8-1
夜、微かに聞こえた剣が何かを斬る音に、ミールは目を覚ますと辺りを見回した。立ち上がろうとし、思わず背を丸める。
「てて……。怪我してんだっけか……」
と、今度は傷に障らないよう、徐々に立ち上がった。暗闇の中、月明かりに照らされてぼんやりと見える姿が、一つ足りない。
「……風の子……?」
ユーは毛布にくるまり、ジューメは膝を立てたまま、眠っている。ミールは剣の音を頼りに木々の間に入っていき、少し開けたところでヴェントの姿を見た。彼は丸太をロープで縛って枝に吊るし、激しく揺らしている。バラバラに向かってくるそれを、身をかがめ、首を逸らし、剣で弾いて避けていた。
「っだれ!」
不意に切っ先をこちらに向け、肩で息をしながらも鋭い眼光で睨んできた。額に浮かぶ汗は頬を走り、顎を伝って服を濡らす。
「……ミール」
「……手合わせをしてやろうか」
「え……?」
ヴェントがそこに放っていたのだろう。ミールは鞘を手にすると片手で構え、ヴェントの正面に歩いた。ヴェントはそれに戸惑い、切っ先を下ろす。
「そんな怪我をしてるのに……大人しく、休んでれば?」
「舐めるなよ。こんなのでも一応、兵士長と護衛長を兼任してやってんだ。お前みたいな子供に負けてたまるか」
苦笑するミールに向けるヴェントの目は、日が昇っている時とは違い、冷たいものだった。剣を構え、地面を踏み込む。
突然の事にもミールは慌てることなく、ヴェントの剣を払うと空いた背に向けて鞘を振り下ろした。だが、体をひねり、それを紙一重で避けると、その不安定な体制のまま剣を突き出す。それは確実に喉笛を狙っており、ミールは肩を引いてやり過ごすと同時にヴェントの体を押した。
「う……!」
「不安定なまま、無理に攻撃を続けるからだ。だけど、狙ったところとその行動の速さは、お前には少しばかり不釣り合いかもしれないな」
地面に尻を着くヴェントの喉元に、鞘の先端を押し当てた。それから鞘から手を放し、右手だけで腕をつかむと、ヴェントを立たせる。
「……お前たちの集落では、自警団は確かにあるかもしれないが、そんなに武器を使う機会はないんじゃないか。なぜそんな中、そんなに剣を」
「うるさいな……!」
唸るように、ヴェントはミールの手を払った。剣を手にきつく握りしめたまま、肩を震わせている。
「そうだね、他の人は武器を使わないでいいかもしれないよ。使えるんだから、集落の力……風の竜人として風を使えるんだから! だけどもう、その質問は真っ平ごめんだよ。その度にボクは、ボクは自分で、風を使えないことを……落ちこぼれだってことを刻んでいかないといけないんだ!」
歪んだ表情には苛立ちが浮かび、充血する目の端には光るものが見えた。ミールは黙ったまま、彼の怒声に聞き入る。
「ボクは……風を、使えない。何度やっても、風がボクの言葉を聞いてくれない。何度練習しても……ほかのみんなみたいに、風を、使えない」
「……だから、剣を学んだ?」
「誰も知ってるわけないでしょ、使わなくていいんだもん。独学でやったよ……こうして丸太をロープで吊るして、一人で特訓した。これなら風が使えなくても、集落に迷惑をかけることがないから。これなら風を使えないボクを、父さんと母さんが悲しそうに見ることはないから。……どう、やればいいのさ……!」
目尻に溜めていたものが、ボロボロと崩れ始め、ミールは戸惑いながらもヴェントをそこへ座らせた。しゃくり上げるような呼吸をする彼の背を優しく摩り、剣から手を放させると片手で器用に鞘へしまう。
「わかんないよもう……! みんなは風に呼びかけたら風が応えてくれるからって言うけど、全然応えてくれない……。なんで? みんなと比べてボクが、初めて風を使ったのが、遅かったから? だから風は、ボクの声を聴いてくれないの? こんなのじゃあ、ユーを守れないのに……!」
「……随分と、あの子に構うんだな。何か特別な関係なのか」
「なんでそうなるんだよ! ただ友達だから守りたい、それじゃあダメなの! ユーは集落で一人ぼっちのボクの、大切な友達だから! だから守りたいって思うのが、何が変なのさ!」
声を荒げ、嗚咽を上げ、貪るように息を吸おうとするヴェントの口に、ミールは触れる程度に手を被せた。突然のそれにヴェントは目を丸くしながらも、緩く目を閉じ、呼吸を整える。
「……あいつらだって、煙が正体だったんだ。ボクが風を使えればすぐに散り散りに出来たはずなのに。結局はジューメに守られて、何もできなかった。あんたと戦ってる時も結局、ユーに助けられてさ!」
「……煙……?」




