燻る災厄
巨人同士の戦闘により一つの街――カミラが焼失した事が女王ルーの耳に届いたのは事件の翌日であった。
報告された巨人の特徴から一方はシオウルと断定。これによりその戦闘が魔神同士による戦闘であった可能性が浮上した。
だからなのだろう。そこから調査隊と救援部隊が派遣され、現地に到着するまで半日とかからなかった。
最大の理由はそれらの大人数の部隊を一度に運べる移動手段が容易に確保できたという理由が大きい。
何せ、その移動手段というのが魔神シオウルと因縁のある人間ばかりであるバトルコスモスを旗艦とするコスモス艦隊である。
この艦隊に所属する艦艇は、皆本格的な病院とはいかないまでも大人数を収容できて治療も行える医療設備を持つ。戦闘を目的としたバトルコスモスよりも、居住性にも一定以上の配慮をしているオオハルシャとキバナに関しては移動病院といって差し支えないほどだ。
だが、いざ三隻の艦艇が現場に到着してみれば――誰もが言葉を失った。
「トリアージ急いで。緑はバトルコスモス、黄色はオオハルシャ、赤はキバナに。搬送が危険な場合を除いて順次搬送を」
「キバナにまで運んでられない。テントで手術をする。準備してくれ!」
「いいか、生きているなら絶対に死なせるな! 一人たりともだ!」
半日以上放置された形になった被災者達は、各々の症状を悪化させていた。
多くは重度の火傷。また瓦礫などとぶつけたことによる骨折や裂傷。
そういったものが何の手当てもできないまま放置され、その命を蝕んでいったのだろう。
「これでは状況を聞き出すこともままならんか」
「……無理。軽傷者であっても記憶の混乱が見える」
ガドルはエルアに生存者から何か情報を聞けないか、と訪ねたがそう返ってきた。
無理もない。自分達の住んでいた場所が一瞬にして大部分が焼失し、残った部分も廃墟と化し、目の前で壊滅したのだから。
心的外傷後ストレス障害。多くの住民がそのような症状を大なり小なり抱えている。
だというのにそんな人間から事情聴取など、拷問以外の何物でもないだろう。
と、なれば調査隊が爆心地の状態から何かを見つけてくれることを期待するしかない。
さて、その調査隊であるが――。
『あー、テステス。こちら調査隊に同行している大・天・才ことシュデム・セイツェマンである。早速途中報告のお時間であるな』
モフモフを通じてたった今、報告が入った。
「待っていた。判った事はあるか?」
『ぶっちゃけ、知りたいことは何も。ただ街を吹き飛ばした攻撃にはある程度予想がついたのである』
「と、言うことは……」
過去に類似する何かをシュデムは見たことがある、という訳である。
だがおおよその予測はできる。魔神の攻撃だ。
パステークでは直接地上に放たれたわけではなかった為その脅威を正確に測れなかったが、実際に地上目掛けて放たれた痕跡を確認すればその威力が現在の人類の技術では到底再現できそうにない。
『広範囲を吹き飛ばすほどの魔法ならば起きて然るべきエーテル流の乱れが無いことから、そうであるとしか考えられない、というのが我輩達の見解であるな』
「了解した。それで、対外的にはどう説明するつもりなんだ?」
『粉塵爆発が可燃性のガスへ引火して大爆発。そういう事にするようであるな』
当然そうするだろう。魔神が国内に現れた、と言うだけでも対外的には絶大な影響がある。
特に全世界に宣戦布告をしたアドルミデラが魔神を保有していると宣言した今となっては、魔神に攻撃されたという事実は彼らの侵入を許したと解釈されかねない。
尤も、いくら情報操作しようとも、この一件にアドルミデラが関わっているのならば彼等がなんらかの行動を起こすのは目に見えている。
「いま重要なのはどんな状況にも対処できるように構えること、か……。いや、だが」
『いくら魔神同士の戦闘があったからとはいえ、いくらなんでもあっさり過ぎる、であるか』
生存者の話を信じるなら、一方の魔神は倒されたという。
だが、だとしてもそれですべてが終わったとはどうしても思えないのだ。
