燃えるオウカ 3
ルーによる勅令が下ったのとほぼ同時刻。
オウカ国に侵入したアドルミデラの工作員達は、追い詰められていた。
無理もない。一週間前に突然計画の前倒しを告げられ、魔神アルテリアから産み出された分身体の成長速度を加速さたのはまだいい。
急成長させることで調整ができず、暴走する可能性もあるが、彼等の目的は達成される。
問題なのはそういう事ではなく、ある程度育っていた魔神が片っ端から施設ごと破壊されているのだ。しかもここ二日ほどで、だ。
完全体ではない魔神の破壊方法はともかく、どうやって相手が自分達の居場所を特定しているのかがわからない。
オウカ国にはそのような技術などないはずなのだから。
更には成長をさらに急がせた個体を魔神シオウルらしき存在に破壊され、オウカ国への攻撃プランはもはや修正を余儀なくされている状態であった。
「我々の動きを読まれたとでもいうのか……」
「今日が作戦決行予定日ではあるが、このままでは」
己の管理していた施設を破壊された者達は、本体が隠されている施設に逃げ込み、 情報を共有し事態打開への道筋を探す。
だがあまりにも情報が少なく、会議は毎回ただ時間を浪費するだけに終わる。
「簡単な話ではないか。餌を多く与え、暴れ狂わせれば良いだけのこと」
突然こだました声に、視線が集まる。
そんな視線を浴びる痩せぎす猫背の男は不適に笑う。
「なぜ枝葉を伸ばす必要があった。最初から強く根を張り幹を太くさせればよかったものを」
「き、貴様。何者だ!」
「酷い言われようで。そうさな。お前達よりは上の立場の人間だとはいっておこう」
「っ……!」
「それで、やるのか、やらぬのか」
沈黙。だが、彼等とてただうろたえるだけの愚者ではない。
提示されたものを拒めるような状況ではないことは理解している。
負け帰れば面子は丸潰れ。絶対的有利に事を運ぶために魔神まで持ち出したというのに作戦失敗では末代までの恥になる。
かといってこのまま当初のプランを貫き通すのは不可能であり、現行戦力で強行したとしても成功率は何重にも奇跡が重ならない限りは小数点以下の数値にも至らない。
では、この痩せぎすな男の案に乗ればどうだろうか。
仮に魔神の制御に失敗し、自分達がそれに巻き込まれ命を落としたとしても、魔神が暴れてオウカ国の地を焼けば、自分達はすくなくとも無能のレッテルは免れる。むしろ名誉の死であると讃えられる可能性もある。
ならば、やらない理由はない。
「決まったようだな」
「ああ。各ポイントへのエーテル供給をカット。ポイントゼロに全エネルギーを集中させる!」
拳を突き上げ高らかに宣言する。
それに応じ、次々に喚声があがる。
一方で痩せぎすな男はそれらに背を向けて離れていく。
「所詮は無能よ。手にした力の使い方を知らぬ。ならば、知るものが導いてやらねば、なぁ?」
「とはいえ、この実験は半分失敗だ。撤収するぞ」
「半分? はて。それほど良い結果が得られましたかな」
「カミラで見た光景こそ実験の成果と言える。デファンス様に報告するには十分な成果ではないか」
「やれやれ。大型艦三隻とその艦載機を捨ててまで上陸したと言うのに、私が無能扱いされかねませんな」
「言わせんさ。この私がな。なにせ――」
二人の男が暗い通路に消えていく。
「舌の者は貴重だ」
藁にすがった愚者の狂乱に背を向けて。
◆
女王ルーの勅令を合図に、バトルコスモスの率いる部隊とオウカ国正規軍による国土全域に散らばったアドルミデラの拠点への同時攻撃が始まった。
各地へ展開する人員は少数である。特にバトルコスモスやキバナ・オオハルシャは動かせる人数に限界があったが、完成した無人機遠隔操作技術とそれを運用するための装備でこれを解決。
一方のオウカ国正規軍は各攻撃地点に一番近い基地から可能な限り最大限の戦力を攻撃に向かわせた。
こうなると、攻め込まれる側は圧倒的不利な状況に陥る。
何しろ彼等は今まで秘密裏に活動してきたのだ。多少の戦力を保有していたとしても、魔神との戦闘を想定した戦力を投入されては勝ち目がない。
更には他の拠点も攻撃を受けている為援軍は望めず、地上の拠点を空から攻撃されるという圧倒的不利な状況にある。
皮肉なことにこの状況は地対空を強いられているという点以外は、彼等がオウカ国に対して行おうとしていた事そのものであった。
育成中の魔神分身体を投入した拠点は善戦したが、バトルコスモスの技術をもって改造された機体には無人機と連携したスクロール弾一斉謝により撃破。オウカ国正規軍の機体にはその物量による魔法の飽和攻撃で結局は分身体を失っていた。
アドルミデラ側の敗色は時と共に色濃くなっていく。
だがそれを決定付けたのは、魔神分身体へのエネルギー供給が停止した事である。
現場の人間はなぜ供給が止まったのかわからず、エネルギー供給が行われない分身体は戦う前に機能を停止した。
頼みの綱を失い、戦うだけの力を持たない彼等はなす術もなくただ蹂躙されていった。
この流れはもはや覆らない。
誰もがそう考え始めた時、空が割れた。
割れた空から飛び出す人型のもの。
それが何であるか、知るもの達は驚愕する。
――魔神シオウル。魔神と敵対する魔神。
成長途中の魔神分身体程度では全く動きを見せなかった魔神が現れ、地面目掛けて真っ逆さまに落ちていく。
シオウルが目指す先には首都ショウチクに最も近い鉱山――シズイ鉱山があり、バトルコスモスもそこをマークしており、彼等の主力はそこに集まっていた。
