57.世紀末世界のラスボス様⑥
『というワケで、ジジイ、お前が王をやれ』
「えっ、えぇ~~ッッ!?」
ラメンティア様がこの世界に飽きたのは、これはもう仕方ありません。
初日から数えて今日でキッカリ十日目。
むしろ、よく持ったほうだと言えるでしょう。
これまで様々な世界でどのような旅路を歩んできたのか、日々の雑談の中でツルギ様から教えてもらったりもしたのですが、早い時は体感一日以内に別の世界を二つ三つと次々ハシゴする時もあったそうですし。居酒屋ではあるまいし、世界に対してハシゴって表現を使うのが正しいのかは分かりませんが。
『えぇ~、ではない! 悪がいなくなるのだから、こいつらを新しくまとめ上げる奴が必要であろう? 別に誰でもいいと言えばいいのだが、このボンクラ共の中ではスミスのジジイが僅かなりともマシだと判断したまでのこと。光栄に思うがよい』
「いや、あの、そう言われましても……」
スミスお爺さんが戸惑うのも無理はありません。
たしかに現在のこの集団の中では、異世界からお邪魔した我々を除く中での最古参。住んでいた村の皆さん共々に幹部待遇ということにはなっていますが、彼自身は特別に強いわけでも何でもないごく普通の老人なのです。
今のところは怖い神様が睨みを利かせているから元は凶悪な武装勢力を率いていた連中も大人しくしていますが、もしもラメンティア様が目の届かない所に行ってしまったら途端に物騒な野心を滾らせてしまいかねない……否、まず間違いなくそうなるでしょう。
そうなれば数々の集団を仲間に引き入れて異常なハイペースで膨れ上がった組織は、一瞬にして反乱からの瓦解。この短期間で現集団への帰属意識や仲間意識を十分に醸成できたとも思えません。あっという間に元の群雄割拠の暗黒時代に逆戻りするのが、今のうちから目に見えるかのようです。
その現場に居合わせることはないであろうわたし個人としては半ば他人事とはいえ、散々悪さをしてきた悪党以外の普通の人々がワリを喰わされるというのは心が痛みます。
なので、これが助け舟になるのかは分かりませんが、
「あのぅ、ラメンティア様? ちょっと気になったんですけど、お爺さんが他の人達よりも見込みがありそうだって、それはどのあたりで判断したんですか?」
『なんだ、サヤも分かっておらんかったか。そんなものはジジイに会った最初の時から既に自明であろう。ほれ、あの種モミだ』
「種モミ?」
その一件はもちろん覚えていますが、それがどう王の資質に関わるのやら。
農業の知識や経験が政の役に立つことは……まあ無くはないのでしょうけれど、それが決定打になるほどかというと疑問です。そもそも当のお爺さん自身も全くピンと来ていないようですし。
『やれやれ、もっと大局的に物事を見んか。そのザマではあの野盗共を笑えんぞ。もう面倒だから早々に答えを言ってしまうが、悪が評価したのはジジイの視点だ』
「視点、ですか?」
『うむ。自分も腹が減っていたのだろうが、まず目先の食欲に負けず種モミに手を付けなかった点。それだけなら同程度の自制ができる奴はそれなりにいようが、野盗に襲われて今にも殺されそうな時でもなお差し出して命を乞おうとはしなかったな。流石に、そちらは誰でもできるとは言えまい』
ふむふむ、なんとなく分かってきたような気がします。
視点というのは当然ながら直接的な視力の良さを表しているわけではなく、貴重な種モミを増やして大勢の人の糧とすることを考えられる長期的な物の考え方ができるという意。
それも安全が保証された平時のみならず、自分の命が懸かった修羅場においても揺らぐことがないと思えば……なるほど、これは中々の傑物と言えるでしょう。相変わらず、ご本人はあまりピンと来ていないようで所在なさげにしているのが格好付きませんけど。
『単に強いだけの脳筋は、王の命で動く戦士としては良くとも自らが上に立つ器ではない。なあ、おい、ここいらで勢力争いしておったアホ共。貴様ら、どこかから奪うばかりで必要な食料を計画的に増やしたり民を養うことを全然真面目に考えておらんかったろう。まだ倒すべき敵が残っておるうちは不満の捌け口をそちらに持っていくこともできようが、もう倒す敵も奪える相手の心当たりも消えたら先はないだろ。そんな考えなしのアホが上に立ったら秒で国が滅びるわ』
流石に秒で滅びるは誇張としても、あまり間違ったことは言っていない……ような気がします。ラメンティア様のような超常の力を持った神ならともかく、個としての強さがどれだけあろうが国家の運営には大して役立ちそうもありません。