仮にガドル等が想像する通りだとしたら、いまの戦力で果たして足りるのだろうか。
ガドルが知りうる限りで最強の騎手であるウーノの攻撃ですら全く通用しなかった相手に、たった三隻の大型艦とその艦載機。それにオウカ国の総力を合わせても怪しいのではないか。
(いかんな……)
ガドルは先の戦いの事を思いだし、それですら手一杯だったのに魔女以上の脅威となりうる魔神に対して何ができるのか、と問う。そして、直ぐに結論を出してしまう。
――無理だ。
あのとき相手した魔女は特殊だったかもしれない。だが、そんな事は魔女との戦いにおいては日常茶飯事だ。言い訳にはならない。
それに相手が魔女ならばまだ勝てるかもしれないという希望が持てる。何故ならば自分達がいまなお生き続けている事こそ、人間が魔女との戦いに最終的には勝利し続けてきた証であり、どんな魔女であっても倒すことができるという証明なのだ。それは最強の魔女アゲートであっても例外ではない。
だが魔神はどうだ。
神話や伝承でのみ語られていた存在。
あまりにも情報が少なく、そして得られた情報も僅か。
その得られた情報も対峙する気力を削ぎ落とすのには十分すぎる。
こちらの攻撃は通用せず、ヘクスイェーガーを一撃で消滅させることのできるような攻撃ですら耐えきる。
「……また判ったことがあったら連絡をくれ」
『了解である』
ガドルとの会話を終えたシュデムは爆心地へ駆け降りる。
「魔神の戦闘の跡地を見るのは二度目であるな」
一度目はパステーク。何らかの高熱源体同士が衝突して爆ぜた痕跡であった。
それは魔神シオウルと魔女アゲートの攻撃がぶつかり合った結果であり、両者のエネルギーが起こしたものである。少なくとも、シュデムは現場を実際に目にするこの時まではそう考えていた。
だが違う。魔神は単独でも、パステークの大地をえぐった爆発程度の攻撃は可能である。その証拠が、今目の前に広がっている。
「シュデムさん……」
「エクウス・セイラン。気落ちするな、とは言わんが今は耐えるであるな」
「……はい」
母国の大地が、街が消し飛んだという事実はエクウスにとっては受け入れがたいものであった。
いや、エクウスだけではない。大なり小なり、オウカ国の者なら誰でもそうだろう。
消失した街カミラに友人がいた者がいる。家族がいた者が、恋人がいた者が、あるいは故郷だった者がいる。
ある意味では他の事を考える余裕がなくなる救援隊――特に医療班のほうが、気分としては楽だったのかもしれない。
(……そう思えるのは我輩が部外者で、従事者ではないからであるな)
思考を切り替える。
今優先すべきは現場の状況から少しでも情報を持ち帰ることである。
「魔神同士が戦えばこんなことになるんですね」
「それは違うのである。これが魔女との戦いであったとしても、ヘクスイェーガー同士であっても、その戦闘に使われる魔法や魔女の攻撃も、街を直撃すれば惨劇を起こすのは変わらないのである。だからこそ国土に踏みいられる前に迎撃するのであるが……いや、それはいい。重要なのはこれほどの規模の被害をたった一回の攻撃で出来てしまう魔神の攻撃力と、それにすら耐えきる防御力である……な?」
魔神の能力について語った直後にふと気付く。
今回ほどの攻撃が可能であるならば、パステークでの被害は小さすぎる。
ならば何らかの要因でシオウルが本気を出せなかった、と考えるのが自然だ。
仮にあの時本気のシオウルがアゲートの相手をしていれば、あの場で倒しきれていたのではないか。
ではその本気を出せなかった理由は何か。
考えられる可能性は二つ。
一つは、あの時覚醒したばかりで本調子ではなかったという可能性。だが魔神には自己修復能力があるため、長年封印状態だったとしても機能不全を起こしたという可能性は極めて低いだろう。
ならもう一つの可能性――わざと出力を落としていた。だとすれば何故。
(その場に居た飛燕小隊を巻き込まないように出力を調整した?)
