49.悪い子になろう!
この旅はなんとも愉快なものでした。
それは単に孤独の寂しさを忘れられたとか、綺麗な街並みや自然の景色を眺めたり美味しい物を食べたりといった、ごくごく健全な意味での愉しさばかりではないのです。
「あはっ」
こうして思い返すだけで笑えてきます。
なんて痛快な光景だったことでしょう。
流石にやりすぎなんじゃないかと思ったり、いくらなんでも気の毒だという同情が全部嘘だったわけではない……とは思いますが、多分。
でも、決してそれだけではない。
善いものばかりではないのです。
自分の中にもそういう側面があるという、そんな事実から目を背けていたい気持ちだってないわけではありません。けれども、こうして思い返すだけで自然と浮かんできてしまう笑みは、疑う余地なくわたし自身の内面から出てきたものなのです。
「ラメンティア様」
『なんだ?』
「わたしがラメンティア様と一緒に行けば、これからもたくさん見れますよね? ええと、その……お調子に乗っている人が、問答無用で酷い目に遭わされるところ」
『うむ、身の安全は保障できずとも、それに関しては確実に請け負おう。なにしろ、それこそが悪のライフワークゆえな』
この世界に残れば一生を平穏無事に過ごすことはできるのでしょうが、そんな人生では刺激が足りない。自分が偉いと思っている人や神様が、殴られ、蹴られ、無様に許しを乞う姿なんて見る機会は金輪際ないでしょう。
それでは、つまらない。
別に善意や正義の価値を完全に見失ったわけではないとは思うのですけど、そういう風に悪を愉しめる感性が我が身のうちにある。今のわたしは、最早そのことに気付いてしまいました。
まったく、なんて悪い子でしょう。
『くくっ、ま、よかろう。悪の神に仕える者はそうでなくてはならん。行く先々で悪のやること為すことに心を痛めるだけの良い子ちゃんでは、わざわざ連れ回す甲斐がないというものよ。無論、そなた自身が調子に乗って醜悪となれば容赦なく放り出すからな?』
「はい、それでもいいです。だから……」
『それと、この世界を出て旅立つ以上は死後においてすら冥府の両親との再会は叶わぬものと思え。本当に、それで構わんのだな?』
ここが一番迷いました。
今から振り返ってみたら、死んだら家族に会えるかもしれないという考えが頭のどこかにあったからこそ、生贄として死ぬ運命を受け入れることができていたのでしょう。
この世界で平穏に生きて死ねば、それが何十年後になるかは分かりませんが実の家族と再会できるのかもしれない。でも、だとしても……!
「……はいっ! どうか、わたしを一緒に連れて行ってください」
我ながら、なんて親不孝な娘でしょう。
まさに親に合わせる顔がないというやつです。
『そうか。そこまでの覚悟があるなら、もうこれ以上は問うまい』
「そ、それじゃあ……?」
『うむ、サヤの気が済むまで、あちこち引きずり回してくれよう。そうだな、これからはペットではなく、悪神の巫女……その見習いとでも名乗るがよい』
「はい!」
ついでに、肩書きがペットから悪神の巫女見習いへと変更に。別にそれで具体的に何かが変わるわけではないにせよ、ある種の区切りやケジメみたいなものでしょうか。
『では、そろそろ行くか。ツルギ』
『はいはい、っと』
話題の区切りがついて早々に、ラメンティア様は何もない場所に向けツルギ様を軽く一振り。物理的な破壊力は一切ないという話でしたが、それだけで目の前の空間がパカっと裂けて、人が通れるくらいの大きさの穴ができあがったではないですか。
『この穴が他の世界に通じる道というわけだ。行き先については……くかかっ、行ってみてのお楽しみということにしておくか』
異世界へ繋がるという穴の先は、遠近や色彩すらも定かではない茫洋とした光景しか見えません。こんなところに飛び込むというのは流石に緊張しますけど、ここは一気に覚悟を決めて……と、踏み出す前に。
ラメンティア様が、なにやら妙なことを言い出したのです。
『……ああ、そうだ。サヤ、さっき確か悪のことを姉のように思っているとか言っておったな?』
「え? あ、その……はい。もしかして、ご不快でした?」
そういえば、そんなことを言っていたような気がします。
その気持ち自体は本心なのですけれど、今更ながらにみっともなく泣いて感情を吐き出したのが恥ずかしくなってきました。というか、神様相手におこがましかったでしょうか?
『いいや、どうとでも好きに思っているがよい。もっとも、悪の側からも同じような感情を返すことは期待するなよ? まあ、そこは別にどうでもよい。どうも、そなたが誤解をしているようなのでな。旅立つ前に訂正しておいてやろうと思ったのだ』
「はあ、誤解ですか?」
こちらから家族のような好意を向ける許可をもらえたのは良しとして、うちの神様が仰る誤解とは果たして何についてのことでしょう。
並大抵の男性よりも高い背丈かつ非常にメリハリの効いたボディを有する悪の女神様は、続いてわたしとツルギ様にそれぞれ問いを投げかけました。
『サヤ、そなたは確か十二歳だと言っていたな?』
「え、はい? そうですけど……」
『して、ツルギ。悪が誕生してから、今までどれほどの時が経ったか教えよ』
いったい、質問の意図がどこにあるのやら。
わたしは、ワケも分からず聞いていたのですけれど……。
『ラメンティア君が誕生してからの経過時間? 世界が違えば一日の長さが倍以上も違うことなんてザラだし、それ以前にマトモに時間が前に進んでるかすら怪しい高次元空間なんかにもお邪魔してきたからね。経過時間のカウントも楽じゃあないけど、ひとまずの基準として私の体感時間ベースで考えると……そうだねぇ、おおよそ三千――――』
三千年でしょうか。
流石の神様スケールだなぁと、そんな早とちりをしてしまいそうになりましたが。
『――――と、百五十万秒くらいかな?』
「……びょ、秒?」
おおよそ三千百五十万“秒”。
単位の聞き間違いでしょうか。
それとも異世界の一秒はとんでもなく長いとか?
『この世界の暦は私達の地元と大体似たような感じだし……ああ! ラメンティア君、キミさぁ、もう今日明日にでもちょうど一歳になるんじゃない?』
『おお、もうそんなに経っておったか』
え、あの……一歳?
わたしが何か勘違いしているのかとも思いましたけど、でもこの世界の暦でも似たようなものだって言ってますし。いや……え、うそ、歳下!?
『ならば、次に行く世界でケーキでも調達して悪の誕生を盛大に祝うとするか?』
『いいね! どうせならロウソクも一本立てようか?』
『うむ、たしか歳の数だけロウソクの火を吹き消す文化があるのだったな。何事も物は試しだ、やってみるか! では次の目的も決まったことだし、さっさと行くぞサヤ』
「はい、行きます行きます! いや、でも……えぇ、真実ですか……」
口ぶりからして、ラメンティア様とツルギ様が冗談を言ってわたしを揶揄っている風でもありません。というか、もし揶揄うならもっと信憑性のありそうな嘘を言うでしょう。
未知の世界に飛び込む不安も、意外な真実の驚きに紛れてすっかり消えてなくなってしまいました。この神様に出会ってから数々の驚きを得てきましたが、今のが間違いなく一番の衝撃だったと思います。
今回で第一章は終了となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次回以降も引き続き本作をお楽しみいただければ幸いです。




