共鳴し合う黒
遺跡を後にし、シュデム達がバトルコスモスと合流したのは、彼等があの異形に襲われてから数時間後――ガドルがアル達を集めてからしばらくしてからのことであった。
当然、即座に遺跡での出来事はガドルへ報告され、新たな頭痛と胃痛の種となるのだが、そうも言っていられない。
何せ200キロ半径をカバーするバトルコスモスのエーテルセンサーを掻い潜って、かつシュデム達のいる場所をピンポイントで襲撃してかた強獣のような何か。
純正の強獣である蜥蜴人間と敵対していたと言うのも気になる点ではある。
だが、それにはある程度の推測ができる。
シプレース出身のイスナイン姉妹によれば、シプレース大森林において過去に強獣同士の衝突が度々確認されていたという。
そして、その光景はアディンもアルとエルアと共にシプレース大森林を進んだ際に目撃している。
その時は、魔女が訪れる前触れではないか、とムビリが推測しただけに留まっていたが、今回遺跡内に侵入してきた強獣もどきが以前アディンも目撃したものと同じ姿をしていたと言うこともあり、どうやらそのように単純な話では無くなってしまった。
「アディンくんも見たっていう強獣っぽい何かが、実は強獣じゃなくむしろ魔女に関係する何かの可能性があるニャ」
ムビリは気のぬける語尾で力説する。
ブリーフィングルームには主要な人物や襲撃を受けた当事者達が集まり、ムビリの言葉を聞いていた。
「そう仮定した場合、過去に報告された強獣同士の戦闘や、今回の遺跡無断調査の際に強獣である蜥蜴人間達がその異形を攻撃したのも納得できるニャ」
「納得、ねぇ。でも強獣って人間も襲うんだろ。そこんとこ、どうなんだ嬢ちゃん」
遺跡で異形に襲われた一人であるゴウトはムビリの説明では納得できないようであった。
それにゴウトの言うとおり、強獣の確認されている地域では人間が襲われた、何て話はよくある事で、故に駆除するために専門のハンターや生身の傭兵などという職があるほど。
今回はたまたま運が良かっただけか、あるいは相手にとっての危険度が現れた異形に対しては低かったから見逃された可能性すらあるのに、勝手に納得されてはゴウトとしては説明不足もいいところだ。
「遺跡での蜥蜴人間の行動から推測するに、あれはあの遺跡――否、施設を守護していたのではないか、と我輩は考える。故に我あり……」
「おい、このバカ黙らせるのにハンマー持ってこい」
「凡人眼鏡は黙って聞いているがいい」
いつもの調子でエリマをからかいながら、いつものような口調でシュデムは語り出す。
「ムビリ・イスナインの情報……というかイスナイン邸にあった書物から得られた過去に起きた強獣同士の衝突。これが我輩達が接触したあの怪物またはその近縁種であり、魔女に連なる何かであると仮定した場合、強獣などという存在がなぜ強大な力を持ちながら生息域を拡大しない理由として考えられる事があるのである」
「……言ってみろ」
「おい艦長」
「参考にはなる。経験が伴った推測は聞くに値する」
ガドルは口でこそそう言ったが、直感的にシュデムの語ることが真実に限りなく近いものであろうとかんじとっていた。
「奴等は生息域を広げないのではなく、広げてはいけないのである。強獣とは即ち、我々現代のエアリア人から見た先史時代の施設を守るための防衛機構ではないか、と我輩は推察するのである。人を襲う理由については……エルア・イスナインの方が詳しいであるな」
「……ん?」
まるで何も聞いていなかったかのような気が抜けた返事に、ブリーフィングルームにいた全員がずっこけた。
「わ、我が姉ながらマイペースすぎるためニャ」
「……ん」
「いや、それで会話が成立するのは身内だけだから、ちゃんと喋るニャ」
「……面倒」
「重要な話なのニャ! 真面目に頼むニャー!」
しばしの沈黙の後、ため息をついてから口を開いた。
「強獣は基本的に自分の行動範囲にいる、一定量の熱量をもった存在に攻撃を仕掛ける習性がある。それは仮に人間だろうと他の動物だろうと関係ない。……疲れた」
「だから強獣のいる森やその活動範囲からはクマやシカみたいな大型の生物は姿を消すのニャ。だから人間だけが襲われている訳ではないのニャ」
