117.黙秘する者、見守る者
昼食をとり終えると、メルシオネ教官は休み間もなくアンドルーさんのところへ戻っていった。
先ほどのバランの話は衝撃的だったし、必ずやあの四人組から素性を聞き出さねばと決意したのだろう。
可能性としては考えていたものの、実際にそれが有り得そうだということになると恐ろしい話だ。
奴らが、ロウディシアと関係性があるというのは……。
「カーファって名前を明かして親父さんの名前を出されたなら、少なくとも奴らは星定議会のヨーゼフ=カーファを知ってるってことになるよな」
「そうだ。流石に同姓同名の別人ってことはないだろう」
奴らが全く別の世界から来て、そこにヨーゼフ=カーファという名前の別人がいる……という方がむしろ無さそうだ。
そもそもロウディシアでない、ワールドスクリプトという下位世界間での移動はあり得るのだろうか? 少なくともオレは聞いたことがない。
「これで俄然、あいつらがロウディシアから来た集団だって確率は上がったわけだ。……何か聞き出せるのかねえ」
「その辺は、教官やディオンさんたちに期待するしかないな」
「尋問なら俺も参加したっていいんだけど」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ……」
エスカーなら、尋問くらいやったことあるよと笑われても驚かないというか。
どこまでが本当でどこからが嘘なのか、いつだって捉えどころのない奴だ。
「あの者どものことは教官らに委ねるとして……拙者たちはこの後如何したものか」
「しばらくはのんびりしてもええんやない? 朝から動いてこんな時間なってるし。特にウチのリーダーは休んだ方がええやろ」
と、サラルとエステルちゃん。
今のところオレたちに出来ることもないし、教官たちの報告があるまでは体を休めておくので良いとは思う。
時刻はもう午後三時前。夕食までさほど時間も無い。
「じゃあ、この場は解散としますか」
イオナが言い、全員が頷く。
というわけで、後は各々自由行動という運びになった。
「バラン。お前はどうするんだ?」
まだ本調子じゃなさそうなので、一応オレは聞いておいたが、
「寝る。一睡も出来てないんだ」
とだけ言い残し、さっさと食堂を出て行くのだった。
拠点へ一目散、か。誰かといるのも今は気まずいだろうし仕方ない。
――さて。
尋問の結果は夕食で集まった際にするだろうから、それまではお預けだ。
バランと同じように拠点へ戻るも良し、ここでだらだら過ごさせてもらうのも良し……だが、どうしたものか。
「……そうだ」
こうして落ち着いた今、朝の一幕を思い出す。
ディオンさんの行方について手掛かりをくれたあの少女……もし会えたら改めてお礼を言いたいな。
ひょっとしたら顛末を知りたいと思ってるかもしれないし、この空き時間で探してみようか。
他の面々とは少し遅れて――イオナやエレンちゃんは残っていたが――オレはアンドルー邸を後にする。
昼下がりのアーテミー。ここは街の中で一番高い場所にあり、海からの風が何にも邪魔されず吹きつける。
その涼しさを感じつつ、オレは石段を一つ一つゆっくりと下っていった。
街の人たちは今も農作業や祭りの準備に精を出しているようだが、中には街へ逃げてきたエルフ族の治療にあたっているという人ともすれ違った。
アンパッサの里はあれだけの被害が出ていたし、食事や泊まるところの提供など、街の人たちの力が必要不可欠だよな。
ぶらぶらと散策するも、探している少女の姿はどこにもない。
結構印象に残る子だったから目に入れば分かりそうだが、見つからないもんだなあ。
「……ん?」
街の小さな広場が、子どもたちで賑わっていた。
その集まりの中にはテルさんと、何故かフェイも加わっている。
何をしているか気になったので、オレは広場の中へ入っていった。
「テルさんまだ忙しいの~?」
「早く遊べるようになるといいなあ」
「ね、あと十分だけ!」
子どもたちの台詞からして、テルさんは一緒に遊ぼうとせがまれているようだ。
