秘密の彼氏
蒼士が双子だと知った優愛。弟の人気俳優蒼馬のことが好きだったはずなのに、突然、兄の蒼士にキスされてからというものの、蒼士が気になり始めて……。
「優愛。神崎君に伝言、言えたの?」
教室へ戻ると、美緒は、あたしが戻ってくるのが遅いのを心配して駆け寄ってきた。
「あっー」
すっかり、忘れていた。
「どおりで、神崎君が教室へ戻ってくるのが早いと思ったら。優愛は、何処に行ってたのよ」
「蒼士君に言いには行ったんだけどー、びっくりすることが……」
さっき、口止めされていたことも忘れて、喋りそうになった時だった。
「西本!俺に話、あるのか?」
いつの間にか、蒼士君が、怖い顔で立っていた。
「えっ、あ……、先生が職員室に来るようにって」
あたしは、慌てて話を変えた。
『秘密は、守れよ』
蒼士君は、あたしの耳元で囁くと、さっさと教室から出て行った。
耳元で、囁かれただけなのに、ドキッと心臓が高鳴っている自分に気づく。
キスされただけで、何、ときめいているのよー!
「へー、珍しいね。神崎君から話かけてくるなんて」
美緒は、意外そうな顔であたしを見た。
「たまたま、あたし達の話が聞こえたからだよー」
「でも、何か優愛に対する態度が違うんだよねー。何か、あったんじゃないの?」
「き、気のせいじゃないかな……。何もないし」
あたしは、慌てて苦笑い。
「本当に何もないの?」
もう一度、聞いてくる。
「うん」
あたしは、少し間をおいてから頷いた。
「よかったー!」
美緒は、ほっと胸をなで下ろした。
美緒が想像していた蒼士君と違っていて、興味を示すようになったとは言っていたけど、少し様子が変だ。
「神崎君のこと見ているうち、段々、好きになっちゃった」
あいつのことが好き!?
「美緒ー。あいつは、やめておいたほうがいいよ。美緒が思っているような奴じゃないよ」
つい、わかっているような口振りで言ってしまった。
「優愛。どうして、反対するの?本当は、神崎君のこと好きなんじゃないの?」
「まさかー!どうしてあんなやつ」
あたしは、慌てて否定した。
「じゃあ、あたしが神崎君に告っても、後悔しない?」
「えっ、告白するの?」
あたしは、びっくりして美緒に目を向けた。
「神崎君は、芸能人だし、今すぐってなわけにはいかないけど、時期が来たらね」
「……」
時期が来たら、告白するんだ……?
急に、胸の辺りがモヤモヤしてきた。
やだ、何だろう。この気持ち……。
「俺と、ずっといてくれないか!?」
テレビから、蒼馬君の声が流れてきた。
今日は、日曜日。ラブヒットの再放送の日。
ソファーに寝そべりながら、テレビを観ていた。
蒼馬君のドラマは、何度見ても飽きないんだよねー。それにしても、双子だけあって、2人で並んだら見分けがつかない。おまけに、声だって似てるし。
でも、どうして蒼馬君がじゃなくて、蒼士君が歌っているんだろう?
その時、携帯の着信音が鳴り響いた。
「もしもし、優愛ー?」
相手は、美緒だった。
「美緒。どうしたの?」
「ねえねえ、商店街に一緒に行かない?」
「いいけどー。何かあるの?」
「ぶらっとディナーに、蒼士君が出演するみたいで、これから、テレビの収録があるんだって」
ぶらっとディナーは、各、お店などに行って食べ歩く番組だ。
「じゃあ、商店街のゲートの所で待ってるね!」
実際、蒼馬君に会ったら、美緒はどう思うんだろう。
「美緒!ごめん。お待たせ」
あたしが、到着する頃には、もう、撮影が始まっていた。
「優愛、早く!今、蒼士君は和菓子屋さんに入って行ったところだよ」
美緒は、和菓子屋の方を指差した。
和菓子屋の前には、テレビスタッフさんやカメラマンの人達。その人達を囲んで、ギャラリーの人達もいて、中を覗ける状態じゃなさそうだ。
「さすがに、そうは近づけないかー」
美緒が、残念そうに言った。
「でも、店を移れば、ギャラリーの人達も、いくらか、少なくなるかもよ」
あたしは、呑気そうに言う。
