102.赫の祭壇、蒼の遺跡
対談という名の作戦会議が終わり、オレたちは一度アンドルー邸を辞去した。
夜にはまた食事をいただきに上がるわけだが、それまでの空き時間に少し手を貸してほしいと頼まれたのだ。
そこで、オレたちのチームとメルシオネ教官でテルさんを手伝うことにした。
エレンちゃんたち四人もやる気はあったが、疲れているのは明白なので教官が休むようにと指示、それで大人しく引き下がっていた。
「まあ、手伝いと言っても簡単な作業です。皆さん、特にメルシオネさんがお疲れになってはいけませんし」
そんなわけで、オレたちが頼まれたのは三日後に催される祭の準備だった。
豊饒祈願を願う祭――アーテミー創立当時から行われている歴史ある行事とのことで、街中を歩いているとその話題がよく耳に入ってくる。
誰もかれもが、年に一度の祝祭を楽しみにしている様子だ。
「街の北端、一番高いところに『赫の祭壇』というのがあるんですが、祭の最後はそこに供物を捧げて、豊饒の神様にお祈りするんです。来年も実り多き一年になりますようにと」
「それが二百年以上も続けられてきたんですね」
「はい。まあ、俺はたかだか二十年ちょっと生きてるだけですけど、この伝統ある祭を取り仕切る立場として、責任と誇りを持ってやってるんです」
テルさんは胸を張りながらオレたちにそう語る。
伝統行事を任されることへの責任と誇り、か。若くしてそんな大役を果たせるのは確かに凄いと思う。
毎年それをこなしているのだから、応えられるだけの能力をテルさんは持っているわけだし。
「……着きました、ここですね」
到着した場所こそが、今の話に出てきた赫の祭壇だ。
赫という名称ではあるものの、特に外壁が赤いわけでも明るい色をしているわけでもない。
ただ、石材を積み重ねて造られたその祭壇は比較的新しいように見えた。
「二百年以上前からある祭壇って感じはしませんけど……」
フェイが率直な感想を述べると、
「実はこの祭壇、五十年ほど前に建造されたものなんですよ。昔は蒼の祭壇というのが別にあったんですが、老朽化していたのと立地が良くなかったのとで、じゃあ祭壇を新設しようってなったそうです」
「へえ……昔が蒼だったからこっちは赫にしたとかかな? 洒落てるのは思うけど」
「どうなんでしょう? 俺も名前については何とも。でも、蒼の祭壇――今は遺跡と呼んでいますが、あちらは外壁が少し青みがかっていたみたいですね」
エスカーの疑問に、テルさんはそう返答した。
蒼の遺跡に、赫の祭壇。歴史の移り変わりを表す二つの場所が、対立する色をその名に付けられているのは面白い。
「構造自体は蒼の遺跡から変わりなく、石材で造られたこの建物内に大きな台があって、そこへ供物を置くことで神様に捧げることになります」
「供物というと、やっぱり家畜とか?」
「俺が知っている限りでは、主に討伐した魔物を捧げていますね。それも特に大きくて、農作物に被害を及ぼした魔物を対象にすることが多いです」
肉を食べられる魔物もそれなりにいるし、害を為す魔物をこの手で倒しましたよと神様に伝える意味合いも込められているのだとか。
神様がどうこうは別として、害獣を駆除することが翌年の豊饒に繋がってくるのは当然の理屈ではある。
「他に畑で採れた作物なんかも捧げますけどね。……さて、じゃあ皆さんにはここのお掃除をお願いしようかと」
「掃除、ですか」
イオナが周囲をキョロキョロ見回しながら復唱する。
オレも周りを見てみたが、そこまで汚れているとは思えないな。
「神様にお祈りを捧げる大事な場所ですから、ちゃんと綺麗にしておかないといけないんです。あそこの用具入れの中にホウキとか入ってますから……ほら、頑張りましょう!」
まあ、それくらいならまだ楽な仕事だ。
