくバランが言う。
「アーテミーとアンパッサのちょうど中間辺りのようですし、やはりそういうことなんでしょうかね……」
当初は森に立ち入って祭を行っていたアーテミーの人々も、エルフとの仲が険悪になってこの祭壇を訪ね辛くなった。
だから新しい祭壇を街の中に造り、こちらは惜しまれつつも手放すことになった……というところだろうか。
「――なんだ、お前さんたちだったか」
そのとき、入口の方で聞き覚えのある男性の声がした。
振り向くと、そこにはマレー族長の姿があった。
「復旧作業の合間に辺りの様子を確認していてな。そこで人影を見て、追って来たんだが……」
「それは申し訳ありません。余計な警戒をさせてしまいましたね」
「構わん。そちらも同じ様に警戒しているゆえ、森の中を調べておるのだろう」
「理解していただけて助かります」
昨日の騒動では、建物の下敷きになってしまっていた族長。
彼の脚に包帯がぐるぐると巻かれているのは痛々しいが、まだ歩ける程度の怪我だったのは不幸中の幸いだ。
「しかし、蒼の祭壇とは……奇遇というべきか」
「……と言うと?」
「なに、アーテミーのヒトとアンパッサのエルフが手を取り始めたこのときに、この祭壇を訪れることになったのが面白いと感じてな」
そう言ってマレー族長はふっと笑う。
自嘲気味……というよりも、純粋に面白いと浮かべた笑みのようだった。
「あ……昨日テルさんが言ってなかったっけ。過去の記録で、エルフ族も同じ神様を信じてた……みたいな」
「ええ、確かにそう仰っていましたね。あのときはディオンさんの捜索中でしたので、深くは考えませんでしたが……」
「なんや、元はアーテミーの人もアンパッサのエルフも、この祭壇でお祈りしてた言うこと?」
考えてみれば、ごく自然なことだ。
ヒトとエルフの対立が深まる以前は、中間地点であるこの祭壇に両者集まって祈りを捧げていたというのは。
「かつては多くの者が集まり、ここで祈りを捧げていたそうだ。アーテミーに祭として続いている儀式もそうだが、それ以外にも誰でも好きなときにここを訪れ、神に祈っていた。既に忘れ去られて久しいが、その過去をひとたび思い出し……また始めることも良いのかもしれん」
「我々は部外者ではありますが、手を取り合える希望が――未来があるのなら。踏み出しても良いのではと思います」
「……うむ」
族長の頷きが示す意味は、エイヴスの未来にとって重い。
「ところで族長さんて、この遺跡のことどこまで知ってるん?」
堅苦しい空気を払拭しようとしたのか、エステルちゃんはふいにそう訊ねた。
「どこまで、とは」
「いやあ、ウチら遺跡が青く光ってるんも不思議やなと思うたし、読まれへん文字がそこかしこに刻まれてるのもそうやし」
「ふむ。流石に私も遺跡が造られた頃には生きておらんのでな。ある程度は想像になるが……遺跡がこうして蒼白い光を放ち続けているのは水属性のマナを蓄積しているからのようだ」
そこはオレたちの読み通りらしい。
「エイヴスの民……ヒトもエルフも、古来より信仰してきたのは豊饒の神だ。そして作物が豊かに育つには水が欠かせない。つまり、神への祈りは水を……恵みの雨を期待するものだったのだな」
有り体に言ってしまえば、祈りの儀式とは雨乞いみたいなものだったわけだ。
だから、大勢の『恵みの雨』という共通イメージが水属性を生み出すエネルギーになった……と。
「ただ、この遺跡が今なお水属性を保ち続けている理由は分からぬ。使われている石材は何の変哲もない物なのだ。もしかすれば、人々の祈り……その力を留めておくような何らかの術式が、建造時この遺跡に込められたのやもしれん。壁面に刻まれた文字は一部古代文字ではあるが……それとは別の、魔法的要素が含まれていそうな記号もあるのでな」
「魔法の記号……ですか」
石材のほぼ全てに刻まれた記号は、なるほどただの文章よりは魔法のために用いられた記号と考えた方がしっくりくるかもしれない。
「ちなみに族長さん、古代文字は読めたりするんかな?」
「長命であるエルフ族の中には読める者もおる。私も知識はあるのだが、なにぶん古い遺跡なのでな……そもそも文字が掠れていて判読出来んところがほとんどだ」
「……言われてみれば、彫りがかなり薄くなっているところも散見されますね」
壁面の文字を確認しながら、メルシオネ教官は言う。
刻まれた文字全てがそんな状態なので、もし本当に魔法の術式が施されていても、そのうち効力を失ってしまいそうだな。
「この辺りは辛うじて読めるが……建造者と思しき人物名の後、これを後世に託すと記されておる。ただし名前については最後の『リング』という部分しか残っておらぬ」
この遺跡を後世に託す、か。託すという表現を使っているのは独特だが、その何とかリングという人物もエイヴスの民が恒久的に繁栄することを願っていたんだろう。
「文字は褪せてしまい、ここでの祈りも無くなってしまいましたが……今も遺跡は確かに在り続けている。少なくともそれは、建造者にとって喜ばしいことでしょうね」
「……だろうな。街と里との関係性が変わっていくならば……この遺跡の管理についても見つめ直す必要がありそうだ」
五十年前に放棄されてしまった場所ではあるが、今もこうして祈りは魔力として残されている。
そんな場所なのだから、忘れられたままというのも寂しいものだ。
既に新たな祭壇はあれど、この蒼の遺跡も何らかの形で、残っていけばなとオレも思った。
――遠き日の、一つだったエイヴスの象徴なんだものな。
仄青き光の中……その遠き過去に、オレたちは暫しの間思いを馳せたりするのだった。




