11.校長のお話
コーネリア校長は、ちらとテーブルに積まれた書類に目をやってから、またこちらに視線を戻す。
やはり学園のトップは仕事も沢山あるらしい。書類は大量にあるし、それらを処理するペンやスタンプも複数置かれている。
壁際の本棚には小難しそうな書籍が幾つも並んでおり、ちょうど一冊が抜かれてテーブルの上に開かれていることから、それはお飾りとしてではなくきちんと利用されているようだった。
「お前たち二人が呼ばれた理由は、もちろん分かっているな?」
……笑顔を崩さないコーネリア校長。が、その圧は凄まじい。
まるでオレたちは蛇に睨まれた蛙のようだ。
さっきまでイオナが気を緩めてはくれていたが、この空気ではそれも一瞬でリセットされる。
自分の顔が強張っているのが分かったし、何か喋らなくちゃと思っても頭が上手く働かなかった。
――こんなんじゃ駄目だ。
オレは拳を堅く握り込み、覚悟を決める。
「申し訳ありませんでした。緊急事態にも関わらず、指示に従わず隊列から離れてしまい迷惑をおかけしました」
「ダイン……」
イオナが呆気にとられたようにこちらを見つめる。オレは列から離れた彼女を追いかけただけなんです、などと弁明するかと思っていたのかもしれない。
けれど、そういう言い訳がましい切り口はかえって印象を悪くするものだ。
だったら、余計なことは言わずに駄目な部分を謝っておくほかないだろう。
コーネリア校長はしばらくの間沈黙していた。その言葉に対する評価を考えるかのように。
そして、
「なるほど、お前さんは俺が叱責のために二人を呼びつけたと思っていたわけだ」
「……え?」
思っていたも何も、そういうつもりじゃないのか?
想定外の返しに口を開けたまま固まってしまったオレに、
「ははは! すまんすまん。実際指示には従ってないんだから叱責の理由はあるんだがな。怒りたいから呼んだってわけじゃあないんだ」
「じゃあ、どうして……」
「端的に言えば、よく魔物を倒してくれたなってコトさ」
その答えは、一番有り得ないと思っていたパターンだった。
勝手な行動を取ってしまったオレたちが、褒められることになるなんて。
「式直後に起きた緊急事態だったもんで、戦闘員は皆A棟から離れた場所にいたんだ。生徒は寮にいたり学園外に出かけていたり、職員はまだ式の対応をしていたり、B棟で各々の仕事を処理したりな。二人が迅速にA棟の魔物を倒してくれたおかげで、被害が全体的に抑えられた」
「はあ、なるほど……」
「おまけにダイン。お前はイオナからブースターを借りて、初めてイマジネーターの能力を使ったっていうのに、中々の手際だったらしいじゃないか。とんだ大型新入生がいたもんだ」
当時の状況を、イオナがもう説明しているのだろう。……確かに能力は便利な部類なのかもしれないが、決して上手く使いこなせていたわけじゃないと思うけどなあ。
「まあ、そういう次第で。叱られると思ってビクビクしていたなら気にしなくていい。ただ、忠告しておくとすれば一つ」
「……何でしょう?」
「式の時にも言ったことだが、イマジネーターになる以上は意識しておかなきゃならない。時に選択一つで、命に関わるような状況にもなり得ることを。俺たちが相手にするのは凶悪な魔物だ。勝てなければ、逃げられなければ最期……避けようのない死が待っていることを覚悟しなくては」
ごくりと唾を呑む。それは、まったくその通りのことだ。
仮にあのときオレの能力が弱かったり、或いは発現すらしなかったら。救援が遅くなっていたら。
二つの骸が転がる結果になっていたということも、十分あり得たのだから。
「この仕事をやってもう長いからな……俺自身、仲間の死というものは何度か経験している。だから、生徒たちにも命を大切にしろとは常々言っているんだ。正面きって戦うだけが正義じゃない、避けられる危険は避けることも大事だし、何事も時と場合によるものだ」
仲間の死。さらりと口にしたけれど、それは決して軽い出来事ではなかったはず。
オレも、たとえ今日仲良くなったばかりのイオナやルカが死んでしまったとしたら、かなり堪えてしまうのは間違いなくて。
きっとコーネリア校長も、そのときは苦しんだのだろう。
それが、この人の考え方に繋がっている。
「今回のお前の行動は、そういう意味で良かったと思っている。もちろん、結果的にではあるがな。もしもイオナが一人で無茶をしていれば、彼女が危険な目に遭っていたかもしれない。君の機転が、彼女を守ることに繋がったと言えるだろう」
「オレが行かなきゃ、彼女一人で魔物を倒してたかもしれないですけどね」
「それも有り得るが、一人より二人の方が生存確率を上げられる時もある。難しい判断かもしれないが、なるべく多くを護れる道を選び取る……それがイマジネーターにとって最も重要なことだと俺は考えている」
だから、とコーネリア校長は続けた。
「今回のこと、感謝している。それと、無茶をさせてすまなかったな」
すまなかった……そんな謝罪までされようとは。
流石に畏れ多くて、オレはただぶるぶると首を横に振ることしか出来なかった。
「あ、ちなみにイオナはもう少し考えて行動した方がいいからな。それは釘を刺しておくぞ」
「ええっ!? 私は駄目なのか……」
……まあ、それは妥当な判定だろ。
「さ、話は以上なんだが……お前たち二人は負傷したせいで式後に予定されてたことが全部出来てないんだったな?」
「あ……それは、はい。どうもイオナが学園内のことを事前に知ってるみたいなんで、案内してもらおうとは思ってましたけど」
「ものはついでだ。学園の案内役を、俺が務めることにしよう」
「――はい?」
いやいや、それはもうおかしくないか?
校長ともあろうものが自ら学園の案内って、しかも見るからに仕事が溜まっていそうなのに。
ものはついででしてやるってことじゃあないと思うんだが……。
「はは。ここだけの話、この部屋で延々書類と向き合ってるのが辛くて仕方ないんだよ。なんで時々キャンパス内を散歩してるんだが、その代わりってことさ」
……なるほど、デスクワークの疲れを発散させるついでか。そんな理由なら分からないでもない。
校長先生と一緒に歩くこちらとしては、正直要らぬ疲れを感じそうではあるけども。
「俺が校長だとかは特に気にせず、新入生らしく素直に案内を受けてくれたらいい。さ、そんじゃ出発するとしようか」
言うや否や、コーネリア校長はおもむろに椅子から立ち上がる。こうなった以上、甘んじて案内を受けるしかなさそうだ。
初日から思ってもいない展開に巻き込まれ続けているなと溜め息を吐きつつ、オレはイオナとともにコーネリア校長に付き従って校長室を後にするのだった。




