121.森に眠る遺産
今日も今日とて、鬱蒼とした原生林の中をひたすらに突き進むオレたち。
ただ、メンバーがかなり入れ替わっているのだけは新鮮な気分だった。
「……戦闘の傷痕はやはり大きいですね」
歩きながら、メルシオネ教官は里の方角を見やる。
西の森……ここからでもその方面の巨樹が焼け焦げているのは確かに見て取れた。
二次災害というのか、イレギュラーが暴れたことにより火事が発生し、それが幾らか森を焼いていた。
それだけではなく、奴は木を引っこ抜いて武器に使ったりもしていたし……抜かれた木、折れた木というのもそれなりの本数あるだろう。
「いやあ、とんでもない戦いやったんやなあ……」
エステルちゃんが感嘆の声を漏らす。
それほどでも……という謙遜の言葉が一瞬だけ浮かんだが、あれは正直それほどのものではあったな。
よく勝てたものだと思う。ひとえにメルシオネ教官やディオンさんといった戦闘のベテランがいてくれたおかげではあるけれど。
「それにしても、エステルちゃんが調査の方について来るとは思わなかったや」
そう素直な感想を述べたのはイオナ。
実際、バランチームはリーダーを除いて復旧作業のメンバーに立候補していたし、そちらの方が気が楽だったはず。
あえてこちらを選んだのには理由がありそうだが。
「別に大層な理由ちゃうよ。あっちに行ったメンツは皆、力自慢やったり回復魔法使えたりで役に立てそうやってけど、ウチはどっちもアカンし。それやったら調査手伝った方がええかなって」
「案外消極的なんだな?」
「後はまあ、ウチの趣味が絵描くことやん? せやから調査の方がインスピレーション得られるモンもあるかな思うたんよ」
「ああー……」
エステルちゃんが意思決定の指針にするならば、なるほどそれが重要なのだろう。
どちらかと言えば、前者より後者の理由が決定要因の大部分を占めていそうだ。
「――それに」
と、エステルちゃんはふいにオレとイオナの近くへ顔を寄せてきて、
「一人はバランと話せるんがおった方がええやろ?」
「……まあ、多少は楽だな」
彼女は彼女なりに、気を利かせてくれているというわけか。
押しに弱そうなエレンちゃんなどと比べれば、エステルちゃんはまだバランに強く物を言えそうだし。
「助かるよ、エステルちゃん」
「任しとき。……ま、あんなことがあった後やし、大人しくしてるとは思うけど」
そう言ってエステルちゃんがちらと視線をバランの方へ移すと、バランはバツが悪そうにぷいとそっぽを向くのだった。
「さて……この道を直進すれば、千年王国の拠点なのですが」
分かれ道に差し掛かったところでメルシオネ教官は立ち止まり、オレたちに話しかける。
「その前に、ちょっと寄っておきたいところがあります。あの組織のことだけではなく、エイヴスそのものについてももう少し知りたいので」
「もしかして、遺跡ですか?」
「ええ、テルさんが話していた蒼の遺跡というところです。そもそもが小規模な世界、人の手で造られたものも数えるほどでしょうし、なるべく全て見ておきたいのですよ」
イレギュラーの発生が示唆するものは『世界の危機』。
その表現は非常に抽象的なものであり、今回の場合でも、必ずしも千年王国が世界を滅ぼすのだと決めつけられるものでもない。
こうして調べられる余裕があるときに、当該世界のことを知る――問題解決を任されたオレたちにとって、それは非常に意義のあることだろう。
当然反対意見は無く、オレたちは道を東へ逸れて蒼の遺跡を目指し始める。
かつて放棄されてしまった森の中の祭壇。想像するだけでも神秘的な雰囲気がありそうだし、それこそエステルちゃんにとって良いインスピレーションをもたらしそうだ。
初めて進む道なので、ちゃんと目的地に辿り着けるか心配にはなったのだが、ニ十分ほど歩いたところで明らかに自然の造形ではないものが見えてきた。
あれは……石造りの建造物だ。
「着きましたね。あそこにあるのが蒼の遺跡で間違いないでしょう」
「……凄い……」
イオナが遺跡に見惚れたままそう呟く。
彼女が惹きこまれるのも無理はない。オレも、実物がこんな外観だとまでは想像していなかった。
人々から忘れられ、すっかり風化して自然と一体になったような遺跡だとばかり思っていたのだが、これは……。
「赫の祭壇と対になるようにって名付けられたんやと思とったけど、まさかホンマに蒼いなんてなあ……」
そう、詳しい原理などオレには分からないが……目の前に佇むその遺跡は仄かに蒼白く発光していた。
木々の枝葉によって陽射しの遮られるこの場所なので、蒼い光はいっそう神秘的に感じられる。
テルさんの説明では、外壁が少し青みがかっているとのことだったが、まさか光まで発しているなんて……。
「どういう原理だ、こいつは……?」
テンション低めだったバランも、この光景には流石に驚きを隠せない様子だ。
見る者を圧倒するような景色がそこにはあった。
「……ふむ。これは恐らく、マナの影響なのでしょうが……」
口元に手を当て、考え込むような仕草をしながらメルシオネ教官が呟く。
「私も同感です。青いということは、水属性なのかなと」
色のイメージ的には、オレもそうじゃないかと思う。
水属性のマナが、遺跡を覆っている……というか浸透している?