どの子からも親しげに声を掛けられているし、きっと普段から交流があるんだろうな。
「あはは……分かった分かった、あと十分だけね。ええと、フェイさんも付き合ってくれてありがとうございます……」
「ふふ……大丈夫ですよ。私、こういうの案外好きなんです」
フェイは子どもたちに付き合って、人形遊びのようなことをしていた。
自分からプライベートなことを突っ込んで聞いたりしないし、彼女のことはチームの中でもあまり知らない方だったが……あんな風に楽しく子どもたちと遊ぶんだな。
「あ、ダインくん。どうもです」
「楽しそうですね。いつもこんな感じで?」
オレが訊ねると、テルさんは苦笑気味でそうなんですよと答える。
彼も困った風ではあるものの、内心やっぱり楽しそうだ。
フェイの方はというと、恥ずかしいところを見られてしまったなとばかりに照れ笑いを浮かべていた。
「テルさんはなんか分かるけど……フェイは意外だなあ」
「そう言われるかとは思ってたわ。でも私、子どもたちと遊ぶのは好きなの」
確かに、無邪気に楽しんでいる子どもたちを見つめる彼女の目は優しいというか、慈愛に満ちているというか。
何だろう、どこか過去を懐かしんでいるような感じすらある。
「昔、孤児院のようなところにいたことがあって。小さな子の面倒を見ることが多かったのよ。そこそこ料理が出来るのも、その延長線上」
「ああ……そうだったのか」
初週の遠征訓練で料理をしたとき、食事当番をしたことがあると話していたはずだが、あれは家庭内のことではなかったらしい。
孤児院、か。オレはセント・ロウディシアでそんな施設があるのを聞いたことはないものの、地方には多分幾つかあるんだろう。
彼女がそこでボランティアでもしていたのか……はたまた、そこで生活していたのかは分からないが。
いずれにせよ、深くは聞き辛い話だ。
「ねー、お兄ちゃんも遊ぶ?」
立ち話をしていると、いつの間にかオレの周りにも子どもたちが寄って来ていた。
……オレはこういうのあまり得意じゃないのだが、だからと言って無下にも出来ない性格なんだよなあ。
「あー……一回だけな」
そう約束だけして、オレは簡単なボール遊びに興じることになった。
砂を詰めた軽いボールを投げて、地面に描かれた円の中に入れるだけの遊び。
自分が幼い頃にも似たようなゲームに興じたことがあるし、遊びの文化もどこか似通うものなのかな。
そんな風に物思いに耽りながらやっていると、なんと五人中四位という残念な結果になってしまった。
……やっぱりもう一回やりたい、なんて気持ちになってくるぞ。
「……そうだ」
オレは本来の目的を思い出し、テルさんに聞いてみることにする。
「今朝オレたち、街の中でディオンさんを探してるときに女の子から目撃情報を得たって話したじゃないですか。その子にお礼でも言いたいなって思ってたんですけど……」
「ああ、そうでしたね。ここにいる子だったりしますか?」
「えっと、十歳ちょっとの茶髪の子で……瞳が赤かったんですよね」
覚えている限りの特徴を伝えると、テルさんはしばらく唸ってから、
「……おかしいな、俺は街の人たちのこと大抵覚えてるはずですけど……そういう子は見たことがないかも」
「本当ですか?」
「もちろん、俺の知らない子もいるとは思いますけどね。お役に立てなくて申し訳ない」
「いえいえ、流石に全員しっかり記憶してるなんて無いと思いますから」
そんな生き字引のようなことまで期待してはいない。……とはいえ、テルさんも知らない子となると探すのは難しいか。
滅多に街に出てこないとか、外に出ないような子なのかもしれない。またどこかで偶然会えたら話そう、くらいに思っておこうかな。
「ふう……それじゃ、オレはこの辺で」
「また良ければ、子どもたちと遊んであげてくださいな」
「はは……機会があればまた」
顔を覚えられてしまったし、またせがまれて断れなくなりそうだ。
そのときは、一位をとってやるとしよう。
そう心に誓って、オレはテルさんとフェイ、それに子どもたちに別れを告げるのだった。




