91.魔法学校のラスボス様⑧
何人も殺して逃亡中の凶悪犯を生徒達だけで捕まえろとは、またなんとも物騒な遠足があったものです。わたし以外の面々はここ最近で異世界式の斬新な魔法を習得しているわけですが、それが実戦でどの程度の効果を発揮するかは未だ不明。捜査資料を見た限りでは、こちらが子供だからと手心を期待できるような相手でもないでしょう。
初の実戦投入がこの状況というのは、いくらなんでも無茶が過ぎると思うのですけど、そんな常識を説いたところで引き下がるラメンティア様ではありません。
「ところで、さっきここに来てから結構騒いじゃってましたけど、もう向こうに気付かれてたりしませんかね?」
『ああ、それについては大丈夫だと思うよ。ほら、さっきの飛行中に私が使ってた隠蔽の結界を今もまだ維持してるからね。もちろん私の結界だって完璧ってわけじゃあないけど、もし既に気付いてるなら先手を打って奇襲をかけるなり逃げだすなりしていそうなものだしね』
なるほど、気付くのが遅れましたがツルギ様のおかげで有利な状況が整っていたようです。向こうが既に我々の接近を察した上でわざと気付いていないフリをしている線は一応ありますが、その可能性はかなり低いと見てよいでしょう。
「ほら、あちらさんにしてみれば、わたし達の素性なんて知るはずもないですし? 仮に正体不明の集団が潜伏場所の近くに現れたとなったら、普通は準備万端整えた魔法警察……でしたっけ? そこの突入部隊とかを想像するんじゃないですかね?」
少なくとも、遠足に来た学生集団だとは思わないでしょう。
いくら腕っぷしに自信があるとはいえ、よほどの戦闘狂でもない限りは何十人ものプロ集団との正面衝突は避けたいと思うはず。なので、向こうが接近に気付いているなら集まっているところに奇襲をかけてくる見込みは薄い。
また居留守を決め込んで、こちらが立ち去るのを静かに隠れながら待つというのも上手い手とは思えません。こんな辺鄙な山奥に何十人もやって来た時点で、もう潜伏場所が完全に割れていると悟って今の隠れ家に見切りを付けるでしょう。
ならば犯人が選ぶべきは逃亡一択。
こちらが包囲を完成させる前に可及的速やかに隠れ家を去るのが唯一の勝ち筋。そういった動きが見えないということは、イコール接近そのものに気付いていないであろう……という理屈です。やや甘めの想定なのは否めませんし、そもそもの前提として、こっちはプロでも何でもないアマチュアの学生なのですが。
「じゃあ、そろそろ本腰を入れて作戦会議といきますか」
奇襲からの不意打ちを狙える点では、こちら有利。
とはいえ向こうは相当に実戦慣れしている凶悪犯ですし、初動を失敗って落ち着きを取り戻させたら、こちらが子供ばかりの集団であることを看破して力業での強行突破を狙って来るかもしれません。
最悪、そうなれば犠牲者が出ることさえあり得ます。
それでも神様の気分次第で生き返らせてもらえる可能性はあるとはいえ、そういった犠牲を前提に考えたくはありません。やはり奇襲の初手でペースを握り、そのまま主導権を一切渡さずに押し切る方向で考えるべきでしょう。
で、具体的に何をどうするかに関してですが。
「ええと、他に誰かアイデアがある人います? いないようなら、わたしに一つ考えがですね……」
我ながら正直どうかと思わなくもない案ですが、魔法使いも人間である以上は間違いなく効果があるはずです。倫理面や常識や法律については本当にどうかと思うのですが、こういう発想が自然と出てくるのも悪の巫女としての経験によるものなんでしょうかねぇ。
◆◆◆
で、準備に三十分ほどかけた後。
いよいよ作戦本番がスタートしました。
「はい、カウント十秒前! 四、三、二、一……ゼロ!」
「よし、時間だ! 投げろ投げろ!」
まずは屋敷の四方からタイミングを合わせての一斉攻撃。幸い周辺には背の高い枯れ木がいくらでもあったので、それを切り倒した上で余計な枝葉を落とせば巨大な投げ槍の完成です。
本来は木を切るのも投げるのも大変な作業ですが、それについてはクラスの皆さんの身体強化魔法が大活躍。ついでに多人数の有利を活かして、館の東西南北全ての方向からの一斉攻撃を実現することができました。あちこちの窓や壁が、バリンバリンと景気の良い音を立ててどんどん破れていっています。
とはいえ、敵が大きな屋敷のどこに潜んでいるかは分かりません。少なからず驚きはしたでしょうが、今の一斉投擲が偶然にも直撃して倒せたなどとは思わないほうがいいでしょう。
「おおー、枯れて水分が飛んでるおかげでよく燃えますねぇ」
「サヤさん、そんな他人事のように……」
