119.暗躍する組織
夜は先日と同様、アンドルー邸の風呂を借りて順番に入りつつ自由に過ごす……ということになるのだが、その前にメルシオネ教官の言で通信等の回復状況を確認しておくことになった。バランチームに一番風呂を譲り、オレたちは拠点に集まる。
さきほどの報告では上がらなかったが、妨害行為に関しても四人組はダンマリだったという。
これに関しては技術的なものだから、捕らえたことで勝手に解除されることもないわけで、結局ロウディシア側の修復を待つしかなさそうだ。
「では、連絡してみましょうか」
テスタマイザーの通信機能を起動し、教官はロウディシアとの通信を試みる。
しばらくの間はただノイズが続くばかりだったが、一分ほど経ってから変化が現れた。
『……ますか。……さん…………願いま……』
これは――マルの声だ。
もうすっかり夜になっているのに、オペレーターとしてこちらに働きかけてくれているのか。
彼女の声を聞いて、何だか少し胸が温かくなった気がした。
「マルさん、こちらメルシオネです。途切れ途切れですが、何とか声は届いていますよ」
マルの問いかけに、教官が応答する。
そこからまたタイムラグはあったものの、
『……認出来まし……。……がとうございます……』
教官の声が確認出来たことを伝えてくれた。
半分ほどは言葉が聞き取れず、正確な対話は難しかったものの、現状の共有は必須事項だ。
オレたちは根気強く話し合いを続け、何とか互いの進捗を報告しあった。
ロウディシア側としては現在、ワールドスクリプトとの接続が妨害されていることは確認していて、その解除に注力しているらしい。
これは技術的な問題なので、その分野の人たち――主に魔術工房イマジナルの人たちということになるだろう――に任せるほかない。
また、それと並行し妨害者の特定にも動き始めていて、学園のみならずセラフィス教会や請負人ギルド、星定議会にも情報が回っているとのことだった。
ロウディシアの技術に介入出来るとしたら、それはロウディシアの人間しかいない。
あちら側もそういう認識で、既に動いていたわけだ。
「でしたらちょうど、お伝え出来る有力な情報があります。先ほどお話した謎の組織について、尋問によってその名前を聞き出せましたので」
『……当ですか? …………すね、ちょっと…ってください。……ネリア校長……で来ます』
重要な情報があるならマルやアーロンさんだけ聞くのは良くないと判断したようで、彼女は校長を呼びに行った。
ほどなくしてまた懐かしい声が聞こえてくる。……たかだか二日、こちらに遠征しているだけではあるんだがなあ。
『おう。色々大変……だな。まずは軽い案件……思って……だが……んなことになるとは。苦労……てすまねえ』
「一応、私がおりますので。生徒にはあまり無理はさせないつもりです」
『お前のことは信頼……てるさ。バランたちも既に救出……ると聞いた。感謝して……』
「任された役割ですから。……それで、例の組織についてですが」
『……だな。……前を教えてくれ』
メルシオネ教官は、なるべく全部聞き取れるようにゆっくりその名を告げる。
千年王国――組織名を告げて数秒、向こうからの反応は無くなった。……黙り込んでしまったのか。
『……ほど。……ぱりその名前が出て……まうのか』
……今コーネリア校長、やっぱりと言ったか?
なら、校長は千年王国という組織の存在を知っていたのだろうか……?
