77.賭博破壊録サヤ①
今回、わたし達がやってきた新世界。
この世界やこの国全部の風潮がそうなのか、それとも今いる都市だけの特色なのかは計りかねますが、こんな夜中になっても人々が家路に就く様子もなく遊び歩いている光景は非常に印象深いものでした。
それも大人ばかりでなく、わたしより年下であろう子供の姿もチラホラ見かけるあたり、少なくとも大勢の人目がある大きな通り付近は治安も悪くないのでしょう。
『そこらの時計の造りを見た感じだと、この世界は一日の長さが三十六時間もあるようだね。で、今は日付が変わって間もなくってあたりかな? 朝まで結構かかりそうだけど、どこか適当な宿でも取ってひと眠りするかい?』
『ツルギよ、問う前から答えが分かりきった質問をするでない。せっかく夜でも遊べそうな場所ばかりなのだ。ここは積極的に夜更かしを愉しむべきであろう。サヤもまだ眠くはあるまい?』
「ええ、大丈夫ですよ。さっきまでお昼でしたし」
このあたりは真夜中のようですが、ついさっきまでいた前の世界ではまだまだ日の高い時間だったのです。こちらの世界で長く過ごすつもりなら、どこかのタイミングで長寝なり早起きなりして時差ボケを修正する必要もあるかもしれませんが、とりあえず今のところは眠気など全然ありません。
それに単純な眠気の有無は別としても、目の前の光景は大変に好奇心をくすぐられるものでした。いったい何屋さんなのかすら判然としないお店も少なくありませんが、立ち並ぶ店屋の看板は煌びやかに輝き、不可思議な音楽であったり美味しそうな食べ物の匂いが通りのあちこちに満ち満ちているのです。
叶うことなら、自分だってそれらを楽しんでみたいと考えるのは、決しておかしなことではないでしょう。ちなみに、個人的には冬山のペンションで頂いたのと同じようなアイスクリームが気になります。
もっともこの世界に来たばかりの我々は、それらのお店での支払いに使えるお金を一切持たない一文無し。ラメンティア様に商品を直接略奪する気がないならば、まずはお金を稼ぐところからになりますが。
「どうします? どこかの権力者のお宅とか近場の裏組織に強盗に行くなら、わたしもお供しますけど?」
『くくっ、サヤもだいぶ悪の流儀に馴染んできたようだな。それ自体は大いに結構なのだが、毎度そればかりというのも些か芸がない。今回は他の趣向を試すことにするぞ。ほれ、あの背が高い建物の看板を見よ』
「ええと……カジノ、ですか?」
『うむ、上階はホテルになっているようだがな。宿泊客向けの遊び場なのだろうが、そこらの地元民っぽい通行人がフラッと出入りしている様子からするに、宿を取っておらぬ一見客でも遊ぶのに問題はないようだ』
わたしも慣れて次第に違和感を覚えなくなってきましたが、初めて見る文字でもスラスラ読めるというのは実に便利なものです。いえ、今気にすべきはそこではなく、書いてある内容のほうでしょうけど。
カジノ。
つまりは賭博でお金を稼ぐつもりなのでしょうか。
わたしはやったことがないですけど、地元時代に村の大人達がたまに集まっては動物の骨を削って作ったサイコロを転がして、飲み代を誰が持つかで盛り上がっているのを呆れ半分に見ていた覚えがあります。
まあ、そういう仲間同士のお遊びとしてやる程度ならともかく、正直なところギャンブル全般にあまり良い印象はありません。
特にこういう賭場においては、短期的には客側が勝つこともあるでしょうが、長い目で見れば胴元が確実に儲けを出せるようになっているものだ……と、生前のお父さんも言っていました。なんでも学生時代の学友がハマって大変な目に遭ったのを近くで見ていたとかで。
『ははは、それはサヤ君のお父さんが正しいね。とはいえ、客側にだって絶対に勝ちようがないわけじゃあないさ。まあ、そう思わせること自体が胴元側の印象操作って場合もあるんだろうけど』
『うむ、それにしょせんは遊びだ。あまり身構えずに気軽にやればよい』
「はあ、そういうものですか?」
まあ、どっちにしろ一介の巫女見習いに拒否権はないわけですが。