「そっかー、そうだよね」
美緒は、納得した顔で頷いた。
何分、経っただろう。
蒼馬君が、アナウンサーの人と和菓子屋から出てくるのが見えた。
「蒼士君は、和菓子が大好きだって聞いたんだけど、さっきの栗ようかんは、どうでしたか?」
アナウンサーが、蒼馬君に感想を聞いた。
「いくらでも、食べられる感じで、美味しかったです!」
蒼馬君は、愛嬌よく受け応える。
「やっぱり、テレビの影響って大きいねー。学校の蒼士君とは、別人のように見えるし」
美緒が、ボソッと呟いた。
本当は、双子の弟なんだよねー。でも、口止めされてるし言えない。
それから、しばらく撮影が続いた。
蒼馬君が、何件かお店をまわると、休憩時間にはいった。
「休憩だって。蒼士君と、少し話できないかな?」
美緒は、椅子に座って休んでいる蒼馬君の方へ近寄って行った。
「ま、待って!美緒。今、行っても話せないんじゃないかな……」
蒼馬君に近づかせないように、慌てて美緒を引き止めた。
「どうして?」
「どうしてって、あ、ほら!」
言葉がつまりかけた時だった。
「わかった!今、スタイリストさんに髪を整えてもらってるからでしょ?」
「え?」
見ると、いつの間にか、スタイリストさんが、蒼馬君の髪をセットしている。
あたしは、ほっと胸を撫で下ろした。
でも、ほっとしたのもつかの間。髪のセットが終わると、蒼馬君が、こっちに気がついた。
「あれ?優愛ちゃん!」
蒼馬君が、こっちに向かって歩いてきた。
「見に来てくれたんだ?」
蒼馬君は、笑顔で話しかけてきた。
「ひ、暇だったから……」
あたしは、ぎこちなく言う。
「そっちの彼女も、見に来てくれたの?嬉しいなー」
美緒に気づいて、蒼馬君はニコッと笑いかけた。
バ、バレるー!
「そろそろ、時間じゃないのかな!?」
あたしは、慌てて蒼馬君に言った。
「おっと、いけない!優愛ちゃん、今度、デートしようね。じゃあ!」
蒼馬君は、軽く手を上げると急いで戻っていった。
蒼士君、蒼馬君には口止めしてないのかなー。でも、あの軽さじゃ、ポロリと喋っちゃうかも。
「優愛……。あれ、本当に蒼士君?」
蒼馬君が行ってしまうと、美緒は、呆然としたまま口を開いた。
「えっ?」
「だって、チャラすぎるでしょ?学校では笑ったところも、あまり見たことなかったのに。クールな蒼士君は、何処へ行っちゃったのよー?」
美緒が、パニクった状態であたしを見た。
「ほ、ほら。美緒だって、さっき言ってたじゃない。テレビの影響で別人みたいだってー」
「でも、今は撮影していないんだよ?それなのにー」
美緒の頭の中が、混乱している。
どうしたら、いいのよ。この状況!?
大体、どうして双子ってことも、蒼士君が歌っていることも秘密にしておかないといけないわけ?
そりゃあ、歌も演技もできれば、人気も上がるとは思うけど、バレたっていいじゃない。
あたし、蒼士君の歌声だって、好きだし。実際に、CDだって売れている。
「あのね、美緒……」
あたしは、思いきって、本当のことを話した。
「なーんだ。何か、変だと思った」
美緒は、納得した顔で苦笑いをした。
「このことは、秘密にして!あたしが、美緒に話したこと蒼士君にも言わないで」
あたしは、お祈りするみたいに、両手を合わせた。
「任せて!神崎君にも誰にも言わないから。その代わり、あたしの恋にも協力して!」
いきなり、ファーストキッスだって奪うヤツなのにー!
でも、美緒の顔を見たら、そんなことはとても言えそうもない。
「わ、わかった。協力するから」
あたしは、仕方なく協力することに。
「よかったー!じゃあ、あたし帰るね」
「えっ、もう?」
「だって、神崎君じゃないなら、いても仕方ないもの」
美緒は、溜め息混じりに言う。
「でも、蒼士君に直接、話しかけても相手にされないかもしれないし、まずは、蒼馬君に蒼士君の情報を聞いてみたらどうかな?」
ついでに、あいつの弱点も聞いて、あたしにキスしたこと謝ってもらおう!
