燃えるオウカ 1
ヴィール達が撃退した人型の何か。
その調査はすぐに行われた。
「流石はヴィール・アルバアであるな。サンプルをそのままの状態で保全していたのはいい判断である」
当然のように、調査を担当するのはシュデムである。
「呼び出したのはこっちッスけど、あっちの調査はいいんスか?」
ディウフはそう訪ねる。
何せもともとシュデムは魔神同士の戦闘の痕跡から情報を持ち帰る為に艦を降りて現場にでて来ているのだ。
つまりは、与えられた職務を放棄してこの場所にやって来ているということであり、問題がない訳がない。
だがシュデムの反応はあっさりとしていた。
「あちらはエクウス・セイランに任せてきた。その方があやつにとっても謂い筈であるからな。それに、こちらの方が今は重要度が高いと判断したのであるが……」
視線を人型の何かに向ける。
その時点でいくつかの可能性がシュデムの脳裏に浮かぶ。
新種の魔女の幼体、使い魔の突然変異、秘密裏に開発された小型のヘクスイェーガー。
真っ先に浮かんだそれらは、違う、とすぐに感じた。
魔女ならば内陸部から現れることはまずない。あれらは基本、人の住む場所からは現れない。使い魔も同様だ。
小型のヘクスイェーガーという線もまずないだろうと言い切れる。空戦用の兵器であるヘクスイェーガーをわざわざ飛べないように地面と繋げているのは、仮にヘクスイェーガーであったとしたら開発者の正気を疑う。
「ふむ? 外観を見るだけではあるが、これは……」
「気付きましたか」
「うむ。確かに、異様な存在であるな」
「えっ……? なんかあるんスか?」
ヴィールとシュデムが何かを理解している傍ら、ディウフは状況を全く理解できておらず、二人の顔を交互に見比べる。
「ディウフ・エルドブレ。コレの損傷部位を見てみるのである」
「? いや、見てもなんもわかんないッスけど」
「この部分。これは魔法ではなくプレスガンの弾丸で出来た損傷なのであるが、弾丸が貫通すれば穴が。弾かれても凹みが出来るはずであるが……まあ、どう見ても貫通しているであるが、注目すべきはこの弾痕の周囲の装甲である」
「……?」
しばらく見つめてもディウフはシュデムが言っている事を理解できず首をかしげる。
「わからぬか? この弾痕。塞がりかけているのである」
「はぁっ?!」
思わず叫ぶ。
あまりの大声にヴィールとシュデムが耳を塞ぐ。
「おまっ、近いのにデカイ声をだすでないわ! 鼓膜ないなるかと思ったのである」
「ていうかお前、そんな声だせたのかよ。ラミターよりでかかったぞ!」
「あ、いや。すんません。でもつまりそれって……」
「損傷部位が再生している、と言うことであるな」
そんな事が出来る存在は現時点では二種類しかない。
魔女か、魔神かである。
そして魔女が内陸部では出現しない以上、この人型は魔神である、という可能性が非常に高くなる。
「……まあ、想像した通りの存在かどうかは、我輩疑問であるがな」
「じゃあどうします?」
「気は進まないが、バトルコスモスに運ぶのである」
「了解。じゃあ引きちぎるか……」
◆
それが数時間前のやり取りである。
既に日が暮れ、月が高い位置にきた頃。
負傷者の対処も一段落ついたバトルコスモスに、シュデムの文字に起こせないような絶叫が木霊する。
とても人間が発したとは思えないような声はそれを発した本人であるシュデムすら驚いた様子を見せる。
「どうしたんすか、シュデムさん」
「不味い不味い不味い。不味いのである!」
機体の整備をしていた整備士に声をかけられても、シュデムはぶつぶつと呟き続け、反応がない。
「推論である。これは推論である。状況証拠をかき集めておったてただけの簡単に崩れるものである。それはもうトランプタワーのように! ……よし、少しふざけて落ち着いてきた。だが、不味いのである。万が一この推論が的中してしまっていたら不味いなんてものではないのである」
時間の事など気にしていられない。迷うことなくモフモフを手に取り、ガドルを呼び出す。
「突然だがサンプルの調査結果から推測できる範囲での情報を主要な人間で共有したいのである。それと、あの件についての情報開示も」
シュデムの要請によりブリーフィングルームに人が集められ、彼等には皆分厚い資料が手渡された。
それは今回回収した人型についての報告書――ではなく、パステークの遺跡でシュデムと飛燕小隊が持ち帰った先史文明の記録についてである。
「いや、なんていうか……」
「誰かの日記かなにかとしか」
ヴィールとトリアは困惑した様子でありながら何とか言葉を発する事ができた。
