114.討伐目標・イレギュラー③
エスカーも十分な機動力があるので、素早く教官に作戦を伝えに行けたようだ。
教官はこちらへ目配せすると、早速その作戦に沿った動きを始めてくれる。
「……そういうわけで、ルカも頼んだ」
「オッケー、やることはあんまり変わんないね」
彼女は快く承諾すると、一つウインクをして走っていく。
大丈夫そうには見えるが、無理はしてないだろうな。
「私たちは位置についたら、魔法の準備にかかるよ」
イオナが言い、フェイとディオンさんも肯定の印に頷いた。
各々の役割のため、用意にとりかかる面々。
頼むから上手く事が運んでくれよと願うばかりだ。
メルシオネ教官とルカは、先ほどまでと同じくイレギュラーに意識を向けさせようと奴の近くを動き回る。
少し違うのは、敵の攻撃圏内まで踏み込んでもらっているというところ。危険ではあるが、そんな二人に意識が向くなら。
――今のところはいけそうだな。
さっきルカが張り手で吹き飛ばされたのは、咄嗟の行動だったからという面もあるだろう。
ただ、至近距離をうろちょろする相手に狙いを定めたなら、長い木を武器にするのはかえって邪魔になる。だから二人を気にしている間は少なくとも素手のままなのでは、と考えたのだ。
両脚を負傷していることもあるし、イレギュラー自身が間合いを取ることも難しい。
飛び回る虫を捕まえようとするように、腕を振り回すのに終始してくれればこちらの思惑通りだが。
「問題は――」
しっかりとヘイトを稼げたところで、二人はオレたちの方へ少しずつ寄ってくる。
この間、後衛のオレたちもじわりじわりと前進していた。
イレギュラーはルカと教官が距離を開け始めても、怒りが先行して腕を振るい続ける。
手のひらが握られたり開かれたりしているところから見て、確実に仕留めるため握り潰そうとしているのだろう。
捕まらないかはヒヤヒヤするが、そこは二人を信じるしかない。
「……今だ!」
二人が同時に動きを止め、イレギュラーの腕が届くギリギリに留まった。
執拗に二人を追っていたイレギュラーはここだとばかりに両腕を振り上げ、二人に掴みかかろうとする――。
「……集束せよ――アウレオール」
その瞬間、イオナとディオンさんが光魔法を発動させた。
拡大され、そして収縮する光の輪がイレギュラーの両腕を締め付ける。
『***ッ!?』
自らが攻撃に出ようとした瞬間の出来事に、少なからず混乱も与えられているようだ。
アウレオールが拘束具のように機能している上、その戸惑いもあってイレギュラーは行動出来なくなっていた。
両腕と両脚に大ダメージ。そろそろ奴も満身創痍に近いだろう。
ここで一気に勝負を付ける――!
「――クラッグス!」
フェイが土魔法を発動させる。
彼女はクラッグスを使うのが初めてだったようだが、イオナがやるのとほとんど遜色はないとオレは思う。
予定通りの場所に、岩の柱が突き出してくる。その場所はオレのすぐ前方。
斜めに伸びていく岩柱を足場として使い、オレは全力でイレギュラーに向かって駆けていく。
「おおお……ッ」
狙うは一点、確実に致命傷を与えられるであろう頭部。
なるべく高さと距離を縮めたいが、クラッグスによる足場では半分ほどが限界だ。
ここからは、オレの能力で足場を作る。まだまだ不安定でバランスが取れないので、スタートがこれでは駄目だった。
今のところは、残り数歩という最後の詰めだからこそ、ギリギリ出来る利用法だ。
『……***!』
イレギュラーも、突っ込んでくるオレのことを流石に脅威と判定する。
だが、腕も脚も動かすのが困難な今、取り得る攻撃方法はかなり限定されるはず。
ここで奴が選択するなら、それは。
「……だよな」
ばくりと口が開き、そこに集束していくどす黒い魔力。
一番やりやすいのはその攻撃だと、そうであってくれと願っていた。
オレは黒の盾を顕現させ、身を覆うようにしてイレギュラーめがけ飛び込む。
そこに、チャージを終えて全力での闇属性ビームが放たれる――。
「ぐう……ッ!」
強力な耐性を有しているとはいえ、その衝撃は凄まじい。
痛みはなくとも、盾を持つ手がブルブルと震えてしまうほどには強い衝撃を感じる。
突撃状態でなければ、後ろへ飛ばされていたかもしれない。
「けど、耐えられる……!」
盾で全てを受け切れば……光線を撃ち終えたイレギュラーはほら、無防備になっている。
勝負を決めるのは今この時だ。
盾から剣へ――黒霧は一瞬で切り替わり、手の中に収まる。
それをしっかりと握り、オレは夜の光景を思い出しながら意識を集中させた。
――何であれ、肝要なのはイメージでござる。
そう、何事も想像することから。
己の魔力が刃となり、全てを一息に斬り崩す――!
「――黒月!」
全力で振り抜いた剣先から、黒き斬撃が伸びていく。
それは明らかに昨夜よりしっかりとした形を保っており、しかも離れていくほどに大きさを増していた。
イレギュラーの元へと達する頃にはその頭部よりも巨大な斬撃波になっていて。
『……**……ッ』
イレギュラーの頭部に、黒の刃が衝突する。
そして激しい血飛沫とともに後方へと抜けていき……やがて生じるときと同じように、静かに消えていったのだった。
――これで、決定打だろ……!
