106.微かな痕跡
「……そうか。森へ向かうのを目撃されていたと」
オレの報告を聞き終えて、アンドルーさんは重苦しい溜め息を吐いた。
可能性は限りなく少なくとも、まだディオンさんの身が無事であると思いたかったのだろう。
その僅かな希望が潰えたのは、覚悟していたとはいえショックに違いない。
「昨日の打合せがあった後だ、ディオンが自らの意思で革新派に付いて行ったとは考えにくい。捕えられたか脅されたかは不明だが、連れ去られたとみていいだろう」
「……そうですね。まさか、このタイミングで仕掛けてくるとは予想外でした」
「私もだ。まるで昨日のことが筒抜けだったような感じだが……間諜がいるとも思えない」
疑いたくない、というのが正確な表現だろうけれど、オレも革新派のスパイがアンドルーさんの身近にいる気はしなかった。
「いずれにせよ、こうなった以上ディオンが提案した作戦はご破算だ。そして彼とそちらの……バラン君といったか、その子の救出が最優先になる」
「問題は、我々が革新派の拠点の場所を知らないということですね……」
メルシオネ教官の言葉に、アンドルーさんはこくりと頷いた。
「……恐らく、革新派の所在を突き止められるとすれば、我々よりもアンパッサの里の者だろう。原生林の土地勘も間違いなくあるし、何より仲間が勧誘を受け里を抜けているのなら、その向かった方角にも目星がつくのではないか」
「協力、仰げそうですかね?」
「彼らも革新派を疎ましく思っているのは違いない。力と知恵を貸してくれると信じたいところだが」
昨日、マレー族長と対談したときの感触からすると、ある程度協力してくれそうな感じはする。
この一件で力を合わせられれば親睦も深められそうだし、メリットは大きいと考えるんじゃないか。
「とにかく、ここに留まっていても仕方がない。急ぎ原生林へ赴いてもらえないだろうか。テル、お前も頼む」
「はい! 了解しました、アンドルーさん」
指示を受けたテルさんはビシッと敬礼する。
昨日と同じメンバーで、原生林の更に奥地を目指すことになるわけだ。
……と、思っていると。
「教官。拙者たちも同行してよろしいか?」
そう切り出したのはサラルだった。
「ええと、私も良ければお願いします。そもそもこのチームの問題ですし……私たちが動かないのは申し訳なくて」
「美味いもの食ってしっかり寝て、元気になったし!」
エレンちゃんとテッドくんもそんな風に続いて意思表明する。
エステルちゃんも肩を竦めたものの、別に否定の立場というわけではないらしい。やっぱそうなるよな、という表情だ。
「……ふむ。確かに体力は戻っていそうですが」
メルシオネ教官はアンドルーさんとテルさんの方へ向き直り、
「大所帯になっても構いませんかね?」
「もはや話し合いに向かう、という場面でもない。人数は多い方が有利だろう」
「ですね。ありがとうございます」
攻め込むことが前提なら、戦闘員は多いほど良いに決まっている。
オレたちも、サラルたちが来てくれたらかなり助かると喜んだ。
「俺を含めて十一人、これだけの人員なら革新派と戦っても制圧出来そうですね……いや、油断はしませんが!」
「ふふ、引き続き頼りにしていますよ、テルさん」
教官が言うのに、テルさんは分かりましたと声を張って答えた。
「では皆、準備が整い次第出発してくれ。救出が上手くいくことを、ここで祈らせてもらう」
「必ず良い報告を持ち帰りますよ」
まあ、そうならなきゃまずい。バランの命だって掛かっているのだし。
必ず助ける。気持ちを引き締めて、オレたちはアンドルー邸を発つのだった。
*
「まずはアンパッサの里へ向かうってことでええんかな?」
街の外れまできたところで、エステルちゃんが再度の確認をテルさんにする。
彼はそうですと頷いて、
「マレー族長に、拠点のありそうな方角を教えてもらいましょう。指針があるのとないのとではだいぶ違うでしょうから」
小さな異世界とは言え、ここの原生林は広大だ。闇雲に進むと目的地に辿り着くどころか迷ってしまう危険もあるだろう。
アタリをつけておけた方が良いのは間違いない。
……と。
「……あのさ、皆」
突然、ルカがそう言葉を切りだしオレたちを見回した。
「どうした?」
「ほら、ボクってあの限定スキルがあるじゃない? 試しに使ってみたんだけど」
ルカの限定スキルと言えば、マナの流れを読めるというシロモノだ。
その話を今してきたということは、つまり。
「森の中へ続いてる、薄っすらとしたマナの痕跡が見えるんだよ」
「本当? お手柄だわ、ルカちゃん」
フェイのお褒めの言葉に、ルカはえへへと照れ笑いを浮かべる。
それからすぐ表情を引き締めて、
「もうかなり時間が経ってて消えかけてるけど、急げば追っていけるんじゃないかなって思う」
「流石ですよ、ルカさん! それなら里に行かずとも、拠点を突き止められます」
「ふふ、限定スキルの良い活用法ですね」
テルさんやメルシオネ教官も続けてルカを褒める。
なので一度は持ち直したルカも、また表情が緩んでしまった。分かりやすいヤツだ。
ま、お手柄なのには違いない。
「……でも、魔術師さんといっても、常にマナが溢れてるなんてことないですよね?」
「それはもちろん。ですから、これはディオンさんが私たちに対して残したものなんでしょう」
敵にバレないような手掛かりを考え、ディオンさんはこれを残していったのだ。
多分、ルカのようにマナの流れを読める人間がいるかどうかなんてディオンさんは知らない。
それでも、いるという可能性に賭けて彼は痕跡を残したのだろう、きっと。
「彼が機転を利かせて残した手掛かり、無駄にしてはいけませんね。行きましょう」
「はい。案内は任せてくださいっ」
メルシオネ教官へ向けニコリと笑顔を見せ、ルカは先頭に立って歩いていく。
その姿を頼もしいというより愛らしい、なんて思いつつ、オレは皆と後を付いて行くのだった。




