94.エイヴスの歴史②
「……以来、ディオンは二代目顧問魔術師としてアーテミーの繁栄に貢献してくれている。私も父から当主の座を任される際、ディオンを頼れと何度も言われたものだよ。それくらい、彼は功績のある人物なんだ」
「さながら、もう一人の国主と言えるような人なのですね」
「うむ。そして彼は、顧問魔術師になって以降、アーテミーとアンパッサを少しでも良好な関係にしようと尽力してくれている。その出自もあり、始めは古典派エルフたちの反発も強かったと聞くが、時を経るにつれて少しずつ対話に応じてくれるようになっているんだよ」
「ヒトとエルフの間を取り持つ、ですか。……ぜひ一度お話したかったところですが」
メルシオネ教官がそう切り出すと、アンドルーさんは申し訳なさそうな顔になり、
「すまないね。彼は今、年に一度行われる祭の準備に奔走してくれているんだ」
「そう言えば、祝祭があるというのは昨日も話されていましたね。具体的にどのような?」
「今年の豊作に感謝し、そしてまた来年も同じようになることを祈る、豊饒祈願の祭だよ。それこそアーテミーが成立した頃から行われている伝統行事だ」
アンドルーさん曰く、祭の当日は仕事を休みにして、皆が大いに楽しむ一日になるのだという。
街にはその日限りの出店も置かれ、美味しいグルメを買って食べ歩いたり、或いは昔ながらの遊びに興じたり出来るのだとか。
そして、日が暮れてくると街の北にある大きな祭壇で、儀式が行われる。
祭のために用意された供物を神様へ捧げ、今年の豊作に対する感謝と、来年の豊作に対する祈りを捧げるのだ。
「祭は三日後に行われるのでね。私も忙しくしている時間の方が多いんだ、申し訳ない」
「いえいえ、それは大事な行事ですから。むしろこちらの問題に協力的でいてくれて、非常に助かります」
教官は僅かに頭を下げ、
「お話も大変参考になりました。ディオンさんの力添えがあれば心強いとはいえ、今は難しそうですね。とにかく一度、見習いたちの無事を確かめたいので、アンパッサの里へ調査には向かいたいのですが……」
「その気持ちは尤もだ。……ふむ、一つ考えがある。少々待っていてもらえるかな」
オレたちが頷くと、アンドルーさんは失礼と言って一旦応接室を立ち去る。
それから二、三分ほど経ち、彼は一人の若者を伴って戻ってきた。
「私やディオンはアーテミーを離れられないが、補佐の者を同行させることは出来る。彼はテルといってね、アンパッサのエルフたちと交渉する際にも毎回同席しているから、恐らく顔は覚えてもらっているはずだ」
「どうも、テル=イースティンという者です! 異国の戦士の方々ですよね、よろしくお願いしまっす!」
中々声量のある元気な青年だ。まだ年も二十過ぎくらいで、背丈もオレたちと同じくらい。
藍色のツンツンと跳ねた短髪、パッチリとした目。鼻のあたりには薄っすらと傷痕が見える。
まだ暖かいとは言い辛い気候の中、半袖半ズボンという出で立ちなのが衝撃的だ。
ただ、両腕に傷が多いところからすると、戦うために動き易い服装をしているのかもしれない。
「彼には普段、周辺に出現する魔物の退治をしてもらっている。彼や他の者の手が回らないときにだけ、ロウディシアの方々に依頼をかけるという形だね。彼を同行させれば道中の戦力になるし、アンパッサの里までの道案内も出来る。顔を覚えていてくれたなら、対話に持ち込める算段もあるはずだ」
「それは心強い。テルさん、同行をお願いしても?」
「こちらこそお願いしたいくらいですよ! ロウディシアの人たちはメチャクチャ強いって聞きますから」
テルさんは目をキラキラと輝かせている。……異世界の人たちにとってみれば、オレたちはとんでもなく強い戦士なのだろう。
その強さとは、つまりイマジネートという技術由来のものなので、ひたすら鍛錬してきたような人に憧れられると申し訳なくもなるのだが。
「貴方がたがアンパッサの里へ調査に向かっている間、ディオンが何とか時間を作れるようなら、書簡を作成してもらうとしよう。まあ、必要になる前に問題が解決すれば一番良いのだが」
「そうですね。もしアンパッサのエルフたちが頑なだった場合には、お願いしたいところです。とにかくまずは、テルさんとともに里へ向かってみることにしますよ」
「ああ、そうするといい」
これで次の動きは決まった。
予想しているように古典派のエルフたちが犯人なのか、はたまたイレギュラーによる襲撃が原因なのかはまだ不明だが、ここで十分に情報は得られたし、あとは実際に森へ向かってみるほかないだろう。
場合によっては、時間がかかればかかるほど、バランたちの命が危うくなるかもしれないのだし。
「では、テル。皆さんの案内を頼むよ」
「はい、お任せください! 不肖テル、命に代えても皆さんをお守りしますよ!」
アンドルーさんの指示に、テルさんは勢い込んでそう答える。
いや、命に代えてもは流石に言い過ぎだと思うが。
ちゃんと自分の命も大事にしてほしい。
「よろしくお願いします、テルさん」
「こちらこそ!」
こうしてオレたちは、テルさんと共にエルフの里を目指すことになった。
バランたちが里のエルフに捕まっていて、それを話し合いで解放……というのが理想なわけだが、事がそう上手く運ぶかどうか。
問題がこじれないよう祈るものの、何となくオレは嫌な予感がある。
今エイヴスに起きている事は、それほど単純な構図ではないのではないか――と。




