10-2
――右も左も、上も下も。全てが、黒一色に染まっていた。
「ヴェント、ジューメ! どこにいるの!」
「ウィユ」
耳に届いた声に、ユーは体を硬直させた。背後から聞こえたそれに、振り返ることすら出来ない。
「ウィユ、私の愛しいウィユ……」
ユーはただ、首を振るだけだった。クロウをそこに落とし、両耳に指を突っ込むようにして塞ぐ。座り込み、頭を抱え、目をきつく閉じた。
「落ち着け……違う、そうでしょ、父さんと母さんがここにいるわけが」
「ウィユ……父さんたちはあの時に、捕まってしまったんだよ。情けなくともね」
「母さんたちは、無事だったのよ。ウィユ」
肩に、両親の手が置かれた。それでもユーは背を震わせながら丸くし、深くうつむく。
「ウィユ……きみは、集落を離れた後、一度でも戻ったことはあるのかい? 父さんや母さんが死んだということを……その目で確かめたことはあるのかい?」
父に、優しく、心配するような声音で囁かれ、ユーは目を丸くした。背後から回された細く白い腕は、恐らく母のものだろう。その腕に触れてみると、暖かい。そして肩に置かれている父の手に自身の手を重ねると、冷え切っていた。
「……父さん、母さん……」
細めた目の端から、ツッと涙がこぼれた。左手で落としたクロウに手を伸ばすと、立ち上がりながら二人に切っ先を向ける。
「……あなた達は、偽物だ」
「ウィユ、どうしてそんなことを言うの?」
「ウィユ……」
「ボクが知ってる母さんは……普段の体温が低くて、手も足も、冷たい人だった。そして父さんは、暖かかった。……たった七年で。体温が、そんなに激しく変わると思う?」
悲しそうな表情をする二人を見ても尚、ユーはクロウを構え続けた。再び、腕を伸ばしてくるが、その瞳は二人とも冷たい。
「よくも両親を……父、サー=オスキュリートと、母レガー=オスキュリートを侮辱した!」
叫ぶと、父と母の姿がドロリと崩れ落ち、姿を変えていった。金色に光るそれはブヨブヨとした肌を持った泥人形のようなもので、わずかな点を描いたような目を二つつけている。
「さようなら、ボクの幻想」
頬を伝う涙が、落ちた。ユーはそれが地面で砕ける前に足を踏み出し、躊躇いなくそれを切り裂く。
自身が瞼を開いたことで、今まで目を閉じていたのだと解った。体にズシリと重いものが被さっており、それに焦点を合わせると、呼吸すら忘れるほどに目を見開く。
「な……ん……で……?」
背後を見てみるとヴェントが壁に手を着き、ボロボロと涙を流して叫んでいた。ジューメも顔を青白くしながら、大剣を振るう手を止めずにヴェントを守っている。ユーは金髪の彼の顔を覗き込み、言葉を失った。胴に巻かれている毛布からは血が床に滴り落ち、翼は裂かれ、破け、背もボロ布のようにズタズタになっている。周囲には、数が増えているビットが漂い、その体に赤いしずくを垂らしていた。
なんで壁の向こう側にいた彼が、ここにいる?
「ミール、さ……」
「オ……じゃ、ダメだから……」
血の混じる、かすれた咳をしながら、ユーの耳元でつぶやいた。奥歯が鳴るのを全身に力を入れて堪え、ユーはミールの体をそっと、抱きしめる。
「コンダム、さま……止めてくれ」
瞳から光が失せ、体からは力が抜けていった。それでも膝をつき、ユーを守るように抱きしめたままいるミールに、ユーは喉が裂けんばかりの悲鳴を上げる。
「フ、ククッ……!」
嘲る(あざける)笑い声に、ユーはクロウを拾い上げると手を震わせながら身構えた。手の甲からは閃光が走り、白い部屋を赤く染めている。
「き、さま……! 何がおかしい、なぜ……母さんと同じ翼を持っている!」