『どうせ今まで真剣に考えておらんかったのだろうが、支配とは即ち管理のことだぞ? ここいらは貨幣経済そのものが失われておるようだから幾らか単純化はできるにせよ、手元の水や食料をどこの集落にどれだけ割り振るか、どこの誰にどれだけの権限を与えて何の仕事をさせるか。王になれば、そういう地味で地道な管理を死ぬか退位するまで延々繰り返すことになるわけだ。この世界では書類として用いるのに十分な量の紙を確保できるとも思えんし、大体は口頭による報告と指示で仕事を進める形となるだろう。いちいち必要な情報を覚えるのも楽ではなかろうなぁ。知恵の回る部下に権限を預けて仕事を振るにしても、そいつが不正を働かないとも限らんし』
ラメンティア様が思ったより真面目かつ真っ当なことを言うものだから、わたし含めて皆さん驚いているようです。これまで腕っぷし一本で覇を競っていた皆さんも、これまで自分が何になりたがっていたのかを改めて考えてか複雑そうな表情を浮かべています。
今まさに王の座を押し付けられそうなスミスお爺さんにしても自信など全然なさそうですが、消去法的にであれ向き不向きを問うならば確かに他の荒くれ者よりは適性があるのでしょう。
『気に入らない奴を全員ブチのめして、ぼくちゃんが一番強くて偉いんだ。政治とか難しいことは分かりません。よく分からないことは周りの奴らに丸投げします……とか、どんなバカ殿だ? もう暗君ってレベルですらなかろう』
ある程度までの小集団ならそれでも回るのかもしれませんが、より広く多くを治める王様としては不安なんてものじゃありません。ベストとはいかずとも、僅かなりともマシな候補がいるならそちらにお任せしたいところでしょう。
ここまでを前置きとして、ラメンティア様は改めて皆さんに問いました。
『で、一度だけ聞くぞ? ジジイ以外に王をやりたい奴はおるか?』
◆◆◆
「スミス王、ばんざーい!」
「新しい王様、ばんざーい!」
すっかり住人が増えた都市をバイクで後にする我々の耳に、新たな王様の戴冠を祝う声が遠くから聞こえてきました。スミスお爺さん改めスミス陛下はこれからさぞやご苦労をされるのでしょうが、少なくとも現在のところは他の皆さんも彼を支持していく方向で意見を一致させたようで。
『そもそもの話をすればだな、この時世でわざわざ強さ比べなんぞしていた連中のほとんどは、本気で時代の覇者など目指していたわけではないのだ。あいつら自身にも自覚があったかは怪しいが』
「そうなんですか?」
『うむ。この世界がこうなる以前がどうだったか詳しくは想像するしかないが、聞いた限りにおいては珍妙な拳法の使い手が思う存分に力を振るえるような社会ではなかったのだろうな。つまりは他人を殴ったり殺したりしたら、当たり前の帰結として法で裁かれ罰を受けるような環境というわけだ。どれだけ技を磨こうが、それを披露する機会など生涯ないのが前提だ。それが急に鍛えた技を使ってもよい、窮屈な思いを我慢する必要がないとなったら……それはまあ、せっかく頑張って覚えたモノを使ってみたくもなるだろう』
「ははぁ、そういうものですか?」
『うむ、そういうものなのだ』
こうして聞いてみても正直まったくピンと来ない感覚です。
それが事実だとしたら意外と子供っぽい素朴な動機と言うべきか、あるいは他人の迷惑を考えてやりたい人達だけでやっててくれと言うべきか。
『ま、あれだけ言われて再び乱世に戻るようなら、もう悪の知ったことではない。勝手に滅んでいろ馬鹿め、だ。もしも首尾よく文明を復興させられたなら、そのうちまたちょっかいをかけに来てやってもよいが』
そのあたりは神のみぞ知る……いえ、神様にすら分かりません。
ツルギ様曰く、正確にはやろうと思えばラメンティア様は予知らしきこともできるらしいのですが、ネタバレは興醒めするとかで滅多に使いたがらないのだとか。
『やれやれ、私としては正直ここの世界はイマイチだったかな。ラメンティア君だけならともかく、どいつもこいつも荒っぽくていけない。次の世界は、もっと私向きの知的な雰囲気の世界だといいんだけどね』
「ふふふ、そうだといいですねぇ」
わたしとしてもツルギ様の意見に賛成です。
そこらを野盗が跋扈して略奪や暴力が横行する世界というのは……なんだかんだ途中から馴染んでいた気はしますが、それはそれとして物騒でいけません。
「あとは、暑いのと砂埃が多いのは当分勘弁って感じですかねぇ」
『まったく、注文の多い連中め。では、悪のゴッド直感に従って適当に空間を開いて、と……くかかっ、このままバイクで突っ込むぞ!』
そうして眼前に突如開いた空間の穴にバイクごと突っ込んだ我々一行。
飛び込んだ先は、もう次なる異世界というわけです。
ラメンティア様曰くのゴッド直感にこちらの希望がどれだけ反映されているのかは、通り道を開いたご本神にも分からないそうですが。
この時は、まるで思ってもいませんでした。
単純明快な荒っぽさや強烈な日差しとは、まるで正反対。吹雪に閉ざされた雪山の山荘を舞台にした、恐るべき密室殺人事件に巻き込まれることになろうとは……。




