118.千年王国
空が茜色に染まった頃、オレたちは再びアンドルー邸へ集合していた。
心配していたバランも、ひと眠りしたおかげか顔色はだいぶ良くなっている。
例の四人組への尋問は時間がかかったようで、夕食は少し遅めの七時になった。
昼を二時過ぎに食べたこともあり、結果的には遅いくらいでちょうど良かったが。
「さて……いただくとしようか」
夕食の席にはアンドルーさんの姿もある。
食事を終えたらこの場で今日の成果を報告することになっているので、全員が集まったわけだ。
無論、彼の父親であるドーンズさんも同席していて、食堂はかなりの大人数になっていた。
「今日は皆、大忙しだったようじゃのう」
「ええ。これからもしばらくは忙しいと思います、父上」
当主として振る舞うときのアンドルーさんは威厳のある話し方だが、親子の会話となれば別だ。
父親として、先代当主として尊敬の念を忘れていないのだなと思う。
「特にディオンくんが悪漢に連れ去られたのは肝を冷やした。大きな怪我もなく戻って来れて安心じゃ、君らにも感謝しておるよ」
「ありがとうございます、ドーンズさん」
代表して、メルシオネ教官が軽く頭を下げる。
「アーテミーの政にディオンくんは欠かせんからの。……しかし、アンパッサの方は災難じゃった」
「その件ですが、既に里から救援を求める声が出ています。明日には正式に、マレー氏が申し出てこられるようで」
「うむ、アーテミーとして出来る限りのことをしてやりなさい。過去のいがみ合いは何の役にも立たん、これからのことを考えるのが建設的じゃろう」
もちろんです、とアンドルーさん。
悲惨な事件が転換点なのは喜ばしいと言い辛いところだが、それでもこれを機に、両者が手を取り合えるようになるのなら。
「そうじゃ、今はアンパッサのエルフたちも大勢こちらに退避してきておるじゃろう。なら、二日後の祭を彼らにも楽しんでもらえばいい」
「実は、明日の対談でそれも提案しようと思っています。正直なところ、少し人手も足りないので手伝っていただきたい部分もありまして」
ディオンさんが苦笑混じりにそう言い、
「ほっほ。皆で祭の準備をすることも、関係性を築く良い材料になるんじゃなかろうかの。ぜひ提案してやりなさい」
「了解しました、ドーンズさん」
豊饒祈願の祭りに、アンパッサのエルフ族が参加する……か。
当たり前だけど、原生林で暮らしてきた彼らは一度としてアーテミーの祭を経験していないんだものな。
祭を素晴らしいイベントだと思ってくれたなら、それもまた交流の面でプラスになるのは違いない。
何にせよ、二日後に迫る祭の重要性は例年より増しそうだ。
政治的な話はこの辺りまでとなり、以降はドーンズさんが先日言っていたように、ロウディシアの文化や技術について色々聞かれることになった。
こちらでは一般に浸透した技術でも、エイヴスの人たちにとっては未知の技術ばかりなわけで、やはりそうした未知に触れるのは面白いものなのだろう。ドーンズさんだけでなくディオンさんも興味津々だったように見えた。
そんな感じで食事の時間は終わり、ドーンズさんはまた一足先に退室する。
あの高齢ながら、常に会話を途切れさせないよう場を取り仕切れるというのは凄いことだな、などとオレは思ったりもするのだった。
「……さて」
ドーンズさんが去り、一旦場が静まったところでアンドルーさんが口を開く。
ここからは雑談ではなく、真剣な情報共有の時間だ。
「それでは報告をさせてもらうとしよう。まずはアンパッサの里についてだが、これは先ほども話したように明日から復旧作業へ人員を派遣することになりそうだ」
「ただ、普段の仕事に加えて祭の準備もしている現状、里と話し合って上手く配備したいところですね」
アンドルーさんの後に、テルさんが補足する。
里で復旧作業をするか祭の手伝いをするか。自身がやり易い方を選んでもらってそちらへ従事する感じになりそうだな。
「もしも余裕があれば君たちにも手伝ってもらいたい気持ちはあるが……既に多大な貢献をしてくれているのでね、無理強いするつもりはない」
