103.明日のために研ぐ刃
アンドル―邸に戻ったオレたちは、それからしばらく自由に過ごした。
女性陣は夕食の手伝いを率先して引き受け、男性陣はその間に風呂を借りることにして、一人ずつ済ませていった。
昼と同じく文句の付けようがない料理の数々をいただき、お腹を満たす。
そんな幸せな時間の後、今度は女性陣が風呂で汗と疲れを流す番になるのだった。
男は先に解散、ということになったので、オレはぶらぶらと寄り道をしつつ拠点へ向かっていた。
この世界で見る夜空もロウディシアと変わりなく――いや、むしろこちらの方が鮮明かもしれないくらいだ。
夜風は快く、辺りの家から料理の匂いを運んでくる。
自然が生き、そして人も息衝いている……そんなことを感じさせる夜だった。
「――ん?」
ふと、目の前の道を歩いている人影を見つけた。
あれは……サラルのようだ。
声を掛けようかと思ったのだが、彼は何故か脇道へと逸れていく。
あっちの方向には浜辺があるな……あいつも静かな場所が好きなのかもしれない。
夜の浜辺。オレも一度は行ってみたいと思っていたし、ちょうどいいやと少し離れて後に続いた。
付近に灯りは無かったが、空には綺麗な満月が上っていてそれなりに明るい。
特に海は月の煌めきを反射して、とても美しい情景を演出していた。
「……ふう」
サラルは波打ち際で足を止め、呼吸を整える。
それからおもむろにブースターを取り出すと、イマジネートで刀へと変化させた。
「……はっ!」
両手で確りと刀を握り、真剣な面持ちで振るう。
その動作は一分の隙も無い見事なもので、思わず息を呑んでしまうほどだった。
「……どちら様かな?」
その呼びかけにギクリとする。
別に盗み見しようとしていたわけではないのだが……状況的には言い訳出来ないな、こりゃ。
「ごめんサラル、オレだよ」
「ああ……ダイン殿でござったか」
細く息を吐き、サラルは刃先をゆっくり下げていく。
そして腰のあたりにある鞘へと刃を納めた。……その鞘もイマジネートによって顕現しているものらしい。
「拠点へ戻る途中、サラルがこっちへ歩いていくのを見つけてさ。……自主練か?」
「まあ、そのようなものだ。夜はなるべく欠かさず刀を振るうようにしていてな」
「欠かさず……熱心だなあ」
これがエスカーなら皮肉に聞こえるだろうが、オレは純粋に凄いと思っていた。
自分は毎晩同じ努力を続けられるだろうか? 正直なところ、あまり自信はない。
「やっぱ、強くなってイマジネーターとして活躍したいのか?」
「うむ……そうであれば良いのだが、拙者の場合は少し後ろ向きでなあ」
「って言うと」
「目指す壁が高いのだ。ゆえに、せめて今以上離されないようにと常々思っている」
……なるほど、その言葉だけで十分理解出来た。
やはりサラルは、兄であるセアルさんのことを常に意識せざるを得ないのだ。
ただでさえ、イマジネーター稼業は強く、要領のいい人間が上り詰めて行く世界。
誰かと比べられるのが当たり前の環境で、彼には更に、否応なしに比べられる存在がいることになる。
それも、遥か高みの存在が。
「入学式のときにも話していたが、兄は既にコンストラクターへの道も決まっている。ギルドマスターのブラムス=カナン氏も兄の実力を非常に評価していてな。十年に一度かそれ以上の逸材だと語っていたとか」
「そこまで持ち上げられてるのか……弟としては誇らしい反面、焦っちまうだろうな」
「兄の優秀さが際立つほどに、では弟はどうなのかという目で見られてしまうのは必定。気を引き締め、プレッシャーをむしろ糧にして強くなってみせよう……とは思うのだが」
ふと、サラルの手に視線が向かう。
刀の柄に触れる彼の手が、微かに震えているのが分かった。
「上手くいかぬよ。たった三年の違いではあれども……兄は、遠い」
夜空に浮かぶ満月を見つめながら、彼は呟く。
あの月ほどに、遠い場所に兄がいるのだとでも言う風に。
「……ヤなこと聞くかもしれないけどさ、サラルはどうしてイマジネーターになろうとしたんだ?」
比べられることが嫌なら、別の道を選ぶことも一応出来ただろう。
夢だったんだ、と言われてしまえばそれまでだが。
「我らの故郷、イザヤ村は知っての通りほんの小さな村でな。エルフ族のように閉鎖的な場所ではないのだが、自分たちの村は自分たちで守る、という強い誇りがあるのだ。村には必ず『護り手』と呼ばれる強き戦士を置き、外敵を退けながら存続してきた。つまるところ、イザヤ村では強きこと、護る力があることが何より立派とされてきたのでござる」
「護り手か……それは初めて聞いた。昔から強い戦士は村の誉れだったんだな」
「そういう風習ゆえ、イザヤの男児はコンストラクターかイマジネーター、どちらかになることを親から望まれる。拙者や兄以外にも、かつて在籍していた村出身の人間は多いでござるよ。護り手として選ばれるのはその中の一握りではあれど、選ばれなかったとしてもその戦闘技術で十分に食っていけるのでな、戦士への道を拒む者はそれほどいない」
イザヤ村では、皆当たり前のように戦う道を選び取る、ということか。
そんな歴史があるなら、最初に戦わない道を選択するだけでも周りから冷たい目で見られてしまいそうだ。
などと思っていると、
「実際、戦うのが怖いと農耕などを選んだ者はあまり豊かな生活が出来ておらんようだ。特に交易の栄えた現代は、食糧に困ることも少なくなってきているのでな。拙者からすれば、冷遇するのはどうかと思うが」
「まあ、小さい村だと難しい問題だろうなあ」
小さなコミュニティでは、一人一人に役割が求められる。
都会のような自由を味わうことは困難だろう。
融和派のエルフのように、村から離れたりでもしなければ。
「……拙者も、兄が護り手となるならあえて自分まで戦う必要はないのではと思っているのだが……家の事情からそういう訳にもいかなくてな」
「家の事情?」
「うむ」
サラルは重々しく頷き、
「……村の名にもなっているイザヤというのは、その始祖である戦士の名から取られている。その男は、イザヤ=ムツキといった」
「ムツキ……って」
「さよう、拙者と兄はイザヤ=ムツキの直系の子孫なのだ」
村の開祖である戦士の子孫。
ムツキ家であることは、その流れを受け継ぐこと……ということなのか。
それは確かに家の事情と表現出来なくはないが、それにしても重すぎる話だ。
村中の期待がムツキ兄弟に向けられているようなものなのだろうから。
「兄弟で護り手になることを、村の皆は期待している。そして兄はその道を順調に進んでいるが、拙者は……まだ進み始めたばかりではあれど、不安でいっぱいなのだ」
「サラル……」
「だから、こうして刃を研いでいる。毎夜欠かさずな。……存外、小心者だと思ったことだろう」
照れくさそうな顔をして、サラルは零す。
「あまり言い訳のように事情を明かすつもりでもなかったが……この夜のせいか、少しばかり感傷的になってしまったな」
「はは、こういう月の綺麗な夜は好きだけどな」
「うむ、拙者もだ」
サラルはそう言って困り顔で微笑んだ。