「じゃあ、優愛。お願い!あたしの代わりに聞いてくれないかな?」
「あたしが!?」
「だって、蒼馬君?苦手なんだもの。ね、お願い!」
美緒は、必死に頼み込んだ。
「わ、わかったからー。何とか、聞き出してみる」
「ありがとう!じゃあ、あと、宜しく」
「えっ、宜しくって、蒼馬君と話せるかどうかわからないってば!」
そう言っているのに、美緒はルンルン気分で、帰ってしまった。
「はあ……」
あたしは、思わず、大きな溜め息が出てしまった。
話せるかどうかもわからないけど、せっかくだから、撮影の見学して行きますか。
あたしは、ギャラリーの方へ行くと、まぎれ込んだ。
ちょうど、蒼馬君が、コロッケ屋さんから出てきたところみたいだ。
「衣がサクサクで、また、食べに行きたいです!」
蒼馬君が、アナウンサーの質問に、笑顔で応えた時だった。
「はい!オッケーです。お疲れ様でしたー」
スタッフの独りが、合図を出した。
撮影が終わると、パラパラとギャラリーが、散らばっり始める。
蒼馬君の方は、事務所の社長みたいな人と、話しているのが見える。
やっぱり、一般人のあたしから、話しかけるなんて無理だよね……。
そう思っていたのに、蒼馬君は、話が終わると、あたしに気づいてこっちに歩いてきた。
「どうしたの?優愛ちゃん。撮影、終わったよ」
「あ、あの。蒼馬君に聞きたいことがあって……」
周りを気にしながら、少し、声が低めに言う。
「いいよ。夜まで空いてるから。でも、いったん、家に帰るから、4時に学校で待っててくれないかな?」
今日は、休みだし、学校に誰もいないはずだ。
「わかったー。じゃあ、校舎裏で待ってる」
校舎裏なら、死角に入って見えないし、見つからないはず。
でも、何か緊張しちゃうなー。人気俳優と、二人りきりで話すなんてー。
「ごめん。遅くなって」
約束の時間に、校舎裏で待っていると、蒼馬君が息を切らしながら、慌てて走って来た。
「ごめんなさい。忙しいのに」
あたしは、すまなさそうに謝る。
「優愛ちゃんの頼みなら、イヤとは言えないもんなー。で、話って何かな?」 蒼馬君は、息を整えるとあたしを見た。
「蒼士君のことで聞きたいことがあってー」
「蒼士のことで?」
「うん。蒼士君って、彼女とかいるのかな?」
やっぱり、聞くとしたらこのことだよねー。
「あのさー。優愛ちゃん、蒼士のことが好きなの?」
あたしの質問に応えず、突然、蒼馬君に聞かれて、思わずブンブン左右に手を振った。
「誰が、あんな奴!と、友達の美緒が蒼士君のこと好きみたいで、なかなか話せないから、蒼馬君に情報を聞いてきてって頼まれてー」
自分で言ってて、何だか胸の辺りがモヤモヤする。
「なぁーんだ、よかった!てっきり、優愛ちゃんが、蒼士のことが好きなのかと思った」
「ま、まさかー」
あたしは、苦笑いをして見せた。
「蒼士に、彼女はいないよ」
それを聞いて、あたしは、ホッとしている自分に気づいた。
何で、あたしがホッとしてるのよー。
「じゃあさ、俺からも聞くけど、優愛ちゃんは、彼氏いるのかな?」
「えっ、何でそんなこと……」
急に、彼氏でもないのに、蒼士君にキスされたことを思い出す。
「彼氏いないなら、俺と付き合わない?」
あたしは、自分の耳を疑った。
「あ、あたしと!?やだなー。からかわないで」
「俺、真剣なんだけどな……。」
蒼馬君は、真剣な瞳で、あたしの顔を見つめた。
「で、でも。どうして、あたしなの?芸能人で綺麗な人が沢山いるのに……」
あたしじゃなくても、蒼馬君と付き合いたいって言う女の子はいるはず。
「ここで、優愛ちゃんに始めて逢った時、一目惚れしたんだよねー」
「……」
大好きだった蒼士君……、ううん。蒼馬君の彼女になれるなんて夢のようだ。
「考えといてくれないかな?」
付き合えるものなら、付き合いたい。でも、相手は普通の人じゃないし、すぐには決められない。
「じゃあ、もし付き合う気になったら、連絡ちょうだい」
蒼馬君は、名刺を差し出した。
見ると、名前の下に携番やアドレスが書いてある。
「そろそろ、時間だから行かないと。じゃあね、優愛ちゃん!」
蒼馬君は、あたしの前に立つとおでこにキスをした。
……!!
突然のことで、あたしはびっくりして、おでこに手やった。
唇じゃなくても、人気俳優にキスされたなんて知られたら、ファーンの子に殺されそう!