何故だかソフィさんや他の皆さんが引いているような気配がしますが、わたしはただ投げ入れる前の木にあらかじめ火をつけておくよう言っただけです。
火種についてはドラゴロウさんが口から火を吐けますし、他の人達が魔法で着火することも可能。この作業については簡単に済みました。さっきは投げ槍と表現しましたけど、実態としては大きな火矢のほうが近いかもしれませんね。
「うん、燃えてる燃えてる。向こうがカーテンを閉め切っててくれたのが逆に良かったみたいですねぇ」
何本かの木は投げ込まれた際の風の具合で火が消えてしまったようですが、それでも半分以上が燃えていれば上出来でしょう。火はすぐに各部屋のカーテンから壁や天井、家具に燃え広がり、屋敷の中は急速に煙で満たされていきました。
いくら魔法使いといえど生身の人間。
火に近付けば火傷しますし、煙を吸えば窒息します。
ちょっと水をかければ消火できる程度の小火ならまだしも、屋敷内の大半の部屋が火元となっているような状況なら、ひとまずは屋外に飛び出して身の安全を確保しようと考えるのが自然な考え方でしょう。
ちなみに先程は屋敷の周囲からやたらめったら投擲して火を放ったように言いましたが、正確には少し違います。あえて屋敷の裏口付近だけは狙わずにおき、パニックに陥った中の人間が逃げやすいよう安全な逃げ道を残しておいたのです。
「そうやって飛び出してきたのを扉の陰に隠れていた皆が後頭部をガツンしてから、寄ってたかってボコボコに、と。まあ見たまんまですけどね。裏口以外から出てくる可能性も少しありましたけど、狙い通りにすんなり動いてくれて助かりました」
当然、他の出入り口にも待ち伏せ要員を配置していましたが、一番人数の多い本命の裏口から素直に出てきてくれて助かりました。
「オラッ、このっ」
「大人しくしないと殴るぞ! もう殴ってるけど!」
まともな戦闘らしい戦闘になることすらなくガツンとやられて悶絶していた犯人は、まず待ち伏せ要員の子が手のひらに握り込んでいた砂を目鼻に擦り込まれ、続いて複数人がかりでの鳩尾や脇腹への殴打。単純な体格こそ大人には負けますが、魔法で強化された腕力は見た目からは想像もできない威力を発揮します。
「どうどう、皆さん落ち着いて。あまりやり過ぎると殺しちゃいますし」
なんなら敵を無力化するよりも、初の実戦で興奮しすぎたクラスメイトをなだめるほうが大変でした。指名手配書には『生死問わず』の文言があった重犯罪者とはいえ、うっかり人を殺したりしては後の打ち上げを素直に楽しめなくなってしまいます。
もちろん、そうして正義の集団リンチ作戦でボコボコにした後も油断は禁物。
魔法の狙いを付けられないように、燃え残ったカーテンを流用した目隠しと耳栓をした上で猿ぐつわを噛ませていますし、今は更にドラゴロウさんが大きな前脚で背中を踏んで抑えつけています。恐らく、向こうはこの状態に至るまで我々の姿すら見ていなかったのではないでしょうか。
「ああ、そうそう。ドラゴロウさん、ちょっと脚を上げてもらえます? ええと……あ、やっぱりありましたね!」
「あのぅ、サヤさん? 今度は何を……?」
「ほら、もしかすると魔法の杖とか刃物とか隠し持ってたかもですし。かも、というか杖は実際持ってたみたいなので、とりあえず真っ二つに圧し折っておけば大丈夫ですかね」
「なるほど……サヤさん、なんだか手慣れてません?」
実際、ソフィさんの言うように慣れてはいるのでしょう。
これまでの色んな世界でラメンティア様が反社会的勢力を壊滅させる度に、倒れた構成員の皆さんの懐を漁って武器やら何やら探す手伝いをしていましたし。慣れてくると服のちょっとした膨らみを見るだけで、どこに何をしまっているか大体の見当を付けられるようになってくるんですよ。
「ああ、それと、ほらコレも。ラメンティア様、この人結構お金持ってたみたいですよ。はい、お財布どうぞ」
『うむ、でかしたぞサヤ! くくく、これで後の打ち上げが一層豪勢になるというものよ。他の皆もサヤを見習って励むがよいぞ!』
どうせこれから収監なり処刑なりされて一生シャバに出てこられないであろう人が、大金を持っていても仕方ありません。ならば、こうしてわたし達が貰って有効に使ってあげたほうがお金だって嬉しいに決まっています。
「いや、あの……泥棒……」
「これ、本当にいいのかな……?」
何故だかクラスメイトの皆さんとの精神的距離がグンと開いたような気がしましたが、きっと単なる考え過ぎでしょう。こうして我ら一年ヒポグリフ組一同は、命懸けの修羅場を経て一段と友情を深めたのでありました。




