燃えるオウカ 序
空間を裂いて現れた巨大な腕が、拘束された状態のアルテリアめがけて真っ直ぐ伸びる。
腕に遅れて本体――魔神シオウルが現れると即座に的確にアルテリアの胸部に狙いを定め、指を束にして手刀を作る。
それが直撃すれば必殺の一撃だろう。
何せそれは刀というよりは槍。突き穿ち確実に相手を破壊する事に特化した一撃だったのだから。
だが、出現時の勢いをそのまま残した手刀による刺突はアルテリアに当たることはなかった。
『――――!!』
ガコン、という音と共にアルテリアの拘束具が根本から引きちぎられ、落下。
自由になったアルテリアはバインダーを動かし、それによってシオウルの身体を弾き飛ばし、壁に叩きつける。
そこへアルテリアはバインダーの内側を向け、無数の光線を放った。
膝をついたまま体勢を立て直せていないシオウルへ殺到する光。
避けることも叶わず、直撃を受け周囲に弾かれた光線が飛び散り床や壁を溶かしてゆく。
「アルテリア! 私を乗せろ! 最大の障害たるシオウルを共に討ち倒そうぞ!」
アルテリアの足元にいた男が叫ぶ。
それに答えるようにアルテリアは男を見下ろすと、胸の装甲を開いた。
「おおっ……!」
男は歓喜の表情を浮かべた。
魔神に認められたのだ。そう、思っていたからだ。
だが、それは幻想でしかなかった事を知ることとなる。
「ひっ……?!」
操縦席と思われる場所から現れた触手。
それが男に向かって伸び、その身体を締め上げる。
「な、なにを?! 離せ、離せアルテリア! 私はお前の……」
言葉を最後まで口にすることも出来ないまま、男はアルテリアに食われた。
男を取り込んだ直後、アルテリアのバインダーから放たれる光線の出力があがる。
流石に出力の上がった状態では受けきれないと判断したのか、シオウルは尾を振り上げ、勢い良く叩きつけ、その反動で跳び上がった。
突如攻撃対象を失った光線はそのまま壁を穿ち、周囲を融解させたが、対象が回避した事を察知したアルテリアはすぐさま照射をやめ、シオウルを探す。
普通なら跳び上がったのだから上にいるはずである。当然のようにアルテリアもその視線を上に向けた。
だが、そこには何も居なかった。
直後に背後から尾による横薙ぎの一撃を受け、アルテリアは転倒する。
脚部が槍のような形状で一体化しているアルテリアにとってそれは致命的な隙である。
そこへ最初の一撃同様に指を束ねたシオウルが腕を引く。あとはそのまま突き出せば、というところでアルテリアはバインダーを地に突き刺すようにして上体を起こして浮き上がった。
そして、バインダーを二つ全面に構え盾にしつつシオウルめがけて突撃。壁に叩きつけると、残る二つのバインダーの先端にエネルギーを集中させ至近距離で光線を放った。
抑え込まれながらもシオウルも下腹部にエネルギーを集束させはじめて、それを放った。
シオウルから放たれた光線は、光線を押し返すだけでなく、盾にしたバインダーに命中し機体そのものを押し返し、天井に叩き付ける。
光線はそのまま天井を貫き、大穴をあける。
シオウルから放たれた光線が消えると、アルテリアの姿はなかった。
だが倒せたわけではない。この程度で倒せるならば、魔神と呼ばれていない。
――逃げた。そう確信し、シオウルは自らが作った大穴へと飛び込む。
周囲の状況など見えない状態であり、罠が仕掛けられている可能性もあるはずだが、全く気にする様子もなく突き進む。
だがふと、動きを止めた。それと同じタイミングで閃光がシオウルの視界一杯を白く染める。
先にこの穴を通り抜けた場所で待ち構えるアルテリアの攻撃であることは疑いようがなかった。
流石に相手も魔神である。シオウルも直撃を受け続けては耐えきれないのは明白。
ならば、どうするのか。
――強引に突破するのみである。
光線の直撃を受けながらも、手を伸ばし、爪を突き立て這うように直進する。
速度をあげればあげるほどシオウルの装甲は焼け爛れてその機能を失っていく。
だが、その直後に装甲が再生していく。
自己再生能力。それを使った強引な解決手段。ようはゴリ押しだ。
『――――――!』
咆哮が空気を揺らし、シオウルは空へと飛び出す。
そこで待っていたのは、自身を滅ぼそうとする無数の触手。
殺到する殺意。それらを下腹部から放たれる熱線で焼き払う。
その一瞬の攻防の後、直前までアルテリアの光線によって焼かれた装甲が再生し無傷の状態になったシオウルと、同じくほぼ無傷のアルテリアと睨みあう。
そして、静寂はすぐに消え去り金属同士が激しく衝突する音が幾度となく繰り返される。
幾度目かわからない暴力の応酬。
それは、シオウルがアルテリアの触手に絡めとられ、投げ飛ばされるまで続いた。
