112.討伐目標・イレギュラー
対峙するイレギュラーの体躯は、三メートルに達しそうなほどの巨大さだ。
攻撃を仕掛けようとしているメルシオネ教官は、その腰あたりまでの身長。
あからさまにスケールの違う敵だ。倒せるのかという怯えにも似た疑問が浮かぶ。
……弱気になるなよ、自分。
「――三重刃!」
分裂する刃での一撃。しかし敵の外皮は分厚く、防御しているわけでもないのにほとんどダメージが通っていない。
これは駄目だと思ったか、メルシオネ教官はすぐさま身を退いた。
『***……!』
攻撃に反応して、イレギュラーは教官の方へ意識を向ける。
その大きさゆえ、奴の動き自体は鈍重であるものの、当然ながらリーチは長い。
腕を振り上げ、そのまま勢い良く下ろすだけで、しっかりと後退したはずの教官のスレスレまで掌が伸びてきた。
「見誤ると危険ですね……!」
一つ一つの攻撃が広範囲なので、余裕を持って動かないと避け切れない危険性が高い。
メルシオネ教官は、実際にそれを見せることでオレたちに注意を促す部分もあったのかもしれないな。
「接近戦は不利になりそうです。近づくにしても、ヒットアンドアウェイが基本でしょう」
「ボク、やり辛くない!?」
このメンツの中ではメルシオネ教官とルカが近接メインだ。エスカーは遠近どちらもそつなくこなせる感じだし。
教官は戦い慣れしているとして、ルカの方は攻めるのに二の足を踏むのも当然だ。
一撃でも喰らってしまったら、大怪我は必至だろうから。
「私とルカくんはなるべく安全圏から敵に意識を向けさせ、その間に後方で遠隔攻撃を仕掛ける作戦でいきます。死角に潜り込めそうなら、私たちも積極的に攻撃を」
「りょ、了解!」
二人のスタンスは敵のヘイトを集める囮か。確かに遠方から攻撃出来る者は多いし、あれだけの巨躯だと小さなダメージを蓄積させるより強力な魔法などで大ダメージを狙った方が良いだろう。
オレも防御面で支援しつつ、能力で上手く遠隔攻撃に参加出来ればいいが。
「――クイックゲイン」
身動きが取りやすいよう、フェイが前衛二人を魔法で補助する。
イレギュラーは周囲を走り回られるのが鬱陶しいと感じているようだが、スピードに付いて行けず攻撃しあぐねているようだ。
そんな風に視野が狭まっているなら目論見通り。イオナは落ち着いて魔法の詠唱に入れているし、その隣でディオンさんも詠唱を始めていた。
『*****!』
魔物が太い腕を豪快に振るって、教官とルカを横薙ぎに吹き飛ばそうとする。
二人ともそれを軽やかに跳躍して躱し、攻撃を当ててすぐに身を退く。ヒットアンドアウェイの実践だ。
小さくともダメージが通ることで、イレギュラーは更に二人を意識してくれる。
おかげで後方の安全性が担保されるのだった。
「――アウレオール!」
詠唱が完了し、イオナはランク三の光魔法を発動させる。
現れたる光の輪がイレギュラーを捕捉し、そして収縮した。
『……***ッ!!』
中級魔法ともなればそれなりのダメージが通ったと見える。
やはりイレギュラーは基礎的なステータスとして、闇属性を有しているようにも思えるし、光属性は良く効いてくれるはずだ。
防御の面ではオレの力と相性がいいのもある。オレとイオナの能力って、イレギュラー戦において結構優位な組み合わせじゃないだろうか。
「っと……!」
イレギュラーが反撃に出た。
前回の個体も使っていた闇属性の光線だ。
口元に魔力が集束していくのがハッキリ見て取れる。もうあと数秒後には光線が放たれてしまうはず。
狙いは――ルカの方向だ。しかも直線状にディオンさんもいるので、意図的ではないにせよ、同時に二人を襲う構図になっている。
ルカは簡単に避けてくれるだろうし、その後方で構えておくのが適切だろう。
――来る!