荷物運びとか、もっと重労働を任せられるかと予想していたが、疲れさせたくないという言葉に偽りはないらしい。
エスカーは面倒臭そうな顔を隠そうともしないが……あいつにもしっかり働いてもらうとして、期待されている通り皆で祭壇を綺麗にしてやろう。
「よし……やるか!」
オレの号令に皆が頷き、祭壇の大掃除作戦は開始されるのだった。
*
それから真面目に清掃活動をすること約一時間。
最初に見たときも綺麗だと思っていた祭壇は、更にもう一段美しくなっていた。
これだけ頑張ったなら、街の人も喜んでくれるだろう。
神様だって満足げに頷いてくれるに違いない、なんてことも思ったり。
「いやあ、完璧な仕上がりです! 皆さん、ありがとうございました」
「こちらこそ、お役に立てて良かったです」
テルが感謝を述べるのに、イオナはニコリと笑ってそう返す。
「これで後は、当日に飾り付けをすればいいだけになりました。……あ、でもアレがまだだったな」
「アレ?」
気になったのでオレはつい聞いてしまったが、
「はは……実を言うと、最近は手に負えない魔物というのもそんなに出ないんで、供物の用意がまだなんですよ。エルフ族との問題もありますし、時間も割けなくて」
「祭は三日後だったよね? 今の問題が解決したら、そのお手伝いするのもアリじゃない?」
困っているテルさんを見て、ルカはそんな提案をする。
軽はずみに約束は出来ないものの、オレも手を貸すくらいはいいんじゃないかとは思っていた。
せっかくここまで関わったのだ。問題が解決した後も、この世界の重要行事である祭くらいは上手くいくのを見届けたい。
「フフ、いいんじゃないですかね。例えば先に魔物退治を済ませても、後から依頼という形で書類と報酬をお渡ししてくれれば問題ないですし」
「本当ですか! 皆さんに手伝っていただけるなら百人力ですよ。お言葉に甘えて、困ったときはそのかたちで依頼をさせてもらおうかな」
「ええ。依頼としてお受けする以上、きっちりやらせていただきます」
流石はメルシオネ教官。何の気なしの提案を、正式なお仕事に変えてしまう。
こんな風に交渉が出来たら、イマジネーターとしてしっかり稼いでいけるんだろうな、きっと。
先に話を取り付けて、後から依頼として投げてくれ、か。
このやり方、とりあえず覚えておこう。
「……さ、それじゃあ帰りましょうか。陽も沈み始める頃ですし」
テルさんの言う通り、空は茜色に染まり始めていた。
色々なことが起きた一日だったが、だからこそ時間の経過を早く感じる。
「食事もそうですけど、良ければお風呂も使っていってくださいね。自慢じゃないですが、あの邸宅のバスルームは広々として快適ですよ」
「あ、それは嬉しいな! ありがとうございます、テルさん」
イオナが声を弾ませる。まあ、拠点の設備は最低限って感じがするものな。
いいところの設備を利用出来るなら、その方が嬉しいのは違いない。
「……ん……?」
では帰ろうかと踵を返したところで、ふいにオレは何かを感じた。
ただ、それを言葉で表そうとしても上手くいかない。
あえて言うなら、ざわめき――というか。
「どうしたの、ダイン?」
オレの微妙な変化に目聡く気付いて、ルカが首を傾げながら訊ねてくる。
「いや、ちょっと疲れただけだと思う」
ふうん、と呟き、ルカはそれ以上詮索してこなかった。
実際、疲れているだけかもしれないし……変な説明で混乱させるのも悪い。
――胸騒ぎ? だとしても、どうして。
……自問自答してみても、答えが出るわけもなく。
悩んでいる間に他の皆はさっさと歩いていってしまう。
――気のせいってことにするか。
そう、多分気のせいだ。
オレは自分に言い聞かせて、皆の後を追う。
アンドルー邸に帰り着く頃にはもう、微かなざわめきは微塵も感じられなくなっているのだった。




