82.賭博破壊録サヤ⑥
勝負の後。
秘密クラブのある廃ビルの外で。
『くっくっく、わざわざ悪が手を貸してやるまでもなかったな。そなたが最初の一個目で即死確定の猛毒とやらを引き当てた時は、あまりの運の無さに思わず笑いそうになってしまったが』
「そうだったんですか、まさかの一個目でしたか……相手の人が即死しなかった以上は、わたしがどこかで引いてたんだろうなぁとは思ってましたけど」
ともあれ、実は命が懸かっていなかった命懸けのギャンブルには無事勝利。
その裏で自分の運の無さを再確認できたのは、これで変にお調子に乗らないための戒めとして、むしろプラスと捉えておくべきでしょうか。これまで勝利が続いたのは神様の気紛れの結果であり、わたし自身の博才など皆無。そこのところを勘違いしたら痛い目を見そうですし。
「そういえばラメンティア様? わたしが勝つほうに賭けてたみたいですけど、どれくらい勝ったんですか?」
『サヤに賭ける者がほとんどおらんかったせいか、結構な儲けになったぞ。全部を現金払いというのは難しかったようで、あそこの運営組織のフロント企業名義になっている高層マンションだのショッピングセンターだのの権利書で受け取る形になったがな。ほれ、あそこに背の高い建物があるの見えるか? あれが悪の所有物になったわけだ』
「はあ、よく分かりませんけど凄いですねぇ」
もっとも我々はラメンティア様が飽きた時点でこの世界を離れることになるのでしょうし、真面目に運営する気など最初からないようですが。実務的なことは、これまで管理してた方々にそのまま丸投げすることになるのでしょう。
「それで明日からも、いえ、もう日付が変わってますから今日ですね。今日の夜もまたさっきと同じ場所に?」
『いや、それが官憲の摘発を逃れるためか開催場所は毎回変わるらしい。この廃ビルは何か月かに一度、不定期に会場として使用される場所の一つに過ぎんというわけだな』
「それはまた手間のかかることを……この手の悪い人達って、基本的な姿勢は享楽的なくせに変なところで勤勉ですよね」
『うむ、望む悪を為すために日々の努力を重んじる姿勢は褒めてやってもよいな』
うちの神様的には、あそこの地下クラブの皆さんは嫌いではなさそうです。
たしかに褒められた趣味ではないものの、わたしのような例外でもなければ命懸けの勝負に臨むプレイヤーも各々納得づくで参加しているようですし。善良な一般人を巻き込まずに内輪で楽しんでいるだけなら意外と問題ないのかもしれませんね。
◆◆◆
それからの数日は、夜毎に都市内のどこかで開かれる秘密の賭場に。
連戦に次ぐ連戦。
圧勝に次ぐ圧勝。
普通、この手のゲームはたとえ勝利しても心身に負ったダメージで次の試合まで数か月もの療養を必要することが珍しくないみたいですし、そのまま再起不能で引退してしまうプレイヤーも勝敗問わず決して少なくないそうです。
もっとも、生きたまま引退できるだけでも幸運なケースではあるのでしょうけど。
「ええと……これ、わたしの勝ちってことでいいんですかね?」
「うおおおッ、毒花の如き可憐さと巨象のような豪胆さ、血に飢えた残虐性を併せ持った脅威にして狂気の闇に降り立った美少女新人天才ギャンブラー、サヤ! 今夜も一切危なげないノーダメージで終始圧倒だァ!」
司会者さんの言う肩書きも毎夜のように増えていき、もう全然意味が分かりません。というか、半分くらい貶されてませんかね。観客の皆さんは非常に盛り上がっているので、パフォーマンスとしては正解なのかもしれませんけど。
ゲームの内容は毎回違いますが、初日含めて三回あった毒をどうこうするタイプの内容なら全然問題ないですし、それ以外の種目であっても常に最高かつ最適な展開にしかなりません。詳細こそ不明ですが、そこはまあ近くで観戦している神様のご加護があったのでしょう。
「サヤちゃん、鬼強ぇぇ!」
「かわいー! 結婚してーっ!」
「おいおい、このままだと誰も対戦相手いなくなるんじゃね?」
ここまで何連勝もしているのと、あとは子供のプレイヤーという物珍しさもあるかもですが、わたしにも応援してくださるファンができたみたいで気恥ずかしいったらありません。
実力で勝負しているならまだしも、実際はインチキで勝ち続けているわけですし、いくら応援されても申し訳ない気持ちが募るばかりです。あと流石に冗談だとは思いますけど、結婚云々言ってる人は御自分の人生を見つめ直したほうがいいと思います。
『くかかっ、なかなか大した人気ぶりではないか。もうすっかりスタープレイヤーの風格だな?』
「いやいや、勘弁してくださいよ。とても、そんな風には思えませんって」
『そうか? まあ、それならサヤにとっては好都合かもしれんな』
はて、今の会話の流れから出た『好都合』とは如何なる意味合いでしょう?
