97.再会、そして……
族長に連れられ、オレたちは里の奥に佇む彼の家へお邪魔することになった。
他所からの客は想定していないのだろう、応接室にあたるところがないためリビングに案内されたオレたちは、ようやく族長と対談することが出来た。
人数に対して席が足りないので、オレやエスカーは後ろに立っておくことになったが、それはまあ仕方がない。
「改めて。……私はマレー=ミディア、この里の族長を務めている。きみたちは里に用があって訪ねてきたというが、まず何者か明かしてもらおう。テル君以外の素性がまるで分からんのでな」
マレー族長の外見は四十代くらい。しかし、彼も純粋なエルフなわけだから、八十年近く生きていてもおかしくはない。
喋り方にも威厳はあるし、見た目通りじゃないのは確実だ。
テルさんはちらとメルシオネ教官に視線を向け、教官は軽く頷き説明を始める。
「はい。我々はロウディシアという国からこちら、エイヴスへとやって来た者です。そうですね、資源の貿易や魔物討伐などを目的に、四十年ほど前から交流をさせてもらっているのですが」
「我々エルフはここで閉じた社会を築いておったゆえ、アーテミーの事情はまだあまり把握しておらんのだ。しかし……異国か、なるほど」
「ロウディシアの方々は特殊な戦闘技術を持ってらっしゃって、街に被害をもたらす凶暴な魔物を討伐してくださっているんです。長らく友好的な関係を築いている国なんですよ」
「それは理解したが、現状の我々にとっては関係のないことなのでな。丁重なもてなしは期待しないでもらいたい」
「丁重に襲撃されちゃったしねえ」
オレにだけ聞こえるくらいの小声で、エスカーが皮肉を言う。
……エルフって耳が良いらしいし、もしかしたら小声でも族長に聞こえてるかもしれないぞ。
「それで、用件というのは?」
「ええ。族長が先ほど仰っていた、怪しい来訪者というのに関係していそうなのですが……実は、私たちの仲間がエイヴスで消息不明になっておりまして。昨日、クレイス原生林に入っていったところまでは把握しているので、何かご存知ではないかと訪ねた次第なのです」
「……ふむ」
マレー族長はしばらく顎を撫でていたが、
「つまり、我々が君たちの仲間を捕らえているのではないかというわけだな?」
「率直に言えば、そう考えています」
迂遠な言い回しは得策でないと思ったのだろう、メルシオネ教官はハッキリと考えを示した。
「……ならばこちらも率直に言おう。先日この里を訪れた怪しい者らは、確かに門番が捕らえて牢に入れておる」
予想していた通り、か。
しかしあっさり明かしてくれたのはちょっと当てが外れた。それも含めて交渉材料にされるかと考えていたのだが。
「無事なんですね?」
「牢とは言え部屋に近い設備だ。食事も出している」
「それなら良かった。……正直なところ、もっと悪い環境にいるかと思いましたから」
「ふん。そうしても構わなかったのだがな」
メルシオネ教官の言葉に、マレー族長は一度そう冷たく言い放ったものの、
「……厄介なのだ。里が少しずつ変わろうとしているこのときに、事情を知らぬ人間が訪れるのは」
「変わろうと……ですか」
出発前、アーテミーとアンパッサの関係性についてアンドルーさんはこう話していた。
時を経るにつれて少しずつ対話に応じてくれるようになっている、と。
それはアーテミー側だけが一方的に感じているものではなく、アンパッサ側もちゃんと変わっていく意思はあるということか。
「彼らがアーテミーの賓客だと言うなら、こちらとしても捕らえておくのは得策ではなかろうな。不用心に里へ近づいた件は不問として、さっさと連れ帰ってもらうことにしよう」
「……ありがとうございます」
族長はすっと立ち上がり、オレたちに付いて来るよう目配せをする。
さっさと出て行ってしまう彼の後を、オレたちは慌てて追うことになった。
「……最初は焦りましたけど、そこまで閉塞的ではないですね?」
族長に付き従って歩いていく間に、オレはテルさんへ話しかける。
「これも魔術師さんのおかげってわけです。父親が古典派で、かつ影響力を持っていたというのは大きいですね。仮にアンドルーさんが直接交流を図りに来ていたとしても、門前払いだったでしょうし」
「ディオンさん、良い架け橋になってるんですね」
「なんですかねえ。このまま上手く運ぶかは、まだ分かりませんが」
テルさん自身は、魔術師であるディオンさんを全面的に評価しているわけでもないらしい。
まあ、ご両親と程度の差はあれど、町長に仕えるという役割を奪われていることへの嫉妬心はあるのかもな。
「まあ、少なくとも上の人物が態度を軟化させてくれてるのは良いことです。下の住民たちはまだまだ拒絶反応を示してますけどね」
