99.続発する問題
アンパッサの里での用件がひとまず終わったオレたちは、救出した四人とともに里を辞去した。
革新派の存在を教えてくれたマレー族長も、顧問魔術師ディオンさんが出した予言については知らなかったので、警戒を強めることにしようとテルさんに感謝を述べていた。
「しかし、古典派よりも厄介な派閥が出てくるとは……」
テルさんは重苦しい溜め息を吐く。
オレたちにとっても面倒な話だが、アーテミーの為政者にとっては国の今後に関わる重大事だ。頭を抱えるのも当然だろう。
「……これから皆さん、どうされます?」
里を出てすぐの道すがら、テルさんが訊ねてきた。
これからのこと、か。とにかく残る一人、バランの救出は最優先に違いない。
後は、イレギュラーの対策チームとしてエイヴスに起きている何らかの危機も調べなければならないのだが。
……ヒトを嫌い、争いを画策していると思わしき革新派。
一見イレギュラー問題とは関係がなさそうだが、このエイヴスで一番問題らしい問題なんだよなあ……。
「そうですね。まずは救出した四名をロウディシアへ帰還させ、それから残る一名の捜索を再開しようかと」
「えっ? 俺たち帰らないといけないのか?」
教官の説明に、テッドくんは驚いた様子で聞き返す。
「当然です。致し方なかったとはいえ、貴方たちは救出対象だったのですから。無事に帰ってもらわなければ、救助に来た我々の面目が潰れてしまいます」
「そ、それもそうだなあ……」
「それに、自分では元気だと思っていても確実に疲労は蓄積していますよ。ほとんど丸一日、あんな地下牢で捕らえられていたのですし」
静かな物言いながら、メルシオネ教官の言葉には反論の余地もない。
テッドくんもこれ以上、エイヴスに残りたいと食い下がることは出来なかった。
「ウチらはもう早く帰りたい! って感じやしなあ」
「そうだねえ……捕まっちゃった身で言うのも申し訳ないですけど、疲れちゃった」
トイレも汚かったし、なんてエステルちゃんがブツブツ呟いていたが、女性のそういうのはあまり耳に入れないようにしよう。
エレンちゃんもそこは言わないでおこうよと恥ずかしそうにしているし。
「バランくんのことはもちろん心配ですが、順序を大事にしましょう。行きますよ」
「はーい!」
テッドくんが元気よく返事をして、他のメンバーもそれぞれの声量で反応を返す。
こうしてオレたちは、原生林を後にして拠点へ帰還することになった――のだが。
*
「これは……どういうことでしょう……」
メルシオネ教官の表情がここまで曇るのを、オレたちは初めて見たかもしれない。
……クレイス原生林を出て、アーテミーの拠点へと戻ってきたオレたち。
室内にある転移門で。サラルたちが無事ロウディシアへ帰っていくのを見送ろうとしたその時、異常に気付いた。
コネクタを転移門へかざしても、門がうんともすんとも言わないのだ。
オレたちや教官が試したのだが、結果は変わらなかった。
「もしかして私たち……ロウディシアに帰れなくなってる?」
「そ、そんなコトあり得るの?」
エレンちゃんが不安げに言うのに、ルカも不安が伝播したように声を震わせる。
「私も、このような事態は初めてです。ベテランイマジネーターの中には、凶悪な魔物にゲートを壊された経験のある方もいましたが……機能しないというのは」
物理的に破壊されたわけでもないのに転移門が使えないというのはかなり異常な事態のようだ。
もしやと嫌な予感がしてロウディシアとの通信も再度試してみたものの、そちらも全く機能しなくなっていた。
転移も通信も機能しない状況……オレたちは今、ロウディシアと完全に断絶されてしまっている。
これがただの故障というなら原因はこちら側――つまりアトモス学園側にあるが、通信が阻害されている現状、この転移門の異常にも作為的なものを感じずにはいられない。
だが、通信や転移を阻害するなんてどんな技術、或いは力を有していれば可能なんだ……?
「教官、我々はどうすればよいのだろうか……」
困惑した面持ちで、サラルは教官に投げかける。
ただ、教官も今の状況があまりに想定外なので、判断がつきかねているようだ。
「……帰還出来ない以上、全員エイヴスに留まるしかありません。何とかロウディシア側に現状を伝えたいところですが、連絡も取れませんしこちらから打つ手はなさそうですね……。元々エイヴスに危機ありということで私たちが派遣されてきていますし、学園の方でも色々と調べてはくれているでしょう。転移門の不具合はあちらが何とかしてくれると信じて、私たちは当初の目的通りに動くべきですかね」
技術的な問題は、オレたちが復旧出来るわけもない。
メルシオネ教官の言うように、結局やるべきことは変わらないだろう。
退くことが出来なくなった……という点は別として。
「あちらで転移の異常が判明したとして、復旧には時間を要するでしょう。何日かはエイヴスで滞在することを想定しておかなくては。寝泊まりはここで出来ますが、食事は現地調達しなければなりませんね」
「何軒か店はチラ見しましたけど、やっぱ通貨が違うみたいだし簡単にはいかなそうですねえ。ここは頼れるものを頼ってもいいんじゃ?」
「ええ。無理強いするつもりはありませんが、事情の説明と合わせて一度お願いしてみましょうか」
エスカーの案にメルシオネ教官は同意する。
バランの救出やイレギュラーへの対応と、重要な任務がある中なので、食事面でサポートがあればそれは大変ありがたい。
拠点前でテルさんを待たせていたし、方針が決まったオレたちは急ぎ拠点を出た。
人数が変わっていないオレたちに驚いたテルさんは、転移するための装置が異常をきたしていることにも驚き、それならしばらくは滞在しなければいけませんねと察しの良い返事をしてくれた。
「アンドルーさんならそれくらいの支援は快く引き受けてくれますよ。早く装置が直るといいですけどね……」
「ご迷惑をおかけします」
「いえいえ。とにかく、アンドルーさんのところへ報告に行きましょう!」
テルさんに促され、オレたちはアンドルー邸へと続く坂を、石段を上っていく。
その一歩ごとに、不安が募っていくような嫌な気持ちに苛まれながら。