途中で説明を放棄したエルアに代わり、ムビリが説明を引き継いだ。
「エルア姉さんはもっと喋ってください……。ムビリ姉さん程じゃなくていいですから」
「……後ろ向きに検討」
「それはやらないって事ですよね?」
イスナイン姉妹が揉め始めたのを、ガドルが咳払いで止め、話を進める。
「つまり、強獣は目に入ったある程度の熱をもった生物を無差別に攻撃する遺跡の防衛機構、という事で取り敢えずはいいのだな?」
「現状の情報を整理するなら、そうなるであるな」
「……でも、どうしてそんな攻撃的なんでしょう」
レンナがそう呟いた。
先にシュデムがガドルに報告した先史時代の記録が真実であり、強獣が施設を守るための存在であるのならば魔女と敵対するのは理解できる。
だが、人間とは敵対する理由はない。無差別攻撃するような、人類にとって敵対的な仕様になどする必要性は皆無だ。
この疑問に対して沈黙を続けていたアディンが意見を述べる。
「……悪用されない為、か?」
「悪用?」
「遺跡の中にある先史時代のオーバーテクノロジーは、それらを産み出した彼等がいなくなった後も残り続けるだろ? もし彼等の中に自分達の子孫がそれに触れて、もしそれが子孫達の科学技術を上回るものだったとしたら……」
「必ず悪用する人間が現れる。ですが、アディンの言うとおりなら攻撃する理由には薄いのでは? それに人間以外の生き物にも被害が出ているんですよ?」
「レンナ・ムラクモの指摘は尤もであるな。が、仮に大型の生物が施設内に侵入し、トラブルを起こす可能性もあるであろう? 我輩達が赴いたあの遺跡すら生きていたのだから、施設内に不確定要素を持ち込みたくなかった、と考えれば納得はできるのではないか?」
ふむ、と唇に指を当てながらレンナは暫し考えた。
あの遺跡を少し見ただけではあるが、あの場所は精密機器の多い施設だったように思えた。
だとするならば、これは例えばの話になるが、大型生物が壁にあるレバーを倒してクレーンが暴走して壁に大穴をあける、なんてことが起きる可能性もあるだろう。それを避けるのならば、確かに多くの生物の侵入を拒むような防衛機構はあってもいいかもしれない。かなりの過剰防衛であるが。
だが今度は侵入のしやすさに説明がつかない。
施設に入れたくないならその門を固く封じて誰も入れないようにすればいいだけの話だ。
なのに何故、ある程度までは侵入を許すのだろうか。
そうする必要があったから?
あり得ない話ではない。
でなければ、今ここにいるシオ・シラギクという存在に説明がつかない。
彼女はその遺跡で目覚めた存在である。そして……オウカ国の調査隊に発見された。遺跡が人の侵入を拒んでいたのならばそんな発見はなかったはずだ。
「シオ。貴女はどう思いますか?」
レンナは先史時代の人間――正確にはその精密な写し身であるシオの意見を求めた。
「私には判りかねます。ただ……」
「ただ?」
「もし、何らかのトラブルで私のような存在が目覚めた時、大型の生物に襲われる事を避ける為ではないか、と。私は運良くオウカ国の調査隊に発見されましたが、もし誰にも発見されず一人で目覚めて、その時に襲われでもしたら……」
「……なるほど。身も蓋もない言い方ではあるが、施設管理者を完全に失う事を避けるための強獣、であるか」
「そして管理者がいなければ施設の奥にある重要設備には近づけない、と」
「あり得る話だな。随分と回りくどいっちゃあ回りくどいが」
「取り敢えずは、この話はここまでだ。今問題にすべきは強獣についてではなく、遺跡に現れた怪物とセンサー範囲ぎりぎりに居座って微動だにしないアゲートらしき魔女についてだが……」
ガドルが話題を変えようとした時、アラートが鳴り響く。
『こちらブリッジ。エーテルセンサーに反応あり! アゲートらしき魔女が活性化。移動を開始しました! それに……遺跡の方からも微弱ながら反応が……』
『魔女の接近により波長の照合精度向上。反応からカルブンクスルとサピュルスと断定! ですが数は一です!』
『遺跡の方の反応も特定。アゲートです! こちらも移動を開始しました』