そして、シオウルが現れたことで、彼等は確信する。
この場所を落とさなければ戦いが終わらないのだ、と。
シオウルは減速することなく地面に突っ込んでいく。
だが、それを地面から伸びた光の柱が押し返す。
真っ直ぐ天に向かって伸びる光。それはすべての戦場から目撃され、同時に一時的ではあるがあらゆる戦闘行動を停止させた。
驚愕、狼狽、恐怖、困惑、歓喜。あらゆる感情が渦巻き、戦闘は新たな局面へと突入した。
◆
シズイ鉱山にバトルコスモスが向かっていたのにはちゃんとした理由がある。
最初こそ手当たり次第に捜索し、見つけ次第撃破、と非常に効率の悪いやり方ではあったが、数をこなして集めた情報を元にウーノがそれを整理し、ポイントを絞っていった結果である。
「未来を予測するのに比べたら楽勝よ」
とはウーノの談である。
実際、彼女が一番怪しいとしたシズイ鉱山にシオウルが現れたことで、この場所こそアドルミデラ側にとっては重要な場所である事が確実になった。
「各員。戦闘準備。ヘクスイェーガー各機出撃」
「この艦の図体じゃあ避けられない。リバウンダーより防御術式に優先して供給を」
「オオハルシャとキバナから入電。目標制圧完了。これより合流する、と」
バトルコスモスのブリッジに緊張が走る。
魔女との戦いもそうだが、今回はそれ以上に危険な相手である。
何せヘクスイェーガーでは対処できない相手なのだ。だというのに、それに対してヘクスイェーガーで挑もうとしているのは無謀でかしかない。
「各員に改めて通達。相手は恐らく――いや、確実にこちらより強い。故に無理だと思ったら逃げても咎めはしない。むしろ生きて 情報を持ち帰ることこそ重要だと言える。厳命する。生き残れ。以上だ」
そう告げたガドルは不適に笑っていた。
だがその笑みは追い詰められた状況であるがゆえの、一種の自己防衛によるものであるのは明らかであった。
笑わなければやってられない。肌で感じるこの場に満ちた危険な空気は、ガドルだけでなく、全員の精神に強い負荷をかけていた。
格納庫では機体の最終チェックが行われ、完了した機体から順番にデッキに上がり、艦を飛び出していく。
アゲハ装備のヘスティオンも出撃し、手数を補ってはいるがそれに乗るのはラミターやディウフと共に配属された学生上がり。
本格的な戦闘になればそれについていけるとは到底思えない。
あくまでも彼等の役目は後方からの支援であり、最前線で戦うのは三機のアルトエミスの役目である。
が、そんな彼等の中で例外的に前線へ投入される者が二人いる。
一人はアルトエミス二号機改――ヴァナディスの後部座席に乗るラミター・パラヴィーナ。
彼女の場合はいないとヴァナディスの性能がフルに発揮できないため拒否権はない。
だがもう一人、一人乗りに改造されたアトロフォスに搭乗するディウフ・エルドブレは少々事情が違う。
「本当にいいんだな?」
病み上がりながらも寸前までアトロフォスとその強化ユニットのフィッティングを行っていたエリマがディウフに訪ねる。
「数が足りないんスよね。だったらこいつで盾くらいにゃあなるでしょ」
「確かにこいつは並のヘクスイェーガーよりは高い防御力をもってはいるが、無茶は禁物だぞ」
「やばくなったら装備捨ててでも尻尾巻いて逃げるから大丈夫ッス」
装備を作る側として、今回の装備のような試作品ではあまりやってほしくはない。思わずエリマは苦笑いする。
「タロスユニット、でしたっけ。これ」
「ああ。まだ試作段階だし、何よりあの短すぎる時間で用意できたのは腕だけだ」
アトロフォスの背中から伸び、その肩を包み込むようなユニット基部と両サイドに付いた巨大な腕。
その腕の大きさ足るや、肩にあたる部分がアトロフォスの頭部よりもやや高い位置にあるというのに、その指先は膝の辺りまで到達している。
「だがこの腕そのものがキャストブレードみたいなものだ。《エアロスラスター》を使えば推進力を生み出し、《ハードボディ》では強固な盾にもなる。何より、この大きさそのものが武器になる」
「これ、全身出来上がったらどんな大きさになるんスかね」
「陛下のオーダーに答える為の試験装備らしいからなぁ、あたしにも判らん。あの馬鹿に聞いてくれ」
今回は間に合わなかったが、下半身にあたる部位も基礎フレームは完成している。
巨大な腕とそれに見合うだけの下半身。
自身の質量そのものを武器にすることを想定した大型装備にして、既存の機体と異なる全く新しい系統の試験用装備。
それがタロスユニットである。
「使い方はわかるか?」
「腕だけ感覚が違うって感じッスよね。それに馴染めればなんとか」
「よし、行ってこい!」
覚悟を決める。
どのみち自分で出ると言った手前、もう引き下がれはしない。
自分ならやれる。なけなしの勇気とプライドで、アトロフォスに向かうその足はいつもより重たく感じられた。
魔神シオウルが弾き飛ばされ、周囲が異様な静寂に包まれる中、バトルコスモスから三機のアルトエミスを先頭に次々と機体が飛び出していく。
本格的な戦闘が初めてである学生たちは当然緊張していた。
だがその緊張は、戦場の空気に当てられたという訳ではない。
普段見せないアル達が異様なまでに張り積めた様子と、最後尾に構えるエグザストライアを駆る彼等にとってはウーノ――彼等にとっては伝説的な英雄ですら神経質になっているという異様さ。
その二つが合わさり、嫌でも状況を理解する。
これから始まる戦いは、初陣にしてはハードすぎるものになるのだ、と。




