第7話 無理やりの誓い
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、やけに眩しかった。まぶたの裏でゆっくりと意識が浮上する。しかし、思考が現実へと追いつくよりも先に、全身を駆け巡ったのは言いようのない気怠さと、骨の髄まで染み渡るような心地よい疲労感だった。
それだけではない。手首や足首に、ひんやりとした金属の感触がまとわりついている。微かに動かそうとするだけでじゃらりと重い音が部屋に響いた。
わたしはうっすらと目を開ける。でもわずかに首を動かしただけで背筋から腰のあたりにかけてずしりとした重だるさが走って、思わず小さな呻き声が喉の奥が漏れた。
「……ん……っ、あ……」
手首も足首も、銀色の鎖によってベッドの柱や壁の金具へと繋がれている。ここから逃げようという甘い考えを完全にへし折らんとする彼の考えが伝わってくるようだ。
昨夜の記憶が、波のように押し寄せてくる。騎士団第二支部から屋敷に帰り、寝室に連れ込まれた瞬間から、ヴァル様の「お仕置き」は始まったのだった。彼は、わたしがどれほど言い訳を重ねようとも、決して聞き入れてはくれなかった。それどころか、逃げ場を完全に奪うために手首や足首に銀色の装飾品を付けて鎖を撒きつけ、身動きすら奪ったうえで、たっぷりと思い知らせてくれたのだ。
……思い出すだけで、恥じらいと淫らな熱が一気に沸騰するように昇ってくる。最初こそ、勝手に外出しようとしたお仕置きだと言い張っていた彼だけれど、いつの間にかただただ愛を囁かれながら抱き潰されることになっていた。最初から最後まで、わたしなんて彼の大きな手のひらの上でしかない。
ベッドの上で何度も愛おし気に名前を呼ばれ、艶めかしい愛を囁かれ、時には鎖を引かれて意地悪に焦らされ、そして頭が真っ白になるほど激しく求められた記憶が、鮮明に蘇ってくる。触れられた肌の感覚や耳元で囁かれた低い声、理性を焼き尽くすほどの快感の余韻が、今もなお身体中のあちこちに残っているような気がする。
「……起きないと……」
呟いた声は掠れていた。ぼんやりと隣を見るも、そこに彼の姿はない。既に起きて仕事に行っているのだろうか。それとも、まだ近くに——。
そう思った時、ベッドの端がわずかに沈み込んだ。
「目覚めたかい、僕の可愛い妻よ。よく眠れたかな?」
低い声が降ってくる。聞こえた方向に顔を向けようとしたけれど、全身の倦怠感と手足を繋ぐ鎖に阻まれて動きが鈍い。そんなわたしの様子を察したのか、背後から手が回されてふわりと優しく引き寄せられた。
そこには、いつもよりも気楽な恰好をしたヴァル様がいた。肌に直接上着を羽織っているような、色気が漂いまくっている姿だ。その青銀色には、夜の間に見たような熱を帯びた光が残っている。
「気分はどうだい? 身体が重いんじゃないかな。ごめんね、無理をさせすぎた」
まるで心配している風にしておきながら嬉しさを隠しきれていない声色に、わたしは恨みがましい視線を向けようとしたけれど、今の自分がいかに無防備で乱れた姿であるかを思い出して、慌てて手で隠す。
「……あなたのせいで、身体が痛いです……立てません……」
「昨夜はあんなに元気だったのにね。『もっとほしい、ヴァルさま』って泣きながら僕にしがみついてきたのは、別の誰かだったかな?」
「っ……! そんなこと、言ってません……っ!」
ぶんぶんと首を振って必死に否定すると、ヴァル様は柔らかな微笑みを浮かべてわたしの額に優しい口づけを落とした。そのまま彼は、わたしの腰のあたりをそっと撫でて、手首の鎖を指で弾く。カチャリと響いた金属音に思わずびくりと震えたわたしを見て、彼は愛おしそうに目を細めた。
