100.対談の場
「……なるほど。里に向かう前よりもむしろ、問題は増えてしまったようだね」
オレたちの報告を最後まで聞き終えたアンドルーさんは、眉間に皺を刻んだままそうコメントした。
仲間も全員連れ戻せず、最後の一人は想定以上に悪い状況へ陥っている可能性があり、その上自分たちも自国へ帰還することが出来なくなった……まとめてみると、マジでいい報告じゃないな。
「状況は了解した。衣食住のサポートはいつでも可能な限りさせてもらおうと思っているが、食事だけで十分かな?」
「もちろん、大変ありがたいです。申し訳ありませんが、よろしくお願いしたい」
「なに、このくらいは友好国として当然だ」
それにしても、とアンドルーさんは続ける。
「そちらの技術は非常に高度なものだというのに、妨害か。不思議な話だね」
「……現状については、我々も困惑しています」
「修復の力添えも出来ればとは思うのだが、こちらにはどうしようもなさそうだ」
エルフたちのような自然に寄り添う暮らしとは流石に異なるが、アーテミーの街も科学技術が発展しているとは言い難い。
技術面で手伝えることがないのは致し方ないことだ。
ふと、転移門のことをエイヴス側はどう認識しているのか気になったが、メルシオネ教官曰く、空間を瞬時に移動する装置で遠くの国からやって来ている、と理解しているようだった。
「復旧の見通しも立たず、かな?」
「そうですね……孤立した我々も復旧作業は出来ませんから。本国の対応待ちということになります」
「ふむ。早くとも数日かかると認識しておこう。それで、今後はどう動かれるつもりだろうか」
「残る一人の救出を目指して、クレイス原生林の奥地へ向かうしかないと考えています。革新派、という存在は意外でしたが」
革新派という言葉に、アンドルーさんは渋い顔をする。
「私も驚いているよ。古典派より強い思想を持つエルフの一派がいたこと、それにディオンがその一派から逃げてきたこと……彼は一度もそのような話をしていなかったからね」
「あくまで古典派のエルフ、という説明だったわけですか」
「ううむ、上手くはぐらかされていた感じは……するが」
嘘を吐くのも忍びないが、より過激な一派を出自に持つと知られると信頼を損ないかねない……苦慮した結果、ディオンさんは曖昧な説明に終始したのかもしれない。
しかしまあ、今日までよく隠し通せたものだ。
「革新派のことは一度、私からディオンに聞いてみることにしよう。何か貴方がたの役に立つ情報が得られるかもしれない」
「そうしていただけるとありがたいです。無策に飛び込むのはなるべく避けたいですから」
元々革新派に所属していたディオンさんから情報を聞き出せるとしたら、有益なものである可能性は高いだろう。
「アンパッサと何とか信頼関係を築きたいこちらとしても、革新派などというのは頭の痛い話だが、ディオンと話し合って糸口を見つけていくしかないだろうな。……まあ、悩ましい話は一旦ここまでとしよう。時間も時間だ、食事にしようじゃないか」
言われて気付いたが、応接室の柱時計を見やると午後二時近くになっている。
アンパッサの里へ向かうだけでも片道四十分以上かかっていたし、こんな時間になるのも当然か。
早速、食事を御馳走してもらうことになってしまうな。
これにて報告は終わり、オレたちはテルさんに案内されて食堂へと向かった。
てっきりアンドルーさんも一緒かと思っていたのだが、彼は残務処理があるのと、そのついでにディオンさんと会って早いうちに話をしておきたいとのことだった。
情報がもたらされるのはこちらとしても早い方がいいし、急いでくれるのはありがたい。
「食堂はこちらです」
テルさんはそう前置きして扉を開く。
アンドルー邸の食堂は、上流階級の家によくあるような長く伸びた形になっていて、その形に添うような長テーブルがど真ん中に配置されている。
恐らく、客人とそのまま食事をとることは間々あるのだろう。いずれはマレー族長も、ここに招かれるのかもしれない。
「……おや」
オレたちが席に着こうとしたところで、反対側の扉が開いて誰かが入ってきた。
老齢の男性――この人はもしかして。
「おお、君たちがロウディシアからの客人じゃな。儂はドーンズ=クラウス、アンドルーの父じゃ」
「はじめまして、ドーンズさん。ご挨拶が遅れて申し訳ない……メルシオネ=ゴードンと申します」
教官は急な対面にも落ち着いて対応する。
オレたちもそれに倣って簡単に自己紹介をした。
「街のことはすっかりアンドルーに任せて隠居しておるのでな、ただの老人と思ってくれれば良い」
「いえいえそんな。……失礼ですが、ご年齢は?」