そう頭に浮かんだ瞬間、シュデムは背筋に電流が走ったかのような感覚を覚える。
「どうしたんですか、シュデムさん」
「い、いや。まさ、か。だが、だとするならば……」
積極的に行われた近接攻撃、ウーノの初撃にのみ怯んだような素振りを見せた事、攻撃を受けたにも関わらず一切ウーノへ攻撃しなかった事、威力を落とした攻撃や、去り際にわざわざ胸部を開いて取り込んだアディンの姿を見せるという不可解な行動。
シュデムは実際にその光景を見たわけではなく、当事者たちの証言からの推測にすぎないとは重々承知している。
だが、その希望を多分に含んだ推測を、信じたいと思ってしまう。
「フ、フハハハハ! 我輩も存外にロマンチストであるな!」
「なんですか、急に!? 情緒不安定にも程がありますよ!」
「なぁに、ちょっとした事である。仮にも科学を扱う人間であるにも関わらず、非科学的な事を信じたくなった。ただそれだけの話なのである」
自身が至った希望。それを口にして要らぬ期待を抱かせてもしょうがない。確証が得られるまで、まだこの希望は自分の胸に閉まっておくことにしよう。
「さあて、気合いをいれて調べるのである!」
◆
同時刻。カミラ跡地から少し離れた渓谷を十機ほどのヘクスイェーガーが超低空飛行で駆け抜ける。
大気中のエーテルとエーテルリバウンダーから吹き出すアンチエーテルの衝突によって起きるエネルギーの奔流が川の水を巻き上げ、霧を作り出す。
実際はそう見えるだけで、川の周囲に密集した水属性の元素がアンチエーテルとの反応で活性化したエーテルに刺激されて瞬時に水を作り出し、それが狭い渓谷内で行き場をなくしたエネルギーの奔流に巻かれて霧状になっているのだが。
しかし何故そんなところをヘクスイェーガーが飛んでいるのか。
その答えは、戦闘の機体目掛けて放たれた《ハイドロレーザー》にある。
「……っあぁ! 容赦ねぇッスね!」
追われている機体アトロフォスを操縦するディウフ・エルドブレは絶叫する。
当然だ。貫通力に優れる《ハイドロレーザー》の直撃なんて受ければ、確実に機体のどこかに風穴が空く。
それどころか当たり所によっては即死する。
仮にも主任務が周辺偵察であり、そのついでに行われているディウフの習熟飛行を兼ねた模擬戦で飛んでくるような魔法ではない。
「変な避け方をすれば当たるぞ。こっちは一応、当たっても問題のない所を狙ってるんだから」
アトロフォスを追うのはヴィールのアルトエミス。その後ろにはディウフの同期達の操るヘスティオンがプレスガンを構えて迫り、さらに後ろにはオオハルシャとキバナと共に合流したズワウルが数機続く。
追う側であるはずの彼等ではあるが、ヴィールとは距離が開いている。
理由は二つある。まず地形が狭く曲がりくねった渓谷であること。これによって各機は思うように速度が出せない。
かつ超低空飛行であるため少しの操作ミスで墜落してしまうというのもあり、速度を出すことまで意識が回せないのだろう。
そして二つ目。ヴィールがやり過ぎている為、下手に近付いて巻き込まれたくない、である。
「せめてもっと威力の低いヤツでやって欲しいんスけどねぇ!」
「水属性攻撃魔法に威力の低いヤツなんてそうそうねぇんだわ」
そう言いつつ、ヴィールは再び《ハイドロレーザー》を放つ。
発射直前のタイミングでアトロフォスが急上昇し、《ハイドロレーザー》を回避。すぐさま急降下してアルトエミスの背後に回る。
「とった!」
「残念、少し遅い」
アルトエミスに当てるつもりでキャストブレードを振り下ろしたアトロフォスであったが、振り下ろした筈の右手はディウフの意思に反して跳ね上がり、大きな隙を見せてしまった。
一瞬何が起きたか理解できなかったが、右手に伝わった感触から推測できた。
「《エアシールド》の多重展開?!」
「正解。これができるようになると、マジで便利だぜ?」
詰みだ。
目に見え難い《エアシールド》に弾き返された、とディウフが理解すると同時に、アルトエミスのキャストブレードはアトロフォスの喉元に突きつけられていた。
「まあ、模擬戦はいつでも出来る。習熟飛行としちゃ過激だったけどな。さて、と」
構えを解き、ヴィールはブレードを鞘に収めると即座にプレスマシンガンに持ち変え、何もいない筈の方向めがけて発砲した。
直後、金属同士のぶつかる音が渓谷に響き渡った。
「総員構え! 俺の撃ってる方に弾でも魔法でもいいからぶっ放せ!」
ヴィールが叫ぶ。
訳もわからないまま、各機はその指示に従い見えないなにかに向かって攻撃を始めた。
無数の攻撃を受け、攻撃された何かは爆発を起こし、沈黙する。
「攻撃止め。……確認しにいく。周囲の警戒は任せた」
アルトエミスが爆発地点へ向かって歩き出す。
未だ爆発で巻き上げられた土埃で視界が塞がれているが、それを《アクアスフィア》を展開し、それを弾けさせることで洗い流した。
「……なんだ、これは」
そこでヴィールが見たものは下半身が地面と一体化した人型の何かであった。




