48.行くべきか、行かざるべきか
『――――悪は、どちらでもよい』
わたしが付いて行かずとも構わない。
ラメンティア様は、そのように言いました。
『別にそなたのことは嫌いではないが、まあ現状は賑やかしのリアクション要員以上のものではないしな。異論はあるか?』
「……いえ」
ラメンティア様は、別にわたしを必要としているわけではありません。
これまで細々とした雑用などはしてきましたけど、そんなのは他の誰にだってできること。わたしでなければいけない理由など、何ひとつとしてないのです。
『他の世界の中には、この世界とは比べ物にならないくらい危険なところも多々あるからね。ハッキリ言ってラメンティア君だって無数の世界全部の中で一番強いってわけじゃあないし、サヤ君の身の安全を保障することはできないとは伝えておくよ』
こちらの忠告はツルギ様から。
あれほど圧倒的な強さを見せつけたラメンティア様より強い存在など想像すらできませんが、真剣な声音からして決して嘘や冗談ではないのは分かります。
ここで同行を申し出たところで、遠からず死んでしまうのかもしれない。ただの子供でしかないわたしなど、無理に付いて行ったところでお二人の足を引っ張ることしかできないでしょう。
『もし残るなら、餞別として皇族なり王族なりの誰ぞにサヤの後見となるよう頼むくらいはしてやろう。悪の口利きとあらば決して悪い扱いは受けまい。それならば無責任に放り出したことにはならんだろうしな。どこかにデカい屋敷でも与えられて、生涯食うに困らん暮らしができるのではないか?』
なんて勿体ないお話でしょう。
ちょっと前まで日々の食事にも困っていたのが嘘のよう。
普通に考えれば一も二もなく飛びついて当然のはず……なのに。
『で、どうする?』
どう考えても迷うはずがないのに。
なのに、なんで……!
「……やだ」
必死に絞り出されたのは、そんな子供じみた否定の言葉でした。
◆◆◆
「やだ……いや、です……置いてかないで」
視界がぼんやりと滲んでいます。
わたしは、いつの間にか泣いていたのでしょう。
眼球の周りがカッと熱くなり、頬が濡れている感触がありました。
自分が生贄にされて死を前に絶望した時ですら、こんなには泣かなかったと思います。それこそ両親を病気で亡くした時以来の大泣きでしょうか。
「やだぁ……もう一人は、いや……っ」
両親を亡くして数年、自分では寂しさに慣れたように思っていたのですけれど、本当は日々の忙しさや暮らしの苦しさで気を紛らわせて見ないフリをしていただけ。そんな簡単なことに、今ようやく気付きました。
ラメンティア様とツルギ様と出会ってからのこの十日ほど。
何から何までデタラメで気が休まるヒマもない日々でしたけど、決してそればかりではありません。ずいぶん久しぶりに身内と呼べる距離感の関係を得て、そのことを嬉しく思ってもいたのです。
「なんだか……お姉ちゃんができたみたいって、思って……なのに」
一人のまま生贄として死んでいたなら我慢できました。
でも、もう一度身内を得て、それをまた失うのは耐えられない。
ああ……わたしって、こんなにも寂しがり屋だったんですね。
『……ふむ、こんなにも懐かれていたとは正直意外だな。流石は悪の人徳ならぬ神徳といったところか。だが』
分かっています。
なにしろ、この方は悪の女神様。
ただの同情心だけで、駄々を捏ねる子供相手に折れてくれたりはしないでしょう。
『サヤよ、悪は悪の神である。そなたがいくら寂しがろうと、安っぽい同情や善意で絆されたりはしてやらぬ』
「……はい。そう、ですよね」
『ゆえに、ただの人恋しさ以外に悪と一緒に来たい理由を述べよ。出会ってからここまでの道程は、そなたにとって単に孤独を癒すだけのものであったのか?』
どうしてラメンティア様と一緒にいたいと思うのか。
悪の神様は善意で人を助けてくれることはありません。
ならば、悪意によってならばどうでしょう?
悪意によって、一緒に行くことを許してもらう。
それがどういうことを意味するのかをしばし考え……そして。
「あはっ」
我ながら、なんて悪い子でしょう。
それを自覚したと同時、思わず笑みを零してしまいました。




