86.魔法学校のラスボス様③
『……というワケで、貴様らは幸運にも悪のありがたい教えを受けられる機会を得たということだ。くっくっく、せいぜい感涙にむせび泣くがよいぞ!』
わたし達が来た経緯についての説明はひとまず完了。
幸い、ラメンティア様が教室の扉を蹴破った直後に校長先生が来てくれたおかげもあってか、この一年ヒポグリフ組の皆さんが素直に話を聞いてくれて助かりました。
魔法使い基準ですらも常識を大幅に超えた内容をすんなり受け入れられるかというと、それはまた別の問題のような気もしますけど。
「か、神様!? しかも違う世界の?」
「校長先生が言ってるなら本当なんだろうけど、でも流石にさぁ……」
「あの転入生の子、可愛い……」
わたしの同級生となる皆さんは、ようやく話が一段落したのもあって近くの席の生徒さん同士で盛んにあれこれお喋りを。一応、現在は授業中のはずですが、流石にこの状況下での私語を咎める余裕は先生方にもなさそうです。
『どこか空いている席は、ああ、ちょうど一つあるな。サヤ、とりあえず窓際の一番後ろに座るがよい。教室内を絵にした時の作画コストが低そうな、いわゆる主人公席であるな』
「いわゆる、と言われても分かりませんけど……ええと、じゃあ失礼しますね。どうもどうも、お近くの皆さん、どうぞよろしくして下さいな」
魔法学校でどんなお勉強をするのか、そもそも自分がそんな特殊能力を使えるようになるかも分かりませんが、ここまで来てしまった以上は大人しくスクールライフを送るしかなさそうです。
授業への不安はあれど貸してもらった制服は可愛いですし、ずっと年上の大人とばかり知り合いがちな最近のわたしにとっては、同年代の子供達と交流する貴重な機会。総合的には期待感が諸々の不安を上回る形になるでしょうか。
『それで悪が受け持つ授業の名前はなんと言ったかな? 校長のジジイが言うのを適当に聞き流していた記憶によると……そうそう、たしか“暗黒の魔法使いに対する暴行術”とかいうやつだな!』
「ち、違いますじゃよ!? 正しくは“暗黒の魔法使いに対する防御術”! 暴行じゃなく防御ですじゃ!」
『そうだったか? だがまあ、攻撃は最大の防御という名言もあるだろう? この世界にもあるかは知らぬが。要は、敵をブチのめして黙らせれば同じことゆえ、悪の授業では暴行術でいくぞ! ところで、その相手の暗黒ナンタラとはどういう連中だ?』
早くも担当教科の名前を勝手に変えてしまいましたが、この程度ならうちのボス基準としては大人しい部類です。授業を受ける以上は遅かれ早かれだとは思いますけど。
それと、最後にオマケのように付け足した疑問に対しては、利発そうな印象の金髪の女生徒さんが挙手をした上で答えていました。
「はいっ! 暗黒の魔法使いというのは、魔法を使えない普通の人達や反対派の魔法使いを恐怖で支配しようとしてる悪い人達のことです!」
なるほど、どこの世界にも困った人達がいるものですね。
それより個人的に今の話で気になったのは、この世界には魔法使いじゃない普通人も少なからずいるらしいというポイントでしょうか。もし血統や生まれで能力を使えるか否かが決まるなら、わたしは多分そっち側に含まれそうなんですけど。
『ほう、なかなか愉快な連中がいるようだな? 実際の印象はそやつらの実物を見てみないことには何とも言えんが、まあ安心せよ。そいつらが如何に強かろうが、悪がちょっと教えてやったら容易く捻り潰せるようになるであろう!』
これまで聞いた話からするに教職の経験など皆無だろうに、毎度のことながら凄まじい自信です。ラメンティア様が自分で戦えば確かに楽勝でしょうけど、教えた生徒さん達がどの程度のモノになるかは未知数だと思うのですが。
『では、悪は急げだ! 早速、初回の授業を始めるぞ。全員校庭に出るがいい! ほれ、駆け足! ノロノロしておったら尻を蹴飛ばすぞ!』
そもそも今は他の授業に乱入して強引に中断させた状況ですが、この新任教師に他のカリキュラムとの兼ね合いを気にするような遠慮があるはずもなし。
授業時間を勝手に乗っ取って、何名かの生徒さんのお尻を本当に蹴って悲鳴を上げさせながら、一年ヒポグリフ組の皆さんを校庭へと追い出してしまいました。
校長先生は苦笑しつつも興味深そうにその様子を見守り、元々授業をしていた先生は雇用主の判断を尊重してか同じく静観。あとは純粋に異世界式の魔法なり授業方針への好奇心もあるのでしょうか。
『では悪は教材を獲ってくるゆえ、三分間ほど待っているがよい!』
はて、翻訳能力の不具合でしょうか?
