65.名探偵だよ、ラスボス様⑧
「……は? いや、え……嘘でしょ?」
恐らくは犯人と思しき人物の口から、そんな言葉が出てきました。
残念ながら嘘でも何でもないのですけれど、いやはや常識知らずで申し訳ない。
『くかかかかっ、それが嘘でも何でもないのだ! この娘がつい最近まで住んでおったのは、電気が通っておらんどころか電気製品の存在すら誰一人知らんようなド田舎ゆえな!』
「いやぁ、実はそうなんですよ。なので、さっきから皆さんが話してる内容も半分くらいはさっぱりでして」
『なぁに、気にすることはないさ。それで電話というのはだね――――』
なるほど、離れた場所にいる相手とお喋りできる道具。
細かい仕組みまでは分かりませんでしたが、他の皆さんの反応からしてツルギ様の説明に過不足はなかったのでしょう。まったく便利な道具があるものです。
『別にもっと早い段階で教えても良かったんだけどね。サヤ君への説明をこの解決パートまで引っ張ったほうが話のまとまりが良いかと思って、さっきオーナーには別の部屋の電話を使って通報してもらったのさ』
「ええと、お気遣いどうもです?」
『ははは、どういたしまして。それでは、そろそろ本題に戻ろうか。サヤ君が電話を知らなかったせいで何が起きたのか、否、起きなかったのか』
犯人が電話をかけてきたのは、相手がそれに出ることで確実に部屋の中にいる状況を作り出すため、でしたっけ。そうして目撃されるリスクをゼロに抑えたつもりだったのでしょうけど、そもそも電話という道具の使い道すら今初めて知ったわたしには、かかってきた電話に出るという当然の発想すら微塵もありませんでした。
それで電話に出なかったことで、犯人はこちらが着信の音でも目覚めないほど深く眠っていると判断したのでしょう。ですが、実際には判断に迷って何をどう対応すべきかを同室の二人に尋ねにノコノコ廊下に出てきたわけで。
「わたし、もしかして……もうちょっと早く廊下に出てたら、301号室から出てくる現場を目撃して口を封じられちゃってたりしましたかね?」
実は危ないところだったのかもしれません。
その十数秒後には二階の壁が蹴破られて建物中が大騒ぎになっていましたし、本当に殺されるところまで至ったかは不明。これについては単なる被害妄想なのかもしれないですけど。
そのあたりどうなんですかね?
ねえ、ミステリ研究会の、殺人犯のお姉さん。
◆◆◆
そもそも、最初に三階の廊下で会った時からおかしかったのです。
|301|302|階段|303|304|
三階の間取りがこの通り。
で、わたしがいたのが302でお姉さんの部屋が304。
本人が言った通りに水を貰いに一階に行くのが目的ならば、わたしの部屋のすぐ前で遭遇するのは、移動の際の動線としては如何にも不自然。あれは実際には301号室でロープの始末や電話での工作を終えて出てきた直後だったのでしょう。まあ、流石に殺人事件が起きたと分かるまでは不審を抱くほどではありませんでしたが。
「でもまあ、そこまで言っておいて何ですけど、たまたまこっちの部屋の前まで来てたってだけでは怪しくはあってもイコール殺人犯とはならないですかねぇ。向こうもそれが分かってたからこそ、即わたしの口を封じる決断に至らなかったのかもですし」
『うんうん、泊まってる宿の中を無目的に探検するのは楽しいからね。私も昔はよくやったものだよ。友達が付き合ってくれない時は一人でも』
これは犯人への助け舟になってしまうかもしれませんが、現状は怪しくはあっても確証までは届きません。解決は僅かなり遠ざかってしまいますが、このあたりはあくまでフェアに行くべきでしょう。
それはそうと、誰かに運んでもらわないと動けないツルギ様が、どうやって一人で探検してたんでしょうね?
「さて、どうしましょうね?」
より決定的な証拠は、多分あるだろう……という気はします。
ハッキリあると言い切れないのが、どうにも格好つきませんが。
なにしろ推定犯人であるお姉さんは、犯行後に一度も部屋に戻って着替える余裕などなかったのです。濃い色の服を着ているせいかパッと見は分かりませんが、なにしろ人様の心臓を刃物で刺したわけですし。詳しく調べれば返り血の一滴や二滴くらい飛んでいる可能性は少なくないでしょう。
また、それ以外でも猛吹雪の屋外で三階までロープでよじ登ったわけです。
当然、上階の301に移動した時点で髪や服に付いた雪を軽く払うくらいはしたのでしょうけど、あちこちに付いたであろう雪の全てを綺麗に落とし切れるものでしょうか。
事件発覚からの時間を考えると流石に雪の欠片がそのまま残っているということはないでしょうが、髪や服が溶けた雪で不自然に濡れていることはあり得るのでは。
「というわけで、潔白を証明するためにも身体検査にお付き合い願えませんかね?」
「い、嫌よ! 拒否するわ!」
あらら、残念ながら断られてしまいました。
こちらとしても証拠があるという確証まではないですし、犯行に関わる痕跡が運良く残っていないことに賭けて身体を調べさせてもらえたほうが、お互いにとって幸せだったと思うのですが。
ですが、こうなっては仕方がないでしょう。
『くくっ、どうやら悪の出番のようだな?』
中途半端なところで申し訳ありませんが、推理と証拠に基づく真っ当な解決編はこれにて幕切れ。ここから先は暴力とその場のノリが支配するいつものやつになるみたいです。
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