95.エルフの里へ
「さあ、それじゃアンパッサまで向かうとしましょう!」
テルさんを先頭に、オレたちはクレイス原生林の入口までやってくる。
昨日も訪れた場所だが、今日は空気が違って感じられる。清々しいというか。
それはイレギュラーの気配がないからなのかもしれない。
「……あ、テルさん。ちょっとだけ待っててくれますか?」
「む? 構わないですよ」
オレはテルさんに一言断ってから、テスタマイザーの画面を表示させた。
「マル、今のところ通信は問題ないか?」
『ええ、特に異常はなさそうです。何か変化があった場合はすぐお知らせしますよ』
「そうしてくれると助かる」
バランチームも通信が断絶してしまったようだし、回線の状況については逐一把握しておくのが肝要だ。
まずはその辺り、マルと認識を共有しておきたかった。
「ありがとうございます。こちらもオペレーター室と連絡を取れるようにはしていますが、生徒と違って担当がいないものですからね」
「そのとき受けられる人が受ける感じなんですか?」
「大体はアーロンさんが受けてくれますが」
生徒以外のイマジネーターが活動する際のオペレーター事情は、確かにあまり考えたことはなかった。
どうやら担当の有無は人によって違うらしく、学生時代に親密な関係を築けた者同士でタッグを組み続けることもあるようだ。
メルシオネ教官はその立場上、遠征すること自体が比較的少ないので、特定のオペレーターをあえて持っていないとのことだった。
「ロウディシアの方たちって、やっぱり凄い技術を持ってるんですねえ……」
テスタマイザーを見つめ、テルさんは羨ましそうに呟く。
エイヴスの文明レベルからすれば、こんな装置はそれこそ未知の魔法みたいなものだろう。
逆の立場だったら、オレだって羨ましく思うに違いない。
「せっかく協定を結んでくれてるわけですし、いつかはエイヴスにも技術提供してくれるのを期待してますけどね!」
「フフ……我々の一存ではどうにもなりませんが、良い関係であり続けてほしいものです」
異世界にどれだけ関わるか、最終的な決定権を持っているのは多分星定議会だ。
その基本的な方針が消極である以上、技術供与というのは望み薄だろうな。
テルさんには申し訳ないけれど。
「ところで、テルさんは町長さんの用心棒とかなんですか?」
原生林奥地への移動を開始しつつ、ルカが前方のテルさんに問いかける。
急遽同行することになったわけだが、彼のことは何も知らない。
この道中に聞いておきたいのはオレも同じだ。
「いや、俺は一応アンドルーさんの補佐官なんで、副町長みたいなもんなんです。イースティン家は昔からクラウス家に仕えているんですよ」
「へえ……補佐官がいる上に、顧問魔術師もいるのかあ。何だか役どころが被ってるような気もしますけど」
「実際、そうなんですけどね」
そう言って、テルさんは苦笑する。
「最初のうちは、顧問魔術師の役割は天気を占うとか魔物の気配を察知するくらいだったそうです。それがいつしか補佐官がやるようなことまで任されるようになっちゃったみたいで。助言したことが全部上手くいくから、当時の町長……アンドルーさんのお父さんの信頼を勝ち取れたみたいですねえ」
「……ということは、イースティン家はだんだん肩身が狭く?」
持ち前の遠慮の無さを発揮し、エスカーが聞き辛いところを突っ込んだ。
「家では結構愚痴を聞かされましたよ。それでも、自分たちが先に仕えていたんだって気持ちで辛抱強く仕事はしてきたみたいですけど」
ただ、とテルさんは続ける。
「俺はプライドとかどうでも良かったんで、後を継いですぐ、自分に出来ることを全力でやります! ってアンドルーさんに言ったんです。それが魔物退治とか、体を動かす仕事というわけですね」
「テルさんの方から肉体労働への転向を提案したんですか。ご両親からは怒られたりしませんでした……?」