でも、兄弟揃ってキスするなんて、あたしどうすればいいんだろうー。
2、3日経ったある日のことだった。
「おはよー。えま」
学校で、知ってる子に挨拶する。
「お、おはよー」
えまは、ぎこちなく挨拶を返すと、さっさと行ってしまった。
あたしが挨拶しても、朝からこんな調子で、みんな逃げるように行ってしまう。
そういえば、廊下を歩いているだけで、みんなの視線が感じる。
「おはよー、美緒。みんなどうしたのかな?いつもと違うんだよね……」
教室へ入ると、自分の机の上に鞄を置いた。
「優愛。まだ、見てないの?」
美緒は、雑誌を机の上に置いた。
芸能スクープやファッションなんかが載っている、人気の雑誌だ。
「これが、どうしたの?」
あたしは、キョトンとした顔で、雑誌をペラペラと捲った。
2、3枚捲っていくと、どこかで見たことがある光景が載っていた。
ーって、どこかじゃなくて、あたしと蒼馬君じゃないですか!?しかも、蒼馬君があたしのおでこにキスしているところの写真が、でかでかと載っている。
あの時、撮られたんだ!
顔は、モザイクがかかっているけど、バレるのも時間の問題かも知れない。
「まさか、蒼士君とじゃないでしょうね?」
美緒は、心配そうに言う。
「違う違う」
あたしは、左右に首を振る。
「蒼馬君かぁー」
美緒は、安心した顔をしている。
でも、ヤバいよね、これは……。みんな、学校にいる蒼士君だと思ってるだろうしー。
「ちょっと、顔貸してくれない?」
案の定、知らない3年生の子達に声をかけられたのは、お昼休みのことだった。
体育倉庫まで呼び出され、あたしは、恐る恐る口を開いた。
「何ですか?こんな所へ連れてきてー」
「わかってるでしょ?どうして、呼び出されたのか」
独りの子が、怖い顔で詰め寄った。
「さ、さあ……」
あたしは、とぼけてみせる。
「蒼士君のことよ!雑誌、見なかったの?蒼士君があんたにキスしてるところ!」
「あれはー。あたしじゃありません!」
「はあ!?あたし知ってるいるんだから。この前も蒼士君とキスしてたの!」
……!!
この前って、蒼士君が無理やりキスした時だ。 あの時も、見られていたなんて、ショックもいいとこだ。
「まさか、蒼士君の彼女なんて言わないでしょうね!?」
「違います!」
あたしが、はっきり言うと、先輩達は、こそこそ内緒話をはじめた。
『こんな子が、蒼士君の彼女なわけないじゃん』
『そうだよねー。だから、蒼士君だって、何にも言わないんだよ』
ーってことは、蒼士君にも聞いたってことか……。
「とにかく、蒼士君には近づかないで!」
ドン!!
先輩達に押されて、ドアが開いていた体育倉庫の中に倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと。何するのよ!」
あたしは、慌てて起き上がろうとした。
「ここで、おとなしくしてなさいよ!また、あんたが蒼士君の周りで、うろちょろされて、週刊誌に載られたら、蒼士君の価値も下がるし!」
先輩達は、体育倉庫のドアを閉めると、カギをかけはじめた。
「ちょっと、やめて!ここから、出して」
あたしは、ドアを開けようと、思いっきり引っ張ってみたけど、びくともしない。
「何で、あたしがこんな所に閉じこめられなきゃならないわけ!?それに、学校にいる蒼士君は、偽物だってばー!」
あたしは、ドンドンとドアを叩いた。
しーん……。
信じられない!置き去りにするなんて。
しかも、今は夏。
天窓は開いているけど、高くて届かないし、これじゃ、完全に熱中症でダウンしてしまう。
「携帯も教室だし、参ったなー」
どこかで、体育の授業があれば、ドアが開くかもしれけど、いつになるかわからない。
あたしは、マットの上に座ると、誰か来るのを待った。
でも、一時間経っても、全然、誰か来る気配はない。
腕時計を見ると、もう、六時間目の授業が始まっている頃なのに、外で体育の授業があれば、話し声や、人の気配だってするのに、全然、そんな様子はないみたいだ。
どうしよう……。このまま出られなかったら。
制服のシャツには、汗がにじみはじめていて、もう限界のところまできていた。
何だか、目の前がふらふらしてきた……。
あたしは、マットの上に倒れてしまった。