「建材に、マナを吸収するような性質があるのかもしれませんね」
教官は言いながら遺跡に歩み寄り、外壁部分にそっと手を触れる。
「見た目はただの石材ですが……水属性の力が働いているからでしょう、微かに冷たい」
気になったオレも手を添えてみる。
無骨な石はひんやりとしていて、離した後には指先に湿り気を感じた。
「……この遺跡が、周囲の水属性マナを吸い上げてるってことか?」
バランが誰にともなく問うと、
「うーん、マナのことを説明し始めると少しややこしいんだけど……バランくんはキャスパー教官の講義、ついていけてる?」
「当然だ。あの程度なら理論も実践も問題ない」
「なら大丈夫か。基本的に、世界に満ちるマナは本来何にも染まっていない無属性のものなんだけど、周囲の環境に干渉を受けたりして変質するんだったよね。だから、この辺り一帯……もしくはエイヴスの大陸全土が水属性になりやすい性質を持ってるのかもって感じ」
「木々の成長に水は欠かせないものです。ここまでの原生林が出来上がるほどですから、イオナさんの言ったように湿度が高かったり、地下に豊富な水脈があるなど、水属性が満ちやすい土壌があるのかもしれませんね」
そう言えば、キャスパー教官の講義でそういう話は出てきたっけ。
まさかここで復習をする羽目になるとは……おかげで中間試験対策にはなりそうだが。
「……確か、講義の中でもう一つ変質の要因があるって説明されてなかったっけ」
ふと思い出したので、オレは何気なく口に出してみる。
「そうそう、むしろそっちの方が私たちイマジネーターにとっては大事なことだけど……」
すると、説明を続けようとしたイオナが何かに気付いたように言葉を切った。
「……人の想い」
――魔法もイマジネーターの力も、全て想像することがその原動力になっておる。
キャスパー教官の声が、頭の中で再生された。
……ヒトの想像力がマナに干渉することによって行使されるのが魔法やイマジネートの大雑把な原理だ。
だから、周囲の環境による自然発生的なものだけでなく、そうした人為的な影響も可能性としてはあり得る。
しかし、メルシオネ教官はその可能性に関しては否定的だった。
「ここはかつて祭壇だったという話ですし、人々の祈りがマナを変質させることはあったでしょうが……蒼の遺跡が放棄されたのは五十年前のこと。祈りだけで今も影響が残るというのは考えにくいかと」
「あはは、ダインの思いつきで私も一瞬もしやって思っちゃったけど、昔のお祈りだけでここまで色濃く残り続けるってのは難しいか」
イオナも教官に同意のようだ。……あくまでそっちの要因も存在したなと再確認しただけなのだが、ちょっと恥ずかしくなる。
「別に恥ずかしがらんでもええやん。と言うか、どっちも影響した説が一番有り得るんちゃう?」
そこで意外にもエステルちゃんがフォローをくれた。
「始めは祈りによって少しずつマナが変わり、放棄された後でも環境自体が水に寄っていたので留まり続けた……考え付く中ではそれが一番自然かもしれませんね」
「そうそう。ま、ウチらも考えつかへんような驚きの理由があったりするかもしれんけどな」
そう言ってニヤリと笑った後、エステルちゃんはオレにだけ見えるようにウィンクをしてみせた。
……この子、一見奔放そうだけれど視野が広いし、思いやりもあるんだよな。
さりげない優しさがちょっと嬉しい。
「とにかく入ってみようや。外ばっかり見てあれこれ言うててもしゃあないし」
「そうですね。中がどうなっているのかも確認しておくとしましょう」
エステルちゃんの意見に頷いた教官は、注意を払いつつ遺跡の中へ入っていく。
特に仕掛けなどがないことが確かめられてから、オレたちも教官の後に続くのだった。