「ふっふ……今年でちょうど九十歳になるかの」
ドーンズさんの見た目はまだ六十歳くらいなので、これにはまた驚かされた。
この人もエルフの血が流れているわけだ。ここではいい加減、年齢と見た目の相違には慣れるべきかな。
「儂はハーフでのう。女房は人間だったもんで、アンドルーはクォーターというわけじゃ」
「アンドルーさんも若々しいお姿でしたが、やはり相応にお歳を重ねてらっしゃるんですね」
「うむ。しっかり者の息子じゃよ」
ドーンズさんは朗らかに笑った。
そこで使用人が料理を運んでくる。はてさて異世界の料理はどんなものだろうと身構えていたが、ロウディシアと変わりのない美味しそうな品々が並んだ。採れたて野菜のサラダやスープ、ふわふわのスクランブルエッグ、近海で獲れた魚のムニエル。どれも見た目に違わず満足の味だった。
「わあ……こんな豪華なもの、どうしよう……」
皆が目を輝かせる中、エレンちゃんだけは若干変な反応を示す。
注意深く聞くと、禁欲がどうとか呟いているようだ。……教会ってそんな教えでもあるのかな。イオナからは聞いたことがないのだが。
しばらく困り顔を見せた後、最終的に彼女は、出されたものだから食べないと罰当たり! と自分を納得させ、恍惚とした表情で食事に手を付け始めるのだった。
「……ま、しっかり者とは言ったが、あやつはまだディオンへの信頼が足りんでのう。彼の予言を自分なりに裏付けしようと試みたり、慎重に動いとる。それも悪くはないじゃろうが、結果的に動くのが遅くなることも多い」
「ディオンさんの予言は実際、相当確度の高いものなんですね?」
「予言と表現してはおるが、魔術師としての技量も高い彼のこと、マナの流れなどを読んだ上で過去の事例と重ね合わせ、こうなる可能性が高いと導き出しておるそうじゃ。予測、と言う方が正しいのかもしれんな」
アンドルーさんも、予言は経験則から出されているものかもしれないとは口にしていた。
対外的に神秘的なイメージは持たせつつも、その中身はちゃんと理屈に基づいたものなのだ。
……だからこそ、やはり『北西に暗き影、争いの芽となり得るもの』という予言は異質に思える。
ディオンさんはどこかで革新派の動きを知ったのではないか――。
「ふう、美味しかったです!」
料理をすっかり平らげて、ルカが感謝を口にする。
ドーンズさんもテルさんも、それに扉の近くで待機している使用人も、彼女の言葉にニコリと笑みを浮かべた。
「こんな豪華な食事をしばらく御馳走になれるの、嬉しいですけどやっぱり申し訳なくもありますね……」
「なに、ロウディシアの方々にはいつも世話になっておるんじゃ。これくらいは気にする必要もない」
エレンちゃんが表情を曇らせるのに、ドーンズさんはそう返してまた笑う。
新入生のオレたちは知る由もないが、四十年以上の交流実績があるのだ。先人たちにも感謝し、この絆に甘えさせてもらおう。
「ふっふ……次はそちらさんのお国の話でも聞かせてもらうとするかの。ではまた」
「はい、またお食事の席で」
ドーンズさんは先に食堂から立ち去る。それを合図にと使用人が食器類をテキパキと片付けていく。
その仕事の早さに感心しているところで、
「ちょうど食事を終えたところだね。タイミングが良かった」
と、扉が開かれアンドルーさんが入ってきた。
「ええ、今しがた。タイミングが良いと言うのは?」
「ついさっきディオンと話す時間がとれてね。簡単に事情を伝えると、彼の方から話し合いがしたいと提案されたんだ」
「話し合い、ですか」
「そうだ。もちろん、君たちを含めて」
革新派がバランを人質にとっているかもしれない以上、オレたちも関係者には違いない。
間接的に伝えるよりは、全員揃って情報共有した方がいいと判断してくれたようだ。
「急ですまないが、もうすぐディオンが戻ってくる。話し合いの場に同席してくれると助かる」
「もちろんです。こちらも直接聞けた方がいいですからね」
メルシオネ教官はそう言って頷き、オレたちの方を一瞥する。
オレも特に異論はないし、他の皆も同意見だ。
今のところ鍵を握っているのはディオンさんなのだから、会って話をするべきだろう。
「では、しばらくここで待機していてほしい。準備が出来次第、執務室に入ってもらうよ」
「了解しました。お願いします」
というわけで、オレたちはディオンさんが帰ってくるまで待機の運びとなった。
アーテミーの顧問魔術師ディオン=マナリーさん。彼からどんな話を聞けるのか……そしてそれがバラン救出の一助になるのか。
対談に収穫があることを、今はただ祈るしかなかった。