そう言って、テルさんは目を左右に向ける。
……里に住むエルフたちが距離をとって、オレたちを見つめていた。
その視線が刺々しい、或いは怯えたものなのは、鈍感な人間でも容易に分かることだろう。
「……ここだ」
立ち止まり、マレー族長が指し示したのは小さな掘っ立て小屋だった。
ここに五人を収容出来るようなスペースがあるとは思えないようなサイズである。
「この中に……?」
「牢は地下だ。上は牢屋番が待機する部分になっている」
そりゃそうか。罪人が脱走しやすい作りにはなっていないよな。
「入るぞ」
マレー族長はボロボロの扉を開き、中へ入っていく。
ただ、促されたもののオレたち全員が入っていける広さはなさそうだ。何人かは外で待つことになった。
族長は牢屋番の男性に事情を説明して牢の鍵を受け取り、そして奥にある下り階段を指差し、あの下だと示す。
彼を先頭にして、オレたちは地下牢へと降りていった。
「暗いなあ……」
思わずルカがそう零してしまうほど、地下室はどんよりとしていた。
アンパッサには当然ながら電灯のようなものはなく、明かりになるのは採光用の穴から差す陽光かランタンの灯火だけだ。
夜は更に暗くなって自分の手すらほとんど見えないだろうなという印象だった。
階段を下りきると、そこには真っ直ぐの一本道が伸びていた。その左右に鉄製の扉が三つずつあり、独房になっているのが分かる。
……この向こうに、バランたちは囚われているようだ。
「ひー、こんなとこに入りたくないや……」
「一日とは言え、辛かっただろうな。特に女性陣は」
こういう尊厳も何もないような場所で耐え忍ばなければならないというのは酷だ。
なるだけ早く駆けつけることが出来て本当に良かったと思う。
「今解放する。少し待っていろ」
そう言うとマレー族長は、先へ進んで扉の鍵を一つ一つ開錠していった。
しばらく躊躇いのような時間が過ぎてから、ゆっくりと扉は開かれる。
「……あれ……?」
最初に出てきたのはエレンちゃんだった。
牢が開放されたことに戸惑いつつ、半信半疑ながらも扉を開けてみたという感じ。
続いて、エステルちゃんとテッド、それに奥からサラルも出てきた。
「……ダインくん! それにみんなも」
エレンちゃんはオレたちの姿を認め、ぱあっと笑顔になって駆け寄ってきた。
不安でいっぱいだった気持ちが一気に安心へ変わったとよく分かる表情だ。
「はあ、助け来てくれたんや……ホンマ良かったあ」
エステルちゃんは脱力気味にそう呟き、地下の冷たい壁にもたれかかる。
テッドくんやサラルも女性陣と同様、救援の到着に胸を撫で下ろしているようだった。
「面目ない。よもや遠征先で捕らえられてしまうとは……」
「気にしないでいいさ。バランがワガママ言ったってのは聞いてる」
「否、強引にでもこちらの意見を通すべきであった」
サラルは反省の弁を述べて頭を下げる。
リーダーのバランと違って、彼はホントに真面目だし責任感が強いんだよな。
サラルの方がリーダー役として適任では、とも思ってしまう。
「けど、君たちなら門番のエルフくらい倒せちゃったんじゃない? どういう経緯で捕まっちゃったの」
エスカーの問いは当然のものだ。
門番たちはイマジネート能力と張り合うほどの力を持っていなかったし、バランたちでも逃げ遂せるくらいは出来たはず。
単純に負けたから捕まった、というわけではないだろう。
「ええと……私たちがここの人たちに危害を加えたら、それは流石に国際問題だろうってことで意見が一致して」
「そのときにはもう、反対意見を出すヤツがいなかったからさ!」
エレンちゃんが言い、テッドくんが補足する。
反対意見を出す者ってのは……バランのことか?
「そういや、バランはまだ出てきてないけど……」
「え?」
オレの言葉に、エステルちゃんが驚きの声を上げた。
「ウチらが捕まってること、リーダーから聞いたんとちゃうん?」
「いや、学園が昨日の時点でバランたちが未帰還なのは把握してて、オレたちが派遣されてきたって感じだ」
「ダイン殿。……今、バランたちと言ったか」
「ん? そうだけど……」
どうも話が食い違う。
彼らの話からすると、まるで……。
「ね、ねえマレーさん。もう一つ開ける牢があるんじゃないの?」
慌てた様子でルカが訊ねたのだが、マレー族長は緩々と首を振った。
「後はもう誰もおらん。ここに閉じ込めておった四人全員、確かに開放した」
「四人……?」
牢から出たのは、エレンちゃん、エステルちゃん、サラル、そしてテッドくん。
だとしたら、残る一人――リーダーのバランは?
「……どうやら、これで全て解決とはいかないようですね」
暗い地下室内に、メルシオネ教官の重苦しい呟きが、反響した。