普通、教材とは「取って」くるものであって「獲って」はこないと思うのですけど。
ともあれ、そう言い残したラメンティア様がどこかに走って行ってしまったので、ここでようやく周りの生徒さん達とわたしが直に言葉を交わす機会がやってきました。
「あの……サヤさん、でしたっけ?」
「はい、巫女見習いのサヤと言います。それで、ええと、そちらはなんとお呼びすればいいですかね? たしか、さっき手を挙げて質問に答えてた人でしたっけ?」
「あっ、これは失礼。私はソフィと申します。一応はクラスの学級委員長などを」
なるほど、委員長さんでしたか。
なにしろマトモな学校に通うの自体が人生初なもので、そういった役職に詳しくはありませんが、どうやらクラスの優等生みたいなポジションの方のようです。あまり友人関係に打算を持ち込むのはどうかと思わなくもないですが、仲良くなっておいて損はない相手でしょう。
「それで、ええと、気を悪くしたら申し訳ないのですけど、サヤさんは魔法を使うのに必要な魔力をほとんどお持ちでないように見えるのですが……普通人の方が、どうして魔法学校に?」
「へえ、そういうの分かるものなんですねぇ。わたしも自分がここにいる理由をキチンと理解できているとは言い難いのが正直なところなんですけど、しいて言えばうちの神様の気紛れですかねぇ?」
わたしが魔法を習得できるという保証など全然ありません。
しいて言えば、未知の言葉が分かったり毒が効かない地味超能力はありますが、あれらのスキルは魔法とは別枠として考えるべきでしょう。そもそも勝手に効果を発揮するだけで、わたしが能動的に何かやっている感覚はまったくないですし。
ここに通う間ずっと落ちこぼれの落第生として過ごすことになるとしたら愉快ではないですけど、どうせ上司が飽きるまでの短い期間だけの話です。その間は成績がどうあれ衣食住は保証されているわけですし、大した問題でもないでしょう。
『くかかかっ、待たせたな!』
ソフィさんとの軽い挨拶が済んだところで、どこかに走り去ったラメンティア様が獲ってきた教材片手に校庭へと戻ってきました。教材が大きく重すぎるのか、あるいはイキが良すぎて暴れるせいか、平らに均されていた校庭は早くもデコボコに掘り返されつつありますが。
欲を言えば、まだまだ他の皆さんとも交流をしたい気持ちはありましたが、それは後で時間を見つけてゆっくりやればいいでしょう。
貴重なスクールライフを体験する機会です。
無才なりに、せめて真剣に授業に取り組むくらいはしませんと。
『ギャオオオオオオオン!』
『くくく、こやつも張り切っておるな! では、皆の衆。今日の授業はこのドラゴンを素手で倒すのが目標だ! 全員がかりでやって構わんというのは、ちと易しすぎるかもしれんが、まあ初回ゆえのサービス課題ということにしておいてやろう』
ははあ、ドラゴンですか。
今や懐かしいゲーミリア様の世界では割とよく見かけましたねぇ。
あの世界のモンスターの中でも特に見栄えが良いので多く配置していたのでしょう。遭遇した端からラメンティア様に一撃で倒されてばかりだったので、実際の強さがどのくらいかというのは結局よく分からずじまいでしたけど。
今回のドラゴンの大きさは二階建ての民家ほど。
赤い鱗が陽光をキラキラとして反射するのが綺麗です。
飛んで逃げようとしたところを圧し折られたのか、背中の翼は残念ながら二本とも半ばで折れ曲がっていましたが、そうした機動力の低下を差し引いてもなかなか強そうに思えます。
ここは是非とも、普通人とは隔絶した魔法使いの強さをクラスメイトの皆さんに見せつけて欲しい場面ではありますが、
「「「無理無理無理、死んじゃう!?」」」
「あらま」
ドラゴンを見ただけで腰を抜かしたり、へたり込んで泣き出したり、背中を向けて一目散に逃げ出したり。まったく、我が同級生達はなんとも頼りになるようで。




