62.名探偵だよ、ラスボス様⑤
「そういえば」
すぐ目と鼻の先に他殺死体が倒れているこの状況。これ自体が明らかな異常事態なのは前提として、それ以外にもおかしな点があるのに思い当たりました。
「ラメンティア様は、一体どうしてここの壁を蹴破ろうと思ったんです? あ、いえ、特に理由なく何となくで建物のどこかを壊したとしても不思議はないんですけど、その一発目が偶然にも死体のある客室だったっていうのは確率的に低そうですし。ここの壁を選んだワケが何かあったのかなって」
うちの神様への理解が浅い周囲の皆さんは、破壊活動それ自体に関しては当然のモノとして受け入れるのに抵抗がありそうですけど、それについては慣れてもらうしかありません。そこに抗議したらゲンコツが飛んできて強制的に黙らされるのは、先程の御主人の一件で理解したでしょうし。
で、こちらが本題なのですが。
この穴がペンションの壁をあちこち殴り壊した中の一つならともかく、ピンポイントで事件現場だけを破壊したのには何らかの理由があるのではないでしょうか。
「普通の状態なら壁の向こうに死体があるとかも簡単に分かるんでしょうけど、ほら、今は視覚とか嗅覚とかをあえて鈍らせてるんですよね? あ、そのセルフ縛りに早々に飽きて止めちゃってたとかではないですよね?」
『うむ、今も常人並みの感覚に制限しておるぞ。そして、この部屋の壁だけを選んで壊したのにも当然ながら明確な理由があるのだ』
ならば、その理由とやらは神様でもなければ分からないような類ではなく、常人にも判別可能なものなのでしょう。
『なに、簡単な話だ。サヤが寝オチしてしまった後、悪とツルギはどこかその辺に死体でも転がってないかと、屋外に出てペンションの周りをぐるぐる徘徊しておったのだ。大体、二時間くらいだったか?』
訂正。
やっぱり常人には判別不可能だったかもしれません。
普通の人間が一刻近くも外の猛吹雪の中にいたら、どんなに防寒具を着込んでいても凍死は免れないでしょう。
『で、適当に喋りながら建物の周りをぐるぐる歩いていたらだな、二階のこの部屋の窓がいつの間にか開いていたのだ。単に換気やら暖房の効き過ぎやらで一時的に開けることはあり得ようが、そのまましばらく経っても一向に閉める様子もない』
「言われてみれば、この部屋ちょっと冷えますね。というか、カーテンで隠れて見えませんでしたけど、たしかに窓が開いたままみたいですし」
『それで、これは何か起こったなと屋内に戻って部屋の壁を蹴破ったというわけだ』
この寒さの中で窓が開いたままというのは、なるほど確かに不審に思えます。だからといって初手で迷うことなく壁の破壊を決行するのは流石という他ありませんが。
「ちょっと失礼しますね。窓の下は……雪はかなり積もってますけど、あれを足場にして二階まで登れるほどではなさそうですねぇ。この部屋のすぐ下には足跡も何もないですし、犯行後に飛び降りたって線は薄そうですかね?」
ちなみに、この部屋のすぐ下と強調したのは、そのちょっと先にはラメンティア様が延々歩き回った時に出来たであろう足跡というか道がくっきり残っていたから。
その道にも幾らかは雪が積もりかけていましたが、この距離から視認できるくらいにはハッキリ残っています。仮に犯人が窓から地上に逃れていたとしても、その痕跡全てが雪で消えるほどの時間が経ったとは思えません。
『ふむふむ、なかなか面白くなってきたね。他に誰か気になった点はないかな?』
ツルギ様の言う面白さにはあまり共感できませんでしたが、こうして発言を促されたことで他の人達も多少なり喋りやすくはなったようです。
「ええと、事件に関係あるかは分からないのですが……」
『あ? ナメとるのか、貴様?』
「ひっ!? ごめんなさい、何でもないです!」
『こらこら、ラメンティア君。あまりお年寄りをいじめるものじゃあないよ。それで、ご老体。何か気になったことでもあるのかい?』
そこで手を挙げたのは老夫婦の旦那さん。
殺人事件に関係あるか自信はないようでラメンティア様に凄まれて怯えていましたが、ツルギ様が間に入ってどうにか発言の先を聞くことができました。
「実は、ここの壁が壊れるより少し前に部屋に内線電話がかかってきまして。こんな時間に妙だな、と。出てみたもののすぐ切れてしまったので、てっきり誰かが番号を間違えたのかと思ってましたが……」
「あ、それ、俺の部屋にも電話かかってきた! こっちもすぐ切れちゃったけど」
「それどころじゃなくて忘れてたけど、そういえば私も。それで目が覚めちゃって、水を貰いに行こうと思ってたの」
言われて思い出しましたが、わたし達の部屋でも何か鳴ってましたっけ。
元はと言えば、アレをどうすればいいか分からなくて部屋から出てきたんでした。
どうやら他のお客さん達や一階の管理人室でも同じことが起きていたようです。
『ふふ、それは興味深い情報だね。オーナー、このペンションに置いてある電話は、ここに置いてある同じタイプだけかな? 見たところ通話記録や発着信の履歴も残らないシンプルな機種のようだけど』
「え、ええ……というか、そうだ電話! 早く警察に通報しないと!」
『通報は結構だけど、それなら現場保存の観点からして殺人現場のヤツ以外からかけたほうがいいだろうね。まあミステリのお約束だと、電話線が雪でやられたか犯人に切られたかして不通っていうのが定番なんだけど』
ツルギ様の助言に従ってか、宿の御主人が一階の恐らく管理人室に急いで走って行きました……が、さして時間もかからずトボトボとした足取りで戻ってきました。
「こちらの……ええと、剣の方が仰ったように電話線に何か異常があるみたいで。私も機械修理なんかは全然分からないもので……」
『まあ通報できたらできたで、この雪の中を警察が突っ切って来られるとも思えないし、結果に大した違いはないさ。ドンマイ! それより確認なんだけど、外線は使えなくても内線なら問題なく使用できるんだよね? その電話の横に貼ってあるのが全室の番号リストかな? 私達の部屋にもあったし、他の部屋にも全室同じモノが?』
「は、はい」
『まだ理由までは不明だけど、わざわざ全員の部屋に電話がかかってきたっていうのは露骨に怪しいよね。恐らくは殺人犯が……ああ、いや、まだ複数犯説って線もあるか。直接的な殺害犯か、もしくはその協力者が電話の主だという前提で考えるべきだろう』
口ぶりからしてツルギ様の頭の中では……いえ頭はないんですけど、剣なので……ともかく、着々と推理が進んでいるのでしょう。途中からチンプンカンプンで混乱するばかりの身としましては、ただただ感心するばかりです。
『ははは、なぁに、まだ分かったのは謎の六割程度ってところだよ。多分ね』
「いやいや、もう折り返しを越えてるじゃないですか」
今ここにいる中の誰かが犯人だとしたら、この状況はさぞ怖いでしょうねぇ。もしかしたら実態以上に解明が進んでいると思わせて、犯人にボロを出させる作戦なのかも知れませんが。
『さて、ここは確か201号室だったね? オーナー、この上にあるのは三階の301号室。私達が泊っている302の隣の空室だったと記憶しているけど、あそこは例の夕食の席に来なかった予約客の部屋ってことで合ってるかい?』
「ええ、そうですが……」
『ちょっと悪いんだけど、そちらを調べさせてもらえるかな。それでもう全部解けると思うからさ、多分ね』