会心の一撃を受けたイレギュラーの上半身が、ゆっくりと……傾いでいく。
大地に倒れていくその光景がまるでスローモーションのように見えていた、その刹那。
「ッがは……!?」
突然、体に謎の衝撃と凄まじい音が生じ、オレは痛みに声を漏らしながら真後ろへ吹き飛んだ。
何かがぶつかった――? 違う、これはイレギュラーの決死の抵抗だったのだ。
光線以外にも、イレギュラーが幾つかの魔法を発動出来ることは理解していた。
ただ、両腕を塞いでしまえばそれもやり辛くなるのではと考えた。それでも奴は、死の間際になって強引に撃ち込んできた……最後の最後でやってしまった油断だった……!
「油断大敵、だろ――氷槍」
遠くから、エスカーの声が聞こえた。
普段から油断ばかりしていそうな奴に言われるのは癪だが――まったく、返す言葉もない。
エスカーは掛けていた保険の役割をしっかりと全うしてくれる。
入念に準備した長い氷槍を、オレが付けた頭部への傷めがけて上空から突き刺す――。
『――…………ッ!!』
最期は断末魔の悲鳴すら上げることは出来なかった。
イレギュラーはこの一撃の下にようやく沈み……そして死したのだった。
「ダイン!」
イオナが悲痛そうな声を上げて駆け寄ってくる。他の皆もだ。
受け身も取れず地面に転がったオレは、全身の痛みに呻きながらも何とか無事だというのをジェスチャーで示した。
「すぐ治療します……!」
初級の魔法では癒しきれないと判断したようで、フェイは自らの能力を使ってくれる。
片翼の天使――名は体を表し、能力の発動とともにフェイの背中に一つだけ羽が生えていく。
魔力によって模られた白き翼。その羽がはらり、はらりと落ちゆく中で仄かな光がオレを包み、ゆっくりと体が元通りになっていった。
「ふう……ありがと、フェイ。何度見ても流石の能力だなあ」
「どういたしまして。……自分で言うのも何だけれど、ありがたい力ね」
右側にだけ伸びる天使のような羽。
それを愛おしそうに眺めながら、フェイは呟いた。
「無事みたいだね、良かった。ま、心配はしてないけど」
治療が終わったところでエスカーやルカたちも帰って来て、
「ボクはめっちゃ心配した! 最後まで油断しないでよ、ダイン!」
「はは……面目ないな」
「リーダーなんだから、責任感持ってほしいよねー」
「分かったってば、イオナ。以後気を付けます」
活躍は結構したと思うんだけどなあ。
……まあ、本当に心配してくれてるゆえの注意なのは分かるから、ちゃんと心に刻んでおかないと。
「ともあれ――」
地に倒れ伏したイレギュラーを前に、オレたちはやっと緊張感を解いて息を吐く。
「――これでイレギュラー、討伐完了……だな」
ワールドスクリプトに危機をもたらす歪んだ存在。
オレたち対策チームが処理しなければならない討伐目標、イレギュラー。
まさかそれが謎の集団によって人工的に生み出されていたというのは予想外だったが……とにかく、無事に討伐を果たせた。
バランチームの救出とイレギュラー討伐。二つの目的は現時点で一応、達したということになるわけだ。
「お疲れ様でした。……お見事でしたよ、皆さん」
メルシオネ教官も特にオレへの注意もなく、そうお褒めの言葉をくれる。
最後はそういう風に締めたい、という思いなのかもしれない。嬉しい心配りだ。
「大きな被害が出ましたし、まだこの世界に問題は山積でしょうが……とりあえず、我々のやらねばならないことは終えられた、と考えて良いでしょう」
「……はい」
崩壊したアンパッサの里。
今後ここに住んでいたエルフたちがどうアーテミーと接していくのか、悩ましい問題ではあるけれど。
そこはエイヴスという世界の問題だし、オレたちが深く突っ込んでいいことでもないだろう。
「後は帰還出来るまでの間、我々に出来ることだけをやりましょう。まずは救助活動から。それに里の復旧作業も手伝うとすれば、意外と休んでいる時間はありませんよ」
確かに、メルシオネ教官の言う通りそれだけでも忙しそうだ。
まだオレたちに出来ること、やるべきことは結構残っているな。
「……よし、あんな戦いの後で疲れてるかもしれないけど、やれるだけやろう。皆、一通り里を回るぞ」
「了解!」
オレの号令に、皆元気よく反応し駆け出していく。
それを目にしてディオンさんは、
「……お優しい方々ですね」
「そりゃこんな状況が目の前にあるんですし、終わったーって帰る方が心苦しいですから」
「……なるほど。ありがとうございます」
ニコリと笑み、オレにゆっくりと手を差し出す。
一瞬戸惑いはあったけれど、それが意味するところを理解してオレは彼と握手を交わした。
「救出活動、私もご一緒させてください」
「そうですね。ディオンさんの方が里のことに詳しいでしょうし、お願いします」
というわけで、オレはディオンさんとともに里を回ることになった。
少しでも助けられる命を助け、被害を減らす。そのために、まだ気は抜けないぞ。




