105.波乱の二日目
「……起きて、ダイン」
名前を呼ばれながら、誰かに肩口を揺すられている。
……もしかして、寝坊でもしてしまったか? 朝はそんなに弱いはずじゃないのだけれど。
「ああ――今起きるから」
まぶたを擦りながら、ゆっくり上半身を起こす。
……そう言えば、ベッドが足りないからソファで寝たのだった。少し体が痛い。
「ふう。良かった、すぐ起きてくれて」
オレを起こしたのはイオナだった。寝ぼけまなこのまま何とか時計を確認したのだが、時刻は七時半。
まだ寝坊というには早すぎる時間だ。
「……どうしたんだ?」
周りを見ても、起きている奴はいない。いや、メルシオネ教官だけは七時に出発だったから、そもそもここにいなかったが。
「女子は全員起きてて、今から男子も全員起きてもらおうってとこなんだ。実はちょっと、想定外のことがあったみたいで」
「想定外?」
オレが首を傾げると、
「うん。ちょうど今しがた、メルシオネ教官が拠点に戻ってきて報告してくれたの」
イオナはそこで困ったように眉をひそめて、
「……ディオンさんがいなくなっちゃったんだって」
「え?」
あの顧問魔術師、ディオンさんがいなくなった?
今日の作戦を提案していた張本人なのに、一体どうしてまた……。
「アンドルーさんも困惑してるみたい。連絡も無しにいなくなることはこれまで一度も無かったし、よりによってこんなときにっていうのはね」
「だよな。連絡も無しに失踪か……」
その理由が良い意味であることはほぼ考えられない。
自らの意思でいなくなるのも後ろめたい感じがするし、連れ去られたとしたら相手は恐らく革新派。彼の命に危険が及んでいる可能性が高い。
「まずは街の中を探してるとこなんだけど、私たちにも手伝ってほしいって指示があったからこんな時間に起こしちゃったんだ」
「それは当然だ。むしろ教官が戻って来てたのに気付かなかったのは悪い」
「ううん。私もたまたま喉が渇いて起きちゃっただけだから。先に女の子を起こしてから、今ダインを起こした感じ」
「……そっか。とりあえず、残りの男どもを全員起こさなきゃってワケだな」
「そういうこと。後はお願いしちゃおうかな」
「任しといてくれ」
イオナは、オレが一番起こしやすくて後のメンツは少し気が引けたのか。
光栄と言えば光栄なことだが、意識すると少し恥ずかしいような。……まあ、後の仕事はちゃんと引き継ごう。
彼女が女子の部屋に引っ込んでから、オレはこちらの部屋の男子勢を起こす作業に入った。
エスカーとサラルは幸いすぐに起きたのだが、テッドくんが案外――というかやはり? 曲者で、夢から覚ますのに三人がかりで五分はかかった。
無垢な少年って感じだから、あんまりにも強引なのは可哀想だし……と考えると遠慮してしまう部分もあったかもしれない。良い爆睡っぷりだったしな。
「ふあぁ~……良く寝たあ」
頭をぶんぶん振った後なのだが、本人は気持ち良さそうに起床する。
何と言うか……大人物だ。
とにかく、全員が起きたのでオレから簡潔に事情を説明する。
ディオンさんの失踪という事実に皆一様に驚き、どうしてだろうかと首を傾げた。
「説明終わったところかな?」
ちょうどのタイミングで、イオナも他の女子を連れてこちらへやって来る。
「はあ、次々問題起きて嫌だけど、とりあえず捜索しないとね」
溜め息交じりのルカはまだまだ眠そうだ。多分そうだろうなとは思っていたが。
対してフェイにエレンちゃん、エステルちゃんはスッキリ目覚めている様子だ。
「行けそう?」
「顔だけ洗わせてくれ。そしたらすぐ行こう」
「オッケー」
というわけで、最低限の身支度をしてからオレたちは拠点を出発する。
波乱のエイヴス遠征二日目、幕開けだ。
*
捜索を手伝ってほしいとは指示されたものの、当然ながらオレたちは街の地理に明るくない。
二、三人で組を作って手分けすることにしたのだが、どこまで役に立てるのやら。
「すみません、ディオンさんを見かけたりしてませんか?」
それでもやらなければと、オレたちは住民に声をかける。
知らないと首を振られたり、既に他の捜索者にも聞かれたと返されたりするばかりであったが、根気よく調査を続けた。
「情報がないなあ……早朝とか、いっそ深夜にいなくなっちゃったのかな」
オレとペアになっていたイオナが、ううんと唸ってからそう呟く。
目撃者がまるでいないし、その可能性は高そうだよなあ。
「一度アンドルーさんのところに集まった方がいいかもね」
「だな。これ以上は埒が明かなさそうだ」
それで全員が全員、目撃情報無しと報告したら、いよいよ街の外へ繰り出すことになるだろう。
目的地は革新派の拠点と明白ではあるが、その場所自体が明白でないというのが辛いところか。
連れ去られたディオンさんが教官たちを案内する予定だったのだし。
「んじゃ、一旦あの家まで上るか……」
アンドルー邸まで伸びる幾つもの階段を見やりながら、オレは言う。
そして歩き始めようとしたのだが――どこからか視線を感じて立ち止まった。
「ん……?」
誰だろうと辺りを見回してみると、道の先に一人の少女がいるのを発見した。
見た目からして、オレたちよりも少し年下。まだ十一、二歳くらいの女の子だ。
チョコレート色をした短めの髪は、左肩の側だけ少し長いアシンメトリ。先の方が僅かにカールしている。
年齢相応に顔立ちも幼く、紅い瞳はどこかぼんやりとしているような印象を受けた。
「お兄さんたち、ディオンさん探してるんだよね」
「あ、ああ。そうだけど」
オレたちが捜索活動に励んでいたのをどこかで見ていたらしい。
肯定の言葉に、少女はニコリと笑顔を浮かべた。
「わたし、早起きなんだ。ディオンさん、誰かと一緒に森へ入っていったよ」
「それ、本当?」
「ん、ウソ言わない」
イオナが聞き返すのに、少女は胸を張る様にして答える。
……まさか最後の最後で目撃者に出会えるとは、ありがたい話だ。
「教えてくれてありがとう、助かるよ」
「うん。見つかるといいね」
少女がそんな言葉をかけてくれるのにまた感謝しつつ、オレたちは急ぎアンドルー邸へと向かう。
――しかし、いいところに話しかけてくれたな。
本当に偶然声をかけてきたのかと疑問も浮かんだが、流石に相手は子どもだ。
余計なことは考えず、目の前の問題に集中しなければ。




