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蒼天のヘクス・イェーガー  作者: 銀色オウムガイ
第二章 開発編
26/315

獣の森へ3

 強獣。

 人類が知りうる生物のどれにも当てはまらない、シプレース大森林に生息する危険生物の総称。詳しい生態は不明。

 少なくとも物理的な攻撃が通用し、人間の力で討伐可能なため魔女ほど危険視されていない。

 共通するのは超硬質の外殻を持つという事のみで、大きさや形状は種によっては大きく異なる。

 イスナイン邸にあった資料を調べてもその程度の事しか把握できず、実物も見た事がないアディンであったが、ロクな準備もしないままアルに連れられてシプレース大森林に足を踏み入れていた。

 そこまではいい。

 だが何故、この場にエルアがいるのだろうか。

 しかも腰に変わった形の剣を携え、一番前を歩いている。

 アディンが見た事のない細長い鞘に興味を引かれたものの、それ以上のあの暗い雰囲気の女性がなぜ自分たちと同行しているのか。それが理解できなかった。

「お、おい。アル。あの人、大丈夫なのか」

「大丈夫ですよ。エルア姉さんは強いですから」

「そうはいうが……」

「……ん?」

 全く強そうには見えない。

 むしろこういう場所に一番入ってきてはいけない類の人間ではないかとすら思える。

 歩くしぐさも気だるげ。おまけに欠伸までしている始末。

 ここが強獣の生息地であるという危機感がまるでない。

 強獣を良く知らないアディンが必要以上に警戒しているだけかもしれないが、それにしても気を抜き過ぎである。

 が、エルアだけでなくアルまでまるで危機感がないのは何故だろうか。

 考えをまとめながら歩いていると、何時の間にか周囲がざわつき始めていた。

 決して小動物が動いただとか、そういう音ではない。

「来ましたね」

 アルがそう呟いた直後、木々の合間をすり抜けるようにして巨大な何かがその身をうねらせながらこちらに向かって飛んできた。

 まるでヘビのような姿をしているが、ヘビは外殻を有しないし、耳障りな音をたてて高速で羽ばたく翅も有しない。

 何より。それがヘビだというならば左右に開くムカデのような顎は何なのか。

「何あれ……」

 アディンは思わず呆気にとられて、頭上を通り過ぎたそれを見送る。

「強獣の一種ですね」

「強獣っていうからでっかいオオカミやクマなんかを想像してたけど、ありゃむしろ虫だろ!」

 外殻がある程度でもっと獣っぽい見た目をしていると勝手に想像していたが、どうみても虫と形容した方が近しい。

「今のはトビムカデですね」

「ムカデって言った!? やっぱそれムカデに見えてるんだな」

「そりゃまあ、どうみてもムカデですからね、見た目」

 先ほど頭上を通り過ぎたトビムカデは方向転換してアディン達のほうへと向かってきた。

 完全にこちらをロックオンしたらしく、大きな顎を広げてアディン達へ迫る。

 即座に魔法で反撃しようとしたアディンだが、ふと周囲の地形を見て魔法の使用を躊躇する。

 今いるこの場は森林。万が一火属性魔法を使用し、木々を燃やしてしまう訳にはいかない。では他の魔法はどうだ。

 威力が保障されるのは複合属性だが、普段よくつかう魔法のうち火属性を含まない攻撃魔法はほぼない。

 ほんの数秒思考を巡らせたが、その間にもトビムカデとの距離は縮まっている。

 回避は、と周囲を見渡そうとするアディンだが、その直後に自身の横を通り過ぎる何かに気付き振りむいた。

 そこにはアディンが想像していなかった光景があった。

「……は?」

 文字通り中心で真っ二つになったトビムカデが周囲の木々に衝突しながら落下してきている。

 そして、先ほどまで自分の前を歩いていたはずのエルアが腰に携えた剣を抜いてそこに立っていた。

 訳が判らなかった。

 冷静になればきっと因果関係は見えてくるのだろう。

 だがその因果を見出す前提条件にまで考えが至らない。それをあり得ないと感じてしまっている。

 同時に、垣間見えたエルアの鋭く冷たい目が、その光景を作り出したのが紛れもなく彼女であると訴えかけてきた。

「エルア姉さんはオウカ流剣術の達人でして。ほら、あの剣。ウィスタリアでは見ない形してるじゃないですか。カタナって言うらしいんですけど」

「いや、ちょっと待て」

 物理的にあり得ない。

 トビムカデの大きさはとてもエルアが手に持った剣一振りでどうにかなるような大きさではなかった。

 これが首を落としただとか、翅を斬っただとかだったらまだ理解できた。

 だが実際には頭から尻尾の先まで真っ二つ。

 一体どういった理屈でそうなったのか。

 魔法が存在するのだから何が起きても不思議ではないといえばそれまでだが、魔法を使ったという風でもない。

「……居合」

「居合って……いや、それだとしても」

 鞘から抜く勢いのまま斬り伏せる居合。それであるとしても人間より遥かに大きなものを切断できるのだろうか。

 実際にできているのだから、少なくとも彼女は出来るのだろう。

 深く考えるだけ無駄だ、と思考を切り替える。

「それよりも……」

 不思議な切断面をしている。

 虫っぽい外見からして骨がないのはまだ違和感がないが、真っ二つになったというのに体液らしいものが見られない。

 何より異常と言えるのは内蔵が一切存在しないと言う事。生物だとするならばあり得ない。

「これはまるで」

 金属のようだ。