まるで我が事のように、フェイが困り眉になりながら訊ねると、
「そりゃ怒られましたとも。でも、俺には魔術師さんほどの学も技能もないですし。あるのは腕っぷしだけ、当然のことかと」
「オレはちゃんと割り切って収まるべきところを見つけられるの、凄いと思います。周囲が反対してたんなら尚更」
「あはは、褒められるのは予想外です。ありがとう、ダインさん」
「呼び捨てでも構いませんよ」
「いやいや、異国のお客さんですから。……まあ、それじゃダインくんで」
その妥協に笑いつつ、オレはこくりと頷いた。
「……っと。そんなテルさんの腕っぷしを見させてもらういい機会みたいですね」
腕組みをしつつ、そう口にしたのはエスカーだ。
少し遅れて、オレも気配を感じ取る。前方から魔物が近づいているようだ。
「あんまり期待はしないでくださいね? 皆さんの方が絶対強いんですから」
言いながら、テルさんは左右の腰に提げていた手甲を装着する。
彼の戦闘スタイルは、ルカのような武術系らしい。
「――けど、まあ」
現れ出たのは硬い甲殻を持つ昆虫型の魔物。
マルの情報によれば、タンクビートルと呼ばれる防御力の高い種類のようだ。
なるほど体も大きいし、角もかなりの厚みがあって、盾を逆さまにしたような形をしている。
中々攻めにくそうな相手だが。
「これくらいなら、俺一人でも大丈夫です」
言うが早いか、テルさんは全力で魔物の方へ駆けて行く――めちゃくちゃ速い。
しかも、ストレートに突っ込むかと思いきやあるところで一度ピタリと止まり、見事な足の運びで魔物の右側面へと回り込む。
そして間髪入れず、
「――はあッ!」
魔物の硬い殻にそのまま掌底を打ち込んだ。
物理攻撃ではあまりダメージが通らないのではと一瞬思ったのだが、タンクビートルはまるで巨岩に衝突したかのような勢いで吹っ飛んでいく。
五、六メートルは飛んだ後、地面をゴロゴロと転がり動かなくなるタンクビートル。掌底を受けたその場所は、なんと甲殻がバキバキに破壊されているのだった。
「こんなもんですかね!」
あまりにあっさりと魔物を倒してしまったので、オレはしばらく呆気にとられていた。
……いや、この人普通にオレたちよりも強いのでは?
「ひゅう、凄いな。……それ、闘技ってヤツですよね」
「ロウディシアでもそう呼ぶんですね。俺は昔から魔法は苦手だったんで、武術系の闘技で戦ってきたんですよ」
軽くジャブの真似をしながら、テルさんは笑う。
「闘技も魔力のコントロールは必要なんですけどね。こっちの方が分かりやすくて」
「どういう闘技なんです?」
興味津々という様子でルカが聞くと、
「単純に言うと、守りが薄いところを感知して、拳に溜めた魔力を打ち出すんですよ。すると魔力が相手の体内まで浸透して、内側にもダメージを与えられると」
「へえー……!」
説明を聞いて、ルカは感嘆の声を漏らしながら自身の両手を見つめた。
闘技のことはまるで知らなかったので、とても参考になる話だとオレも思う。
「ちなみに、名前とかあるんですか?」
「そのまんま、浸透掌って呼んでるみたいですけどね」
「ふむふむ……」
浸透掌、か。何となく武術らしい名称だ。
テルさん自身もその昔、訓練を受けた兵士さんに教わったものらしく、一応古くから定義されているものだという。
「皆さんからしたら、古風な戦い方かもしれませんけど、俺はこの拳一つでやって来ましたから」
「いやいや、格好良いと思います」
心の底からだと分かる真剣な表情で、ルカはテルさんにそう告げる。
これにはテルさんも照れ笑いで返すしかないようだった。
「ええと、魔物も片付きましたし、俺の力も分かって貰えたとは思いますんで、進むとしましょう」
オレたちはその言葉に従って、再び歩みを始める。
……歩き出したとき、背後でルカがぼそりと呟くのをオレは聞き逃さなかった。
「ボクも練習したら、使えるようになるかなあ……」