「ごめんね。でも、君があまりに可愛いのも良くないと思うのだよ。今度から、勝手に出て行こうなんて思わないようにしっかり身体に覚え込ませたつもりだけれど……まだ足りなかったかな?」
「じ、十分すぎます……! もう当分、お出かけなんて……」
弱々しく抗議するわたしの頭をヴァル様は優しく撫でて、わたしが口を開いているのを狙って唇を重ねてくる。全身に広がる気怠さは、彼に愛された確かな証拠であると実感しているけれど……辛いものは辛い。
「ヴァル様。これ、外してください」
ちらりと懇願するように彼を見上げると、ヴァル様は穏やかな微笑みを浮かべたまま首を傾げた。そして彼は鎖に繋がれたわたしの手首を包み込み、その上に唇を落とす。
「外すのは別にいいよ。でも、その前に確認をしておきたいんだ」
「確認……?」
「君が僕に何度も愛を誓ってくれたことだよ。『もう二度と勝手に逃げません』『ずっとあなたの腕の中にいます』『愛しています、ヴァル様』ってね」
さらりと紡ぎだされたその言葉に、わたしの全身からはさぁっと血の気が引いた。そんな恥ずかしい言葉、言った覚えは……うん。脳が焼き切れるような快楽の中で、耳元で執拗に囁かれて半ば泣きながら何かを言わされた記憶はある。
「っ……! あれは、頭がおかしくなっていた時に……っ」
「そうだね。ちゃんと君の理性がある今、自分の口ではっきりと誓ってもらおうか」
「そ、そんなの恥ずかしすぎて死んじゃいます! 言わない、絶対に言いません……!」
首を激しく横に振って拒絶するわたしに対し、ヴァル様はふっと目を細めた。彼はするりと体勢を傾けて、わたしの上へと重なるように覆いかぶさる。
「じゃあ、思い出させてあげる。君が昨夜、どんなふうに僕の腕の中で蕩けて、どんな甘い声で誓ってくれたか」
「や、やめて……! お願いだから……」
「『もう二度と勝手に——』」
「きゃあぁぁ! 聞きたくない、聞きたくないですぅ!」
慌てて彼の口を防ごうと両手を伸ばしかけるが、手首は鎖で繋がれているため自由が利かない。それをいいことに、ヴァル様は低く甘い声で恥ずかしすぎる言葉を耳元で囁き始める。
「『夜会になんて行きません。ずっとあなたの腕の中で、あなただけに愛されて生きます。……愛しています、ヴァル様』。——ねえ、すごく綺麗な誓いの言葉だったよ?」
頭が沸騰しそうなほどの羞恥心に、わたしはベッドの上で丸くなろうとした。けれどそんな逃避をヴァル様が許してくれるはずもない。彼は優しくわたしの両手を頭上に押さえつけると、逃げられないようにしっかりと固定した。
「ほら、僕の目を見て。ちゃんと、自分の口で言ってごらん?」
「むり……絶対むり……恥ずかしい……!」
「言わないなら、昨夜の続きをしようか。今度はもっと長いお仕置きが必要だな」
彼の言葉が脅しではないことを、わたしは身をもって体験している。これ以上襲われては、本当に壊れてしまう。
わたしは涙で滲む視界で彼を睨みながら、悔しさで唇を噛みしめ、小さく息を吐いた。
「……言います……言えばいいのでしょう……っ!」
「うん、いい子だ。さあ、どうぞ」
ヴァル様は満足げに微笑み、促すようにじっとわたしを見つめる。わたしは顔を背けたい衝動を必死に抑え、彼の青銀色の瞳をまっすぐに見据えた。そして、震える声を絞り出す。
「……もう、勝手に夜会になんて行きません。ずっとあなたの腕の中で、あなただけに愛されて生きます。……愛しています、ヴァル様」
言い終えた瞬間、全身の熱が一気に頂点に達して、わたしは恥ずかしさのあまり彼に囚われていることも忘れてじたばたと身悶えする。そんなわたしの姿を見て、ヴァル様はそれはそれは美しい満面の笑みを浮かべた。
「よくできました。今の誓いは、一生忘れないからね」
「もういじわるしないでください……っ」




