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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
第一の巡礼 悠久原生世界_エイヴス
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98.新たな問題

「行方不明のバラン、か……」


 オレが溜め息交じりに言うと、何人かがやれやれとばかりに首を振る。

 場所は再びマレー族長宅。地下牢から戻ってきたオレたちは、状況整理のためもう一度ここで話をすることにしたのだった。

 族長は、昨日里へ近づいた人間がもう一人いなかったかを門番へ確認しに行ってくれている。

 ただ、彼らがバランを見たにせよそうでないにせよ、今この場にいないことには変わりないのだが。


「……しかし、特殊な魔物が絡んだ事件を専門に調査するチームというのは凄いでござるな」

「新入生の中から選ばれたんだよね? 確かに、それならダインくんたちなのは納得だなあ」


 待機している間に、オレたちがここへ来ることになった理由は簡潔に伝えていた。

 バランがいないゆえに話がスムーズに進んだのは、皮肉な話と言うか何と言うか。


「ってことは、この世界って危ないのか?」


 テッドくんはあっけらかんとそんなことを聞いてくる。

 族長がいないからまだいいものの、エイヴスの住民には聞かせたくない話だ。


「オレたちも説明されたのは昨日のことだから、詳しいわけじゃないけど。ジャンヌさんやコーネリア校長が言うにはそうらしい」

「原因まではすぐ特定出来ないから、対策チームが調べるということなの」


 オレの後に、フェイが付け足してくれる。


「ウチら、そんなトコに来てもうたんかあ……」

「ま、捕まったのは明らかに行方知れずさんのせいだけどね?」


 エステルちゃんの言葉に、エスカーはそう皮肉を返した。


「……待たせたな」


 ガチャリと玄関扉が開かれ、マレー族長が戻ってくる。

 彼は疲れた様子で椅子に腰を下ろし、


「門番に聞いてみたが、一人だけ後姿のようなものを見たという者がいた。かなり遠かったゆえ、見間違えの可能性もあると追わなかったそうだ」

「……そうですか。恐らく、見間違いではないでしょう」


 メルシオネ教官は、わざわざ確認をとってくれた村長へ謝意を示してから、


「となると、バランくんは逃げ延びた先でトラブルに見舞われた……ということになるでしょうね」

「問題ばっかり発生させるな、アイツは……」


 手掛かりが途絶えてしまったし、事態はほぼ振り出しに戻ったようなものだ。

 エイヴスの広大な原生林の中、アイツは一体どこにいるというのだろう。


「せめて通信が繋がればなあ……」

「そうそう、この里の近くで通信繋がらんようになったんよ! せやからウチらから助けも呼ばれへんし、今の状況も分からんしって感じやってん」

「マレー族長、通信の妨害についてはこちらの里で行っていることではないのですか?」


 教官が訊ねると、族長は首を横に振った。


「生憎、通信というものもよく理解しておらん。妨害など出来るはずもない」

「……そうでしょうね」


 自然を尊重し、自然とともに過ごす。

 この里に住む古典派のエルフたちが、ロウディシアの最先端技術に対抗し得るようなものを持っているとは思えない。


「だとしたら、一体何が通信を妨害しているのか……」

「教官、妨害されてるのって通信全般なんですかね?」


 そこでイオナが疑問を呈する。

 つまり彼女は、ロウディシアとの異世界間通信だけでなく、エイヴス内での通信もダメなのか? と考えたわけだ。


「それは試していませんでしたね。一度やってみましょうか」


 これで繋がるようならバランの居所にも見当がつくかもしれない。

 ……エイヴスに来た時点で通信が繋がっていたら、もっと早く事態を把握出来たんだろうが。

 メルシオネ教官はテスタマイザーを操作し、通信を試みる。

 すぐさまイオナのテスタマイザーに通知が来て、彼女が許可すると通信が繋がった。


「……繋がりはしますが、やはりノイズが酷いですね。全般的に妨害を受けていそうです」

「駄目かあー……」


 やはり、そう甘い話ではないか。

 ロウディシアとは既に接続自体が難しくなっている以上、異世界間の方が度合は強そうだが、結局通信自体が潰されていると考えていいだろう。


「これがエイヴス特有の自然現象、なんてことはなさそうですし」

「エイヴスとの交流は四十年以上になりますが、そのような記録はありませんからね。少なくとも、何らかの介入があるとは思った方がいいでしょう」


 イオナの言葉に、メルシオネ教官はそう返した。

 介入、か。それはイレギュラーが原因のものなのか、或いは別の理由なのか。


「族長、ここ最近で何か異変はありませんか? 見たこともない魔物がいた、とか」

「……異変か」


 教官の問いにマレー族長はしばらく考え込み、


「あるにはある。まあ、アーテミーとの接触を始めた今なら良い機会かもしれぬな」


 良い機会、というのはどういう意味だろう。

 そのニュアンスにはどこか諦めのようなものも感じられる。


「これは今まで、アーテミーにも伝えていなかった里の過去なのだが……実のところ、お前たちが古典派と呼んでいるこの里のエルフの間にも、また違う考えを持つ者たちがいたそうだ」

「違う考え、ですか」

「うむ。ヒトとの交流を良しとするエルフが里を離れたまさにその時代のこと、百年は遡るだろう」


 要するに、古典派と融和派が袂を別った時点で、アーテミーの人たちが知らないもう一つの派閥が生まれていたと。


「その者たちは当然ヒトとの融和を望まず、かといってこの里で静かに暮らすこともまた望まなかった。彼らはエルフのみが自由に生きられる世界を夢見、そして新天地を目指し旅立っていったのだ」