「手伝っていただけるなら、適切な報酬は考えさせてもらうつもりですので」
これはディオンさんの補足。……報酬ありきで飛びつくわけではないが、どうせ帰還出来ないならまた手伝ってもいいかもしれない。
「そして、こちらの方が重要だが……君たちが捕らえてくれた四人組についてだ」
場の緊張感が一気に増すのを感じる。
尋問の結果、何が分かったのか……或いは何も分からなかったのか。
奴らの素性が、少しでも明るみになればいいのだけれど。
「悪党と言っても、流石に非人道的な尋問は出来ないのでね。辛抱強く対話を続けてみたものの、やはり彼らの具体的な素性、目的等は分からなかった」
そこでオレも含め、何人かが肩を落とす。
どうも大きな価値のある情報は得られなかったようだ。
「ただ――」
そこでアンドルーさんは少し前のめりになり、
「彼らは対話の中で一度だけ、自分たちが所属するらしい組織の名を口にした」
「それは……?」
エレンちゃんが促すと、アンドルーさんは何秒か瞼を閉じた後、ゆっくりとこちらを見て、
「曰く――その組織の名は、千年王国というらしい」
……千年王国。
王国とは何とも大層な名前を付けたものだ。
生憎まったく聞いたことの無い組織名だったが……それで一つ分かることがある。
「千年王国という組織……ですか。では、やはりあの四人組だけの集団じゃないんですね」
「ああ、彼らはあくまでその構成員なのだろう」
そう。千年王国などという組織があるのなら、少なくともそれが四人だけで構成されているとは思えない。
仮に四人だけだとしたら、全員が捕まった時点で機能停止なのだし、リーダー格の男が見せていた余裕は他に当てがあるという印象だった。外部にもっと多くの構成員がいて、そのうち救援が来ると考えているからこその余裕なんじゃないかと思う。
奴らが持つ技術力の高さや設備の充実性も、大きなバックの存在を感じさせるものだし。
「四人の立場が組織の中でどの程度のものかは不明だが、やはり彼らを捕らえたことで事件が終息したとは思わない方が良さそうだ。引き続き尋問を続けつつ、組織の増援が襲撃に来ないかどうか警戒しておくべきだろう」
「私も同意見です。テルくんを忙しくさせてしまいますが……」
「構いません、俺は元々そういう役回りですから。祭の準備を進めつつ、戦闘の心得がある者と連携をとって警戒も強めておきますよ」
「うむ。頼むぞ、テル」
アンドルーさんに信頼の言葉をもらったテルさんは、元気良く了解ですと返した。
「ちなみに、メルシオネさんは千年王国という名称も知らないということだったが、他の者も同じかな」
「ええ……全然聞いたことないですね」
オレは首を振りつつ、素直にそう告げる。
周りを見ても、同じように首を傾げる者ばかりだったが――。
「どうした、ルカ?」
ルカは考え込むようにぼうっとしていて、オレの問いかけで我に返ったようになった。
「あ――いや。どこまで大きな組織なんだろって思っちゃってさ。ボクらもそれ次第で警戒を続けなきゃいけなくなっちゃいそうだし」
「……まあ、それは確かに」
アンドルーさんたちには言えないが、イレギュラーという存在はワールドスクリプトの危機を示す象徴だ。
それを人為的に創造してしまう組織がエイヴスに狙いを定めているのなら……オレたちの仕事はこれで終わりとはいかないかもしれない。
増援としてやってきた者たちが、再びイレギュラーを生み出したり、けしかけてくる危険性があるのだから。
……それはそれとして、ルカのボンヤリはどこか変だった気もするけれど。
「心当たりが無ければ結構だ、これで報告は終わりとする。……重ねてになるが、今日は本当にご苦労だった。どうかゆっくり体を休めてほしい」
アンドルーさんがそう締め括り、オレたちは解散の運びとなった。
不安の種は残るものの、それはさっきの話通り警戒を続けるほかなさそうだ。
これ以上、事件が拡大することのないよう。
今はただ、平穏を祈るばかりなのだった。