 斬られた断面はつるりとしていて、肉が斬られたといった感じはしない。

 だが仮にトビムカデが金属で出来ていたとして、木々をすり抜けるようにして飛ぶあのしなやかで生物的な動きはあり得ない。

 無機物ではあるが伸縮性に優れており、かつ柔軟性もある。

 その秘密は、と注目しているとトビムカデの体組織が繊維状になっている事に気付く。

「……もしかしてこれ」

 ヘクスイェーガーにも何らかの流用ができるのではないか。そんな考えが頭を過る。

「ん、っしょ」

「うん? って、うぇっ?!」

 変な声が出た。

 アディンが考えを巡らせている横で、エルアはカタナを鞘に戻しつつトビムカデの顎を引きちぎった。

 そうそう簡単に、それも素手でもぐ事が出来るようなものには見えなかっただけにアディンは目を向くが、よくよく考えれば彼女の妹であるアルの怪力を思い出し、妙に納得してしまった。

「てい」

 それを投げる。

 突然のことをで驚いていると、接近中のトビムカデの頭部を直撃して撃墜する。

「この森の中はいつどこから強獣が現れるか判りませんから、注意してくださいね」

「羽音すらしなかった相手をどう察知しろと」

「……勘」

「勘ですね」

 姉妹そろってとんでもない事を言う。

 そんなことが簡単に出来れば苦労しない。

 というか、そもそもここまで危険な場所ならアディンは最初からこんな場所に来ていない。

「勘でどうにかなるもんなのか、これ」

 幸先が非常に不安だった。



 トビムカデの襲撃を何度か受けた後、木々の高さが今までの場所よりも高くなってきたのを確認してアルとエルアはシートを敷いてそこに座った。

 とはいえ、警戒を解いている訳ではなさそうだが、それでも座ってしまうと瞬時に対応できないのではないかとアディンは思うのだが、二人はその点については気にしていないようだ。

「アディンさん。ここは比較的安全ですから座っても大丈夫ですよ」

「比較的安全って……」

 散々トビムカデの襲撃を受けてきたというのに、それで安全だと言われても信用できない。

「ん」

 エルアは、ぽんぽん、とシートを叩いてこっちに来るようアディンに促した。

 言葉が少なくじっと見つめてくるものだから、妙に迫力がある。

 しかも次第にシートを叩く速度も勢いも増していく。

「いや、うん」

「ん」

「えーっと」

「ん」

 圧が凄い。

 表情がほとんど変わらないにも関わらず――いやむしろ表情が変わらないからこその圧だ。

 エルアの隣に座っているアルも目で、諦めてください、と言ってきている。

「座るのはいいが、理由をちゃんと説明してくれ。なんでここが安全なんだ」

「この背が高い木の周りは大型強獣の縄張りなので、滅多な事では襲われないんです。かつ大型強獣は近づいてくればすぐに気付けるので逃げるのも簡単なので」

「そういうものかね」

 と、諦めてアディンもシートに座る。

「まるでピクニックだな……」

 気楽すぎやしないかとは思うが、ずっと襲われ続けて気が休まらなかったのも事実。確かにそろそろ一度休憩をとって落ち着いておきたい。

 同時に思考を開始する。

 今まで遭遇した強獣はまだトビムカデのみ。

 しかもその全てをアディンが動くよりも早くエルアが斬り伏せてしまった為、脅威度はよく判ってない。

 だが強獣を知るアルやエルアの反応を見るに彼女等からすればさほどの脅威ではなく、かつ最近になって頻出し始めた強い個体というわけでもないのだろう。

 いや、それよりもさっきアルの言っていた事がひっかかった。

 ――この背が高い木の周りは大型強獣の縄張りなので、滅多な事では襲われないんです。

 アディンが実際に目撃したトビムカデの時点で十分に巨大である。

 勿論普段アディンが相手している魔女や使い魔に比べれば小さい。

 だがトビムカデ以上に巨大な個体が存在すると考えると、やはり生身で戦うのは厳しいのではないかと思う。

「ちょっと質問。強獣と戦うのに魔法とか使わないのか? エルアさんもそのカタナで戦ってるし」

「強獣と戦うのは基本何らかの理由で魔法を使うことのできない人が傭兵として流れてきているからなんです。勿論魔法を使える人もいますけど……」

「さっきの俺みたく考えている内にやられるってことか。あ、そういえば露店なのにスクロールも大量に売ってたな」

 決して安くはない上に消耗品であるスクロールは当然仕入れ値も高い。どんな物品であってもそうだが、売れなければ仕入れ値はそのまま負債になる。

 それを露店で大量に売ると言うのはそれを仕入れても利益がある――それだけ売れる需要があるということだ。

 強獣駆除を行うハンターや傭兵などがそれらを購入する、ということだろうがハンターや傭兵達もスクロールを購入できるだけの収入があるというのは驚きだ。

 少々の危険を伴ってもそれだけの収入があるというのは確かに魅力的である。尤も、アディンは御免被るが。

「ってことは、エルアさんも魔法は使えないのか」

「……ん」

 頷いて肯定された。

 とはいえ一閃で強獣を真っ二つにできるのだから、魔法などなくても困らなそうではあるが。

「もう少し休憩したらもっと奥のほうに行きましょう。トビムカデだけじゃ参考資料になりませんからね」

「ああ。そうだな。それにサンプルも欲しいし」

「サンプル、ですか?」

 アディンの発した言葉にイスナイン姉妹はそろって首をかしげた。

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