『なに、単純な話だ。最初の二、三日まではマグレを疑う者もそれなりにおったようだが、ここまで圧勝を繰り返した今やサヤの強さに疑問を抱く客は誰もおらぬ。これでは賭けなどロクに成立せぬし、それ以前に勝負をしようという相手がおらぬ。くくっ、運営の連中にとっては今日の奴が最後の砦だったらしいがな』
お客さんは随分と盛り上がっていましたが、そもそもの賭場を仕切る運営側にとっては必ずしも嬉しい状況ではなかったということでしょうか。
勝負とは、読んで字の如く勝ち負けを競うもの。
わたし一人に賭けるお客さんばかりなら、勝ったところで配当はほとんどないようなもの。それだけならともかく、この場所の性質的に負けたプレイヤーは高確率で当分の間使い物にならなくなってしまうわけで、その部分も損失として考えねばならないでしょう。
『これまでの連中より格下のザコはまだそれなりにいるようだが、無理に勝負の場に引っ張り出そうとしても逃げられるのがオチであろう。いくらサヤの人気が高まろうが、相応しい対戦相手を用意できぬのであれば勝負は成り立たんというわけだ。安心したか?』
「ははぁ、それなら確かに……」
実態はさておき、強すぎて勝負が成り立たないなら確かに心配なさそうです。
『次回の開催を危ぶむ以前に、まず今日の分の支払いができるかどうかが怪しいがな。昨日までは負けた客が持っていた土地建物だの美術品だので辛うじて払っていたが……おっと、ここまで言い忘れていたな。サヤよ、ギャンブルで二番目に大切なことを教えてやろう』
「二番目ですか。なんでしょうねぇ?」
と、聞いてはみたものの何となく予想は付きます。
なにしろ運営の方がお客さん達を強引に追い出した上に外に通じる扉を封じたかと思ったら、ナイフや拳銃を手に手にジリジリと距離を詰めてきているのです。
あちらとしても悪評や客離れ覚悟の苦肉の策、ある種の賭けではあるのでしょうが。組織の財政に大きなダメージを与えた上に、大事な仕事をメチャクチャにした我々の口を暴力で塞いでしまったほうが、律儀に金策を頑張るよりは幾分マシかつ現実的に実現可能と判断したものと思われます。
『ギャンブルで二番目に大切なこと、それはな……最低でも負けた奴が結果を有耶無耶にできなくなる程度の、暴力による後ろ盾を用意しておくことだ。くくくっ、わざわざ自分達で逃げ道を塞ぐとは気が利いているではないか!』
どうせ、そんなことだろうとは思ってましたが。
そこから十秒も経つ頃には、秘密の賭場は大量の血や折れた歯が舞い飛ぶ凄惨な光景へと姿を変えていました。あえて撃たせた弾丸を摘まんで止めたのを投げ返したり、胴体は人間のまま手足だけをブタに変化させたり、これはこれでラメンティア様なりの飽きを防ぐ工夫なのでしょう。
暴力で脅せば何とでもなるだろうと高を括っていた悪党が、無様に悲鳴を上げたり命乞いをする様は……あまり大っぴらに言うことではないのでしょうが、なんとも滑稽で笑いを誘うものでしたねぇ。