「校長、ご存知なんですか?」
メルシオネ教官も意外だったようで、食い気味に訊ねている。
その後通信越しに溜め息が一つ聞こえ、
『まあな。……つは一般に……周知されていない……んだが、国防の面から……モス学園の校長である俺……議会の上層……とか一部の者だけ……有している情報だ』
「国防……」
何だか学園に入って二週間で、一般に知らされていないことというのが幾つも出てきた気がするが、千年王国についても同様らしい。
しかし、国防ときたか。つまり当該組織のことを、ロウディシアもかなりの危険分子とみているのでは。
『……年王国ってのは――』
コーネリア校長の説明をまとめると、千年王国とはざっとこのようなものだと認知されているらしい。
ロウディシアにおいて非人道的な研究や実験を繰り返し、各地でその成果を実証するために問題を起こしている集団。
この各地とはロウディシアだけに留まらず、ワールドスクリプト内も該当するのだという。
千年王国がどのようにしてワールドスクリプトと接続する技術を得たのかは判明していないが、魔術工房の技術をどうにかして盗み出したか、或いは似た技術を組織自らが生み出したか……いずれにせよそういう技術を有してしまっているのは確実なようだった。
「……そのような組織がロウディシアに存在していたなんて。正直、信じ難いです」
『表立って大事件を起こ………無いからな。だからこそ……を不安にさせない……に、情報統制して……わけだ』
「一般人に影響しないなら、伝えて不安を煽る必要はないということですか」
イマジネーターになって理解してきている。
世の中には、そういうものが沢山あったんだと。
……メルシオネ教官ですら知らなかったことを、今のオレたちが知ることになったというのは驚きだが。
『奴らが……ギュラーを生み出し……ってのは初耳だ。今回の……は深刻な問題……しれねえ。悪いが、……続き注意して……くれ』
「……ええ、分かりました。通信や転移機能について復旧の目途は?」
『……だな、工房の……てる限りは、二日か三日……とかなりそうな……らしい』
二日か三日、か。後もう少しこちらに滞在したままになりそうだ。
オレたちはまだいいが、巻き込まれたバランチームは早く帰りたいだろうな。……あいつらの方は、講義の欠席がどういう扱いになるのやら。
流石に無断欠席にされるのは温情がないし、救済措置はくれそうだけども。
『通信も……だん回復して……だろう。また適宜、こちら……も連絡するよう……する』
「了解です。……では、本日はこの辺りにしておきましょうか」
『そうしよう。明日からも……しく頼む』
「お任せください。では」
という次第で、ロウディシアとの通信は切れた。
お互いに今話せることは全て話せたとは思う。
しかし……どんどん事が大きくなってきている気がするな。
ロウディシアでも危険分子とみなしている組織が、この世界を支配しようと活動を始めているとは……。
「……相手がロウディシアにおける犯罪集団だというなら、問題は長期化しそうですね。我々に出来るのはひとまず、転移機能が回復するまでにエイヴスを保護しつつ、なるべく多くの情報を掴む……というところでしょうか」
メルシオネ教官が今後の方針についてまとめてくれる。
現時点ではエイヴスに留まっているオレたちが動き、ロウディシアが介入可能になれば引き継いだり、或いは協力したりという流れになるだろうか。
少なくとも、背後にもっと人員のいる組織だとしたら短期解決は難しそうだ。
「オレたちは明日、何をしましょう?」
「千年王国……彼らが拠点としていた施設を調べに行こうと思っています。そこが一番情報を得られそうですしね」
「ま、そうでしょうね」
分かっていたとばかりにエスカーが言う。
「じゃあ、俺たち全員で調査を?」
「そこですが、千年王国の襲撃でエイヴスの人々に被害が出たこともありますし、可能ならば復旧作業も手伝いたいところです。施設自体、そこまで大きなものではありませんでしたから、二手に分かれるのも検討して良いかと」
「なるほど。イマジネーターの役目は人々を守ること、ですもんねえ」
エスカーが口にすると薄っぺらく聞こえてしまうのだが、それがイマジネーターの意義なのは間違いない。
困っている人がいるなら、それがロウディシア内であれワールドスクリプト内であれ、手を差し伸べるべきだろう。
「メンバー分けをどうするかは、明日の朝にでもまた決めましょう。戦闘の危険が無ければ、バランチームにも手伝ってもらいたいところですし」
「多分、暇してる方が嫌だろうからすんなり引き受けてくれそうだね。……バランはどうか分かんないけど」
ルカがそうコメントするのに、全員が共感の頷きを返した。
「ふふ……では、今日はこれで。皆さん、どうかしっかり疲れを癒してください」
教官の締めの一言でオレたちチームは解散し、後はのんびりと夜を過ごす。
昼間の狂乱が嘘のような、それは穏やかな一夜なのだった。




