52.世紀末世界のラスボス様①
見渡す限り広がる土と岩だらけの無人の荒野。
砂埃が酷いのと強烈な日差しには辟易しますが、森と山ばかりの田舎育ちにとっては非常に新鮮な光景です。そして、それ以上の新鮮さを感じられるのが、我々のお尻の下で唸りを上げるブツでしょうか。
「きゃっ!? ちょっ、速い、速すぎません!?」
『なんの、まだまだ! 何も邪魔する物がないところをバイクで思いっ切りかっ飛ばすというのは、存外に面白いではないか。それ、もっと飛ばすぞ。しっかり掴まっておれ!』
「きゃ、きゃああぁぁ!?」
牽く人や動物もいないのに走る奇妙な乗り物。
前後の二輪で疾走する乗り物の名は、ツルギ様曰くオートバイと言うのだとか。
ラメンティア様も普段のドレス姿から、ライダースーツなる身体をピッタリ覆う大胆な格好へと服装チェンジ。別に着替えを隠し持っていたわけではなく、先程までのドレス自体が変形して他の服になったのですが、お金をかけずに好きな衣装に着替え放題とはなんとも羨ましい特技です。
『くかかっ、最初はだだっ広いだけのつまらん世界だと思ったが、こんなオモチャひとつで結構楽しめるものだ。燃料に関しても、タンク内の空間に直接生成してやればガス欠の心配も要らんしな!』
「ま、まさかあんなに速いとは思いませんでしたよ……にしても、このオートバイ? コレ、置いてあったのを勝手に持ってきちゃいましたけど、近くに持ち主がいたんじゃないですかね?」
『さてな。単に捨ててあっただけではないか?』
この荒野が広がる世界にやって来て早々に、バイクが二台並んで停めてあるのを見つけて内一台を拝借してきたわけですが、もしかすると今頃元の持ち主は大層困っているのではないでしょうか。まだ誰も人間らしき姿を見かけていませんし、この世界の常識も何も分からないので確かなことは言えませんが。
ちなみに、わたしも最初は置いてあったもう一台に一人で乗ろうと試してみたのですが、残念ながら手足の長さが足りずに断念。ラメンティア様と同じオートバイに二人乗りをして、必死に腰にしがみ付く格好でどうにか乗っていました。自分で操縦しようとして事故でも起こしたら大変ですし、結果的に乗れなくて助かったというのが本音でしょうか。
「それにしても、あれだけ走り回ったのに誰一人として見かけませんでしたねぇ。そもそも、この世界に人間っているんですかね?」
『気配だけならチラホラ感じるから、一人残らず死に絶えた世界ってわけではないと思うぞ? 逆に神の気配を感じぬのは、悪に恐れを為して気配を消しているのか。それとも既に死んだか、この世界に見切りをつけて立ち去ったか……大方、そのどれかであろう』
異世界の中には神様がいないところもあるんですねぇ。
もし管理者的な存在がいたら、ここまで荒れ果てた世界をほったらかしにしておくのは不自然ですし納得といえば納得です。この世界にお住まいの人類の皆さんは、さぞ大変だと思いますけど。
「この後はどうします? 近場の人里にでも向かう感じで?」
『うむ、そろそろメシや寝床についても考えておくか。この環境ではあまり作物の量や質に期待できんとは思うが……む?』
「どうしました? あ……人、いましたね」
適当にバイクを走らせながら先の予定について話していると、遠くに豆粒のように小さい人影が見えてきました。わたしの視力ではまだ明確な人相が分かるほどの距離ではありませんが、人数は恐らく三人。
そしてここからが問題なのですが、三人のうち一人は先頭を必死に走っていて、残る二人組がそれを我々のようなバイクの二人乗りで追いかけているようなのです。とても仲良く追いかけっこをしている風には見えません。
『ふむ、どうやら逃げているジジイを野盗か何かが追っているようだな。もう少し近付いてみるか』
悪のエキスパートであるラメンティア様が言うなら、わたしの印象通りの事態で確定でしょう。オートバイという乗り物のスピードはわたしも短い時間ながら体感しましたし、とても常人の足で逃げ切れるとは思えません。
「あっ」
案の定、逃げているお年寄りは体力の限界を迎えたようです。
足をもつれさせ、そのまま地面に倒れてしまいました。このままでは数秒もしないうちに、野盗らしき二人組に完全に追い詰められてしまいそうです。
「ううん……聞いた感じ、食料を奪うのが目的っぽいですかね?」
あちらのお三方はそれぞれお互いの姿しか見えていないのか、未だ我々の接近に気付いていないようでしたが、すでにわたしの耳でも向こうの話が聞こえるくらいにまで距離が詰まっています。そうして会話の内容を聞いた感じだと……、
「こ、この種モミだけは勘弁してくれ! これがあれば米が作れる。そうすれば大勢の人が飢えずに済むんじゃ。今日より明日なんじゃ!」
「それを聞いたら、ますますその種モミを食いたくなったぜー!」
「そうだ、こちとらちょっと小便で離れた隙に愛車を盗まれて腹が立ってんだ! せめてメシくらい食わなきゃやってられるか!」
……みたいな感じです。
見るからに食糧難の世界では、ほんの一袋の種モミの扱い次第で大勢の人の命が左右されるものなのでしょう。あと、もしかしなくても野盗の一人が言っている愛車って、今わたし達が乗っているオートバイだったりしませんかね?
しかし、この状況を前にうちの神様がどう動くやら。
わたしとしても罪のない老人が酷い目に遭わされるのは見ていて心が痛みそうですし、できれば助けてあげて欲しいと思うのですけれど。
「ラメンティア様、どうします?」
『くっくっく……無論、行くぞ!』
ラメンティア様はバイクのスピードを一気に上げました。その駆動音が聞こえたのか、ようやく老人や野盗も我々の接近に気付いたようでしたが、もう完全に手遅れです。
「あっ! それ俺のバイ……ぶぎゃ!?」
「ひ、ひでぇ! タイヤで相棒の顔面を……ぐげっ!?」
接近して追突するまで一斉スピードを緩めることはありません。
車体が傷むことを嫌ってか激突の寸前に前輪を大きく持ち上げて、高速回転する車輪を顔面に叩き込んで一人目をノックダウン。残りの一人には直で蹴りを入れて、あっという間に二人の賊を片付けてしまいました。どちらもピクピクと動いているので、多分まだ死んではいないと思います。
『おい、ジジイ。無事か?』
「えっ……あ、は、はい! 旅の御方、なんとお礼を言ったらいいか……」
突然救われたお爺さんは驚いていましたが、それでも目の前のツノの生えた女性が野盗を倒したところを見ていたのです。どうにか状況を飲み込んでお礼を言おうとしてきましたが……大変お気の毒なのですけど、その方、悪の神様なんですよ。
『くくく、なぁに構わん構わん。そこに落ちている袋が、この連中の言っていた種モミだな?』
「え、ええ、聞いておられましたか」
『見た目はショボいが、こいつらがあれだけ追いかけ回してまで食いたがったのだ。喰ってみたら意外と美味いのかもしれんな?』
「え、あの……?」
さっきのやり取りの中でお爺さんが取り落としていた種モミの袋を拾い上げたラメンティア様は、それを元の持ち主に返すでもなく袋の口を広げると……、
『くかかかかっ、この種モミは悪が喰らってくれるわーっ!』
「えっ、え~~~~!?」
袋の中の種モミを、ざらざらと口の中に流し入れてしまいました。