ガドルがモフモフを手に取り、即座にブリッジと連絡を取る。
「ブリッジ! 対象の進路予測算出急げ。それとパステーク側に情報提供。バトルコスモスは速やかに離陸し対魔女戦の準備。離陸と回頭位なら今いる人間でもできるだろ。全艦戦闘配置! 急げ!」
ガドルの指示でブリーフィングルームに集まっていた人間が一斉に散らばる。
バタバタと走る足音が、部屋の中にまで聞こえてくる。
残されたのはガドルと飛燕小隊の四人。
「俺達ぁ、どうする。お嬢」
「ゴウトさん、それは……」
どうにかしたい、という気持ちはある。
だが機体がない。機体は既にオウカ国の輸送機に搬入済みで、今すぐ取りに行くことは難しい。
「ならヘスティオンを使うといい。数もある。今は戦力が少しでも欲しい。何せ相手は……」
現在確認されている魔女でも最強クラスの敵だ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。ゴウトさん、エクウス、シオ。飛燕小隊、出ますよ」
各員が戦闘配置につくため慌ただしく走り回っている中、ブリッジでは離陸のためのエーテルリバウンダーの出力調整と、同時に二ヶ所に現れた魔女の反応の進路予想の算出が急がれていた。
バトルコスモスほどの巨体を浮かせるためにはそれ相応の出力が必要になる。完全停止状態からのエーテルコンバーターの起動を待ってようやく動き出せるといったところで、回す出力を急いでやってしまうと余計に時間がかかってしまう。急がねばならないが、急いてもいけない。作業は慎重に進められていく。
一方で魔女の進路予測の算出は――とっくに終わっていた。
だが何度も計算し直していた。自らが導きだした答えが信じられず、否。信じたくないが故に何度も再計算を行った。
条件を変えて行い、どのような計算を行ってもある結果に行き着く。
「ほ、報告します。進路予測、出ました。何度やっても条件を変えても、この港で二体が合流します!」
「はぁ?! なんかの冗談だろ」
「冗談でんなこと言えるかよ!」
何度も計算を繰り返す。何かの間違いであって欲しいと。
何度も、何度も、何度も。
今この時も再計算を行っている。認めたくない。
察知した二つの反応。その二つともが魔女であるとエーテルセンサーは認識している。
反応は決して強いものではない。だが、このままでは魔女に挟み撃ちされる。
「どうすりゃいいんだよ、こんなの……!」
◆
戦いに敗れ傷付いた赤と青の魔女は、崩れ行く身体を溶け合わせ、混ざり合って黒になった。
失った身体を代用できるもので代用しただけ。
おそらく、その黒い混ざりものの魔女の事を知れば、誰もがそう思う事だろう。尤も、そうだとしても人類は魔女同士の融合事例など確認したことがないのだから、そう言った発想すらないのだろうか。
しかし。カルブンクスルとサピュルスと呼称される一対の魔女の場合は少し事情が異なる。
対の魔女とも呼ばれるそれらは、元々一つの個体――現時点で確認されている最強格の魔女アゲートが分離したものであり、まさに対の存在であるのだから。
だがアゲートから分離した際に何かを失い、こうして元の姿に近付いたとしても存在が安定せず活動する度に身体が崩れていく。
では。なぜ身体が崩れるのを理解しながらも、なぜこの魔女はパステーク目指して動き出したのだろう。
その答えは至極単純である。呼ばれたのだ。失ったはずの己に。黒い異形の姿となり傷を癒していた、己自信に。
もとは同じ存在故に近付けば引き合うのは当然である。
完全なる復活。それが叶うのならば、今この時だけの苦痛などなんてことはない。
たがその復活シナリオは人類にとっては絶望のシナリオである。
そのシナリオの第一段階であるこの混ぜ物の黒い魔女がパステークに上陸するまで、残り約三十分。
パステークにいる人間すべてが避難するには時間が足りず、当然防衛線を張る事など不可能である。
それを知ってか知らずか、魔女は口元を吊り上げて笑って見せた。
そして、この時になってやっと魔女は理解した。
この衝動が感情なのだと。これが高揚感なのだと。そして、この胸を焦がすような暗く燃える炎のような感情が――憎悪と怨嗟なのだと。