まさにそう思ったタイミングで、黒の光線は放出された。
個体の大きさが違えば光線の大きさもまた違うもので、ルカも存外ギリギリのところで回避していたが、とにかくセーフだ。
後はオレの仕事をするのみ。
「うおお……ッ!」
地を黒く染めるほどの強烈な光線を、黒き盾で受け止め……防ぎ切る。
その大きさに違わぬ威力があり、前回のように楽勝とまではいかなかったが、自身の闇耐性のおかげで何とかなったようだ。
……そして。
「……燃え盛れ――ブレイズ!」
ディオンさんが発動させたのは、ランク三の火属性魔法。
地を這うように、敵へ向かって蛇のような炎が伸びていく。
炎は進軍するほどに、まるで全てを呑み込まんとするかのように勢いを増し、イレギュラーに喰らいつく――。
『*****……!!』
炎はイレギュラーの胸元辺りまで絡みつき、その肉体を焼き尽くさんとする。
異様な外皮を有するイレギュラーとて、魔力の炎を以てすれば相応のダメージを与えられているようだった。
「凄いですね、ディオンさん!」
「これでも魔術師の端くれですから」
端くれどころか、十分ベテランの域に入っているだろう。
そりゃあ彼は長命のエルフだし、魔法を扱ってきた年数が違うよな。
「このまま高威力の魔法で圧しきれればいいですが……」
近くまで来たとき、メルシオネ教官の呟きが聞こえてくる。
今のところこちらが有利にも思えるが、相手はイレギュラー。その戦闘能力には未知の部分が多い……というか未知だらけだ。教官が慎重になるのも分かる。
「あっ!?」
そのとき、ルカの驚く声が聞こえた。
見ると、イレギュラーは誰もいない見当違いな方向へ腕を伸ばしていたのだが――。
「――って、まさか」
嫌な予感がして、オレはすぐさま後衛の立ち位置を確認する。
予想が正しければ、陣形が散らばっている方が危ない気がする……!
「集まってくれ!」
そう指示を出すとほぼ同時に、イレギュラーの腕が倒壊した建物の残骸を掴んだ。
やはり、それが狙いか。強力な魔法を二度も当てれば流石に、こちらを無視し続けるわけもないよな……!
「私も補助するわ……!」
イレギュラーの狙いは既に皆察してくれていたので、フェイも防御面の支援をしてくれる。
ミスティゲインでオレの盾の出力を底上げし、シェルゲインは全員に付与して物理的な防御能力を向上する。
万が一盾で攻撃を防ぎ切れないときでも、ある程度ダメージを和らげられるわけだ。
「何とか耐えましょう……!」
イレギュラーは予想に違わず、掴んだ建物の残骸を豪快にブン投げて来た。
しかも、片腕で投げ終わると更にもう一方の腕を伸ばして連続投擲をしようとしている。
大小様々な瓦礫が速度もバラバラでこちらに向かってくる光景――滅茶苦茶な攻撃だ。これだけの巨体を誇る敵との戦いだと、こんなことも覚悟しなくちゃならないわけか……!
「く……っ!」
魔力が底を尽きてしまわないかが不安になるが、出し惜しみもしていられない。
手に一枚盾を持つだけでは到底足りるはずもなく、オレは黒霧を可能な限り広範囲に引き伸ばし、ドーム状の防壁を形成した。
既に盾のようなしっかりとした形は放棄しているが、ちゃんと強度はある……と信じたい。
防壁に初撃が衝突する。自身の魔力で張っているバリアなので、感覚的に壊れてしまいそうかどうかは認識出来る。
どうやら、あまり大きなものさえ直撃しなければ凌ぎ切れそうではあるが。
「――あれはやべえかも……!」
一際大きな煉瓦の塊がこちらへ飛んでくるのが見えた。
あの大きさ、あの速さだと防壁が破られてしまいかねない……!
「――クラッグス!」
そのとき、イオナが土魔法を発動させて瓦礫にぶつけてくれた。
巨大な煉瓦はバラバラに砕けて威力が分散し、オレの防壁でも軽々耐えられるようになる。
「サンキュ、イオナ!」
「どういたしまして!」
これくらいは任せて、とばかりにニコリと笑うイオナ。
フェイといい彼女といい、的確なサポートをしてくれて本当に助かる。
「……よし!」
おかげさまで、オレたちは飛来してくる瓦礫の全てをやり過ごすことに成功した。
あの災害みたいな攻撃をノーダメージで切り抜けられたのは正直嬉しい。
「よく凌ぎましたね。……さあ、反撃に出ましょうか」
いつの間にやら教官が隣に立っていて、オレたちを激励してくれた。
……そうとも、猛攻を耐え切ったのだから、次はこちらのターンだ。
どれほどのデカブツだろうが、しっかり倒して務めを果たしてみせるさ。