ツルギ様を抱えたままラメンティア様の後を追ってカジノの中へ。さっきまでの表通りも賑やかでしたが、建物の中の喧噪はそれ以上です。聞き慣れない音楽や機械音、それに賭け事に熱中している人々のものと思しき悲鳴など。こんなにも騒がしいと、それだけで平静な思考を乱されてしまうのではないでしょうか。
『さて、どこから攻めるか……くくっ、これはお誂え向きだな。おい、サヤ』
「はい? ……わっ!?」
まだ遊ぶ前から半ば怖気づいていたわたしに、ラメンティア様が何やら小さなモノを投げて寄越してきました。取り落としそうになりながらも辛うじてキャッチに成功し、その物体をよく見て見ると、
「コイン、ですね?」
『うむ、どうやらここで遊ぶのに使うらしい。それは客の誰かが落としたモノであろう。とりあえず、それを元手に資金を増やしていくとするか』
当面の方針は分かりましたが、何故その流れでわたしに大事な元手を渡してきたのでしょう。
『なに、さっきも言ったがこれは遊びだ。ただ勝つだけなら悪が直接やれば容易いが、ここはあえてサヤに任せたほうが楽しめそうと思ったまでのこと。くかかっ、そなたの豪運を期待しておるぞ?』
「えぇ……わたし、運の良さには全然自信ないんですけど」
自慢ではありませんが、異世界広しと言えど生贄にされた経験がある人などそうはいないでしょう……あれ? でも、そこから生還して今はこうして毎日楽しくやっていられるってことは、実はそこまで運がないわけじゃないのかな?
『どうせ拾った元手であるし別にスッても構わん。それよりも色々と博打の種類があるようだが、何かやってみたいのはあるか?』
「いやぁ、こうして見てても大半は何が何やらって感じですねぇ」
『そうか、ならば悪が代わりに選んでやろう。そうだな……うむ、手軽にできるスロットマシンなどはどうだ? そこの穴にコインを入れて、横のレバーを引くだけだ。それくらいならできるであろう?』
「ええ、まあ、それくらいなら……」
自分自身の運の良さには自信がないままですが、どうやらギャンブルに手を出さないわけにはいかない流れのようです。まあ負けても構わないとは言われていますし、そのスロットとやらは特に難しいルールなどもなさそうです。
「ええと、それじゃあ軽く……」
『ああ、待て待て。そこではなく二つ隣の台にするがよい。うむ、そこだ』
「はい? ええ、別にどこでもいいですけど?」
まあ、パッとやってアッサリ負けても笑い話くらいにはなるでしょう。
投入口に現在の全財産であるコインを投入。言われた通りにレバーを引くと、機械の中央にある色々な絵柄が描かれた部分が勢いよく回り始めました。
そもそもコレの何がどうなれば勝ったことになるのかすら知らないことに気付きましたけど、まさか今更やり直したいとも言えません。仕方がないのでそのまま回転する絵柄を眺めていると、次第に回転している部分のスピードが落ちてきました。その結果は……。
「これは、この世界の数字の7ですかね? ええと、端から順に7、7、7……」
結果は、全部で十列もある絵柄の全部が数字の7。わたしは間抜けにも、未だこの結果が何を意味するのか全然理解していなかったのですけれど、
「……はい? わ、わわっ!?」
突如、目の前のスロットマシンとやらが今までの何倍にもなる大音声の音楽と眩しい光を放ち始めたかと思ったら、機械の下部にある隙間からさっき投入口に入れたのと同じコインが足下の床に零れるくらいの勢いでザクザク溢れ出てきたのです。慌てて拾い集めようにも、到底わたしの両手で持ち切れる量ではありません。
その光景はこの世界の方々にとっても異様なものであったようで、従業員らしき人々のみならずカジノ内の他のお客さんまでが、ぞろぞろ集まって来てわたし達を取り囲んでいるではありませんか。
ええと、あのですね、わたしは保護者に言われた通りにやっただけなんですが、もしかして大事な機械を壊しちゃいましたかね。だとしたら、なるべく穏当な沙汰をお願いしたいところですけれど……。