一方で当時配属すらされていなかったラミターとディウフは言葉すら出ず、目を丸くするばかり。
「実際、それは日記みたいなものだ。本来なら信用に足る証拠とは言いがたいが、何分現代においては神話になるほど過去の出来事を記録したものだ。信じないことには始まらない」
「それに、その記録を裏付ける物的証拠と遭遇した人間がいるのである」
「……私達、飛燕小隊と」
「私か」
飛燕小隊とウーノが遭遇した存在――つまりは魔神シオウルである。
「それだけではないのであるな。というか、それこそ今回の本題であるな」
そう言いながらシュデムはシャーレに入った金属片を二つテーブルの上に置く。
「これは……?」
「魔神同士の戦闘跡地……と思われる場所から採取された金属片である。そしてこっちがヴィール・アルバアが発見・撃破した人型の装甲の一部である」
それだけ出されても、ブリーフィングルームに集められた面々は首をかしげるだけであったが、トリアとウーノは違った。
「これ、似てる……」
「似てる? どういう事だ嬢ちゃん」
「言葉通りの意味よ、苦労人さん。この二つは纏っている雰囲気が極めて近い。私は感覚的なものだけど、そっちのお嬢さんは違うんでしょ?」
「……」
トリアはウーノを睨みながらも無言で頷く。
「まあ、もっと分かりやすいのを見せるである」
二つのシャーレの蓋を外し、シュデムは懐から新たな金属片を取り出し、それをそれぞれのシャーレに落とす。
変化は直ぐに訪れた。
魔神同士の戦闘跡地から回収された金属片は落とされた金属片と引き合い、ゆっくりと溶け合って一回り大きな金属片に変化した。
だがもう一方の金属片――今回ヴィールが回収した人型から採取された金属片は全く違う反応を見せた。
落とされた金属片と引き合うまでは同じであるが、触れた瞬間に膨張し、落とされた金属片を飲み込もうとし、落とされた金属片もまた膨張し飲み込もうと暴れだす。
「ちょっ、大丈夫なんですか?!」
「案ずるな、シオ・シラギク。直ぐに収まる」
その言葉通り拮抗していた勢いに乱れだし、後から落とされた金属片が完全に飲み込むと、収縮を始めもう一方と同様に一回り大きな金属片となった。
「なんだったんだ、今のは……」
「後から落とした金属片はパステークの戦闘のあと回収されていた金属片である。つまり、九割九分シオウルの装甲から剥離したものであるな」
「……あ、そうか。だからこんな反応をしたんだ」
そこでエクウスが気付く。
「どういう事だ、エクウス? おつさんにもわかるようにしてくれ」
「抗体ですよ。ほら、体内に入った病原菌やウイルスなんかを撃退するあれです」
「抗体だぁ? んなもんがあるってのか、魔神に? いくらあれが規格外の能力があったとして、所詮は機械だろ?」
「自己再生、自己増殖、そして自己進化。それができる機械はもはや生物である。そして生物であるならば、免疫機能を持っていても不思議ではないのである」
そうシュデムは言うが、納得できていないという空気が漂っている。
「まあ、問題はそこではないのであってだな。二種類の金属片を調べたところ、性質こそ酷似しているがその構造は大きく異なる。シオウルのものは限りなく動物に近い構成をしているが、もう一方の金属片は植物に酷似していたのである」
「構造って、この短時間でどうやってそこまで調べたんだお前は」
「大天才に不可能はないのである。かなり骨は折れたであるがな」
驚愕に値する。だがそれ以上に呆れてしまい、ガドルは顔を覆った。
「で、だ。思い当たる部分はないか? なあ、ヴィール・アルバア」
「……そういえばあいつの下半身は」
「地面に埋まっていた……」
ヴィールの言葉にディウフが続く。
「しかも回収するときに引きちぎれた部分は地面の中。どれだけの規模があるか不明のままである」
「それじゃあ、まさか……」
そこから再生する可能性がある、という事。
魔神が、復活する。それを認識した瞬間にブリーフィングルームがざわつく。
「落ち着くのである。あの魔神らしきものはプレスガンと魔法の一斉射で撃破できたのである。だからこそ、我輩の推測――いや現段階では妄想でしかない話を聞いても落ち着いて欲しいのである」
「言ってみろ、シュデム・セイツェマン」
「……オウカ全土にあれと同じもの、または魔神にかながりなく近い何かが出現する可能性があるのである」
「なっ――!?」
あまりにも突飛な言葉が飛び出し、誰しもがどう言葉を紡げばいいかわからずつまる。
そんな中、レンナが真っ先に言葉を放つ。