シオウルが投げ飛ばされた先にあったのは――――街だ。
それに気付くよりも、体勢を立て直すよりも早くアルテリアの光線が殺到した。
◆
その日を振り返る事が出来るのならば、或いは少し考えることが出来たのならば異変に気付けただろう。
惑星エアリアにおいて――大地が空に浮いているこの惑星において、大地が揺れるなどありえない事なのだから。
だが不幸にもこの街の近くにはエアリウムの鉱山があり、エアリウムの採掘によって揺れることがよくあった。
故にいつものことだ、と勘違いしてしまい、事態の発覚が遅れた。
大地から伸びた光の柱。それを目にして初めて、住民達は異変に気付けたのだが、その時には既に逃げる時間などなくなっていたのた。
彼らの不幸は、異変に気付けなかったこと。
そして何より魔神同士の戦いが自分達の居住地のすぐそばで起きてしまったこと。
誰もが異変に気付き、空を見ていた。
誰もが落ちてくる巨人を見た。
そして多くの者は、眩い光を最期に見つめ――その光にのまれて消えた。
大地を穿ち、街を燃やし、空気すら灼熱に変えていく。
平和な街は一瞬にして灼熱の地獄へと変貌した。
赤く燃える廃墟の中から、巨人が立ち上がる。
幸か不幸か生き残った人々には、それがこの惨状を作り出した悪魔のように見えただろう。
だが、真の悪魔は――空にいた。
◆
シオウルが炎の中から立ち上がり、空を睨む。
視線の先にいるアルテリアは再び光線を放ち、追撃を仕掛けてくる。
咄嗟に尾で地面を叩いて跳び上がり攻撃を回避する。
すかさず自身の肩に手を伸ばし、飛び出してきた突起を引き抜く。
それはシオウルの肩から引き抜かれたとは思えない、質量を無視した大きさの棒となり、それを握りしめアルテリア目掛けて振り下ろした。
その一撃をアルテリアはバインダーで受け止めるが、その際にがら空きになった胴体にシオウルの尾が絡み付き、締め上げる。
だが、胴ががら空きになっているのはシオウルも同様である。
その隙を見逃さず防御に使わなかった二つのバインダーを突き出し、攻撃を仕掛けた。
――誘われたと言うことに気付けず。
『……!?』
バインダーがシオウルに当たる直前。締める力が増し、胴体がへし折れる。それによりバインダーは当初とは異なる軌道を描き、かつシオウルの下腹部にある光線の発射口とアルテリアの胴体が一直線に並んだ。
瞬間。眩い閃光が放たれた。
生半可な攻撃では倒しきれないことは明白である。
だが、その閃光は今まで放ったどんな一撃よりも強烈であり、例え魔神であろうともその熱量を前にしては無惨にその身を焼かれるしかない。
閃光が消えると、そこにはシオウルの尾に捕まれていたアルテリアの下半身のみが残されていた。
残された下半身を放り投げ、それ目掛けて光線を発射し完全に焼却した。
敵の消滅を確認したシオウルはゆっくりと降下を始め、足元の空間を歪め、その中へと消えていった。
◆
魔神同士の戦いを、その一部始終を見ていた男がいた。
魔女との戦闘とは違い、一挙手一投足が災害規模にも匹敵しうる暴力と暴力のぶつかり合い。
近付く事に躊躇いを覚えるほどに激しく、場数を踏んだ兵であっても足がすくむような光景を目の当たりにしながら、男は疎ましそうに見ていた。
「……どこぞのバカが先走ったか」
「せっかく仕込んだというのに、以後はオウカに警戒されてしまいますな」
男は気配もなく現れた声に驚いた様子もなく、振り返らずにただ大きな溜め息を吐いた。
「気配もなく現れるなと言っている」
「失礼。何分、背中を見れば一刺したくなる性分故」
やや猫背気味で痩せぎすな男は、表情一つ変えず、声色に感情物せずに笑えない冗談を言う。
「して、計画は如何に」
「あのような紛い物でもシオウルの介入を招き、それに拮抗できるのだ。戦力としては十分であると見るが」
「では、早めるということでよろしいか」
「一週間後だ。伝達、急げよ」
「御意に」
直後、足音も立てずに痩せぎすな男は姿を消す。
残された男は、魔神たちが去った跡に残された廃墟を見つめうっすらと笑みを浮かべる。
「素晴らしい。デファンス様、我々は素晴らしい魔神を手に入れました! これならば、我々はどんな国とも戦える!」
男は空を仰ぎながら、隠しきれない歓喜を口にした。
◆
二体の魔神による戦闘。
その余波により街一つが消滅した。
決して小さくない被害ではある。だが、これから起きる出来事に比べればこの程度、序章でしかない。
この戦いはあくまでも序章。これからこの場所――オウカ国は更なる戦禍に巻き込まれる事になる。
そう、後にオウカの火事件と呼ばれるこの一件をきっかけに。