「新天地というと、つまり」

「この国……エイヴスを離れたということになる」


 古典派エルフの中に、そのような野心を宿す者たちが存在したとは。

 ……しかし、それはこの世界に生きる者からすると希望のある道に見えるかもしれないが、実際のところその道は確実に途絶えている。

 この世界が書物の中の小さな箱庭だと、オレたちは知っているから。


「けど、それが異変の話とどう関わってくるんです?」


 待ちきれない、という風にエスカーが訊ねる。


「ふん。……ある時から、原生林の奥地に何者かの踏み入った形跡が発見されるようになった。はじめはアーテミーに住む者が森を荒らしたのかと考えていたが、どうも違う。それからしばらく経ち、一人のエルフが里にやって来た。そのエルフは、自分は新天地へ旅立った一団の生き残りなのだと我々に告げたのだ。名を、ディオン=マナリーと言った」

「ディオン……? それって、ウチの顧問魔術師じゃないですか!」


 テルさんが驚くのと対照的に、マレー族長はこくりと頷くのみだった。


「ディオンは里を訪れた経緯についてこう語った。新天地を求めたエルフたち――お前たちに倣って革新派とでも呼ぼうか――は、結局ヒトが生きていけるような土地を見つけることが出来なかった。そこでひっそりとエイヴスに帰り着き、森の奥地で再興の望みを捨てずに生活している。しかし、自分はそのような暮らしに希望があるとは思えず、逃げ延びてきたのだと」

「逃げ延びて……」

「彼の父親こそ、革新派のリーダー役を務めたアゼール=マナリーという男だった。当時既に亡くなっていたようだが、ディオンはその後釜にと推されていたらしい。が、後を継ぐつもりなど毛頭なかった彼は、意を決して集落を抜け出したようだ」


 アンドルーさんの話では、ディオンさんは古典派の父に厳しく育てられ、それが反抗心を生むことになって里を飛び出したという説明だった。しかし、古典派の中にも更に過激な革新派という一派がいたわけだ。

 エルフだけの新天地を求めて仲間の元を去り、しかし挫折した挙句、生き延びるためエイヴスへ戻ってくるほかなかった者たち。

 希望などとうに潰えているにも拘らず、考え方を改めることのない革新派の者たちに、ディオンさんは愛想を尽かしたのだろう。

 確か、ディオンさんがアーテミーにやって来たのは五十年ほど前のことだったはず。

 なのでマレー族長の語ったことは、その頃の話のようだ。


「当時の族長がディオンを保護し、彼はしばらく里で過ごした。そこで彼は叔父にあたるアッシュ=マナリーと出会い、後にアーテミーとの融和を志し顧問魔術師となった……という次第だ。少し長くなったが、私が指す異変の正体については察せられただろう」

「クレイス原生林にはもう一つの派閥、革新派が別に集落を作っていた。ディオンさんが逃げてきて以降の動向は不明だったものの、最近になって再び彼らの怪しい動きが目撃されるようになった……そんなところですかね?」

「そうだ。アーテミーとの対話が実現した今、奴らが妙な動きを見せ始めたため警戒を強めていたのだよ」


 門番が聞く耳を持たなかったのも、そうした事情があったからなのだろう。

 革新派の思惑が分からぬ以上、里に近づく素性の分からない人間には殊更に警戒せねばならなかったのだ。


「……その革新派が、原生林の更に奥深くで今も集落を形成しているのなら」

「バランがそいつらに捕まった可能性は高いってわけですねえ」


 教官の言葉に、エスカーが同調する。

 アイツ、もっと厄介なエルフに捕まってしまったってことかよ……。


「あの、マレー族長。革新派の怪しい動きって具体的にどんなものかお分かりなんですか?」


 彼らの問題はアーテミーとしても問題だと捉えているのだろう、テルさんは真剣な面持ちで質問する。

 それに対して族長は眉間に皺を寄せながら、


「……把握しているのはごく少数だが、奴らは里のエルフに勧誘活動を行っていたようだ。これまでに何人かのエルフが消息を絶っていて、最後に彼らを見たという目撃者が、別の知らないエルフが傍にいたと証言していたのでな」

「けど、誘われてホイホイついて行っちゃったりします?」


 ルカが首を傾げるも、


「そのエルフらは皆、アーテミーとの交流に断固反対という立場をとっていたのだ」

「ああ……」


 それなら理由は明快だ。

 融和に傾いていく里の方針に納得が出来なかった者たちに、革新派が仲間にならないかと声をかけたのなら。


「アーテミー憎しというエルフを勧誘し、革新派は人数を増やそうとしている……」


 テルさんは頭の中を整理するようにしばらく独り言ちていたが、


「……あ」


 と、突然何かに思い至ったような声を上げた。


「ディオンさんの――予言」


 予言。そう言えば、アンドルーさんと話す中で、ディオンさんが最近出したという予言についても聞いていた。

 普段からすると異質な予言。

 確か、内容は……。


「北西に暗き影あり。争いの芽となり得るもの……」

「もしかして、それ……」


 イオナもまた驚きの表情を浮かべながら呟く。

 そう、これまではアーテミーでも、単にアンパッサの里との諍いが起きてしまうのではないかと考えていた予言だが。

 そこに革新派という新たな派閥が登場した今、見え方はガラリと変わる。


「ヒトとエルフが歩み寄るのを良しとしない革新派が、争いを起こそうとしてるってこと……?」


 エレンちゃんが発したその言葉が。

 恐らく真実を射抜いているのではないかと、そう思えるのだった。

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