「その根拠はなんですか」
「オウカやその近隣諸国に生息する植物にタケというものがあったと我輩は記憶している」
「竹? 竹がどうし……て」
レンナの顔が青くなっていく。
ウィスタリア王国出身者には馴染みのない植物の名前だった為かいまいちピンと来ていない様子ではあるが、オウカ国出身である飛燕小隊の面々は理解しはじめていた。
「まさ、か……じゃあ、だとしたら!」
「落ち着けお嬢。まだ確定じゃねえ」
「ですがゴウトさん」
「これはあのあんちゃんの妄言だ。そう言うことにして今は冷静に、な?」
「………はい。すいません」
レンナの取り乱しかたからして、彼女が気付いた何かはかなり悪いことなのだろうと、流石に誰もが理解できた。
「あー。ちょっといいかな、天才少年。私たちにも解るように説明してくれると有難いんだけど?」
「ウーノ・アハット。貴様ならば気付いているとは思うが……はあ、いい。確かに説明不足であるな」
軽く咳払いし、シュデムはあらためて説明を始める。
「タケという植物は生息地を広げる際に地下茎を広げ、数を増やす。たった一本のタケさえあれば、あっと言う間にタケの林が出来上がるほどその繁殖力はすさまじい。で、だ。それと同じことが魔神にも出来るとしたら?」
その瞬間、誰もがレンナの行き着いた答えにたどり着いた。
たった一本あれば林が出来上がる。つまり、ヴィールが倒したものは増えたものであり、成長過程にあった為に倒せたのだ。
そしてそれは同時に、すでに最初の一本が――魔神の本体がオウカ国に持ち込まれているという事である。
「先にも言ったが、現段階では妄想である。だが……」
あり得ない話ではない。
「確証が欲しい。少なくとも、この場にいる人間が納得できるだけの。だからこそウーノ・アハットを呼んだのである」
「ああ、なるほど。確かに断片的とはいえそれだけの情報があれば未来の予測は不可能じゃないのか」
一同の注目がウーノに集まる。
「口に出すと結果が変わることがある事を承知して欲しいのだけど、多分正解。オウカ全域に何かが現れる。それは間違いない」
ウーノの言葉に一瞬ざわついたが、すぐにガドルは思考を切り替えた。
「詳しい場所はわからないのか?」
「無理。さっきも言ったけど口に出すと結果が変わるし、何より相手の姿や能力の情報が不足しているのよ。だから被害の推測はできても、オウカ全域を警戒しろとしか言えないわ」
しばし考え、ガドルは方針を打ち出す。
「早期発見できれば通常火力でも対処可能なんだな?」
「ヴィール・アルバア達がそれを証明しているのである」
「なら、やることは決まっている。動かせる戦力をすべて使ってしらみ潰しにするだけだ」
ガドルはそう言って余裕のない笑みを浮かべた。
「だがオウカの正規軍は動かせないぞ。ルー女王だけなら信じてくれるだろうが、その下まで納得させられる気がしねぇぞ俺ぁ」
「正直、ガキの戯れ言で片付けられて終わるでしょうね」
ゴウトやウーノの言うとおり、現状ではシュデムの妄想の域をでない話である。
だが、あり得ない話ではない。しかも起きてしまった場合は最悪である。
「だが調査は必要だ。広範囲を一気に調べる事になるが……頭数が心許ないな」
調査範囲はオウカ国全土。
ウィスタリア王国と比べれば小さいとはいえ、いちいち調査隊を派遣するのは現実的ではない。
それに魔神の妖体とも呼べるあの人型に遭遇した場合に備えてヘクスイェーガーは必ず必要になる。
「シュデムセンパイ、ちょっといいッスか?」
「うん? なんだラミター・パラヴィーナ」
「頭数が足りないならアルブスで水増しできないんスか?」
「……あ」
「あと、魔神の反応だけ探知できるようなセンサー作れないんスか?」
ラミターの言葉は目から鱗。その発想はなかった、と言うわけではなく、そんな馬鹿馬鹿しいほど単純な答えにたどり着かないほど精彩を欠いていたのだろう。
「ガドル・ストール! 各艦のメカニックを集めて欲しいのである!」
「……やれるのか?」
「やってみせるのである」
「わかった。と、なると……」
魔神に関する情報をオオハルシャ及びキバナと共有して、今からやろうとする事に納得して貰わなければならないだろう。
「四の五の言ってられん。シュデム・セイツェマン、面倒後とは自分が引き受けた。頼むぞ」
「当然である。アルツ・エナム、貴様も手を貸すのである」
「騎士各自も手が空いているときは手伝いますよ」
ひとまずは明確な目的ができた。
そこからの行動は早い。それがバトルコスモスの――この艦隊の特徴であり長所である。




