41.神々を騙し討ちにしよう!
これほどの絶望的な状況もそうはないでしょう。
推定数千にもなる神々の軍勢が、ラメンティア様ただ一柱を討ち滅ぼすためにわざわざ出張ってきたのです。いくら人間の軍隊を気軽にいじめていた我が上司といえど、今度の相手は同じ神。今度ばかりは、いくらなんでも分が悪いように思えます。
ですが、そんな見立ては全くの的外れ。
たったの一柱を相手にするのに、偉大なる神々がこれだけの数を揃えてきたのは何故なのか。本当に絶望的なのはどちらなのか。そのあたりの疑問に答えが出るのに、そう長い時間は要しませんでした。
『おっと、このまま人間共がひれ伏しておったら悪の格好良いところを見せつけてやれんではないか。ほいっ、と』
「あら? 身体が急に軽く」
わたしや周囲にいた人々、そして恐らくは帝都中の人間が、神々の発する物理的な重圧を伴う威圧感によって地に伏していたのですけれど、それが急に身軽になって身体を起こせるようになりました。
『なに、連中の存在感をちょいと弱めてやった程度のことよ。これなら存分に観戦ができるだろう? 悪が連中をカッコよく叩きのめすところを見逃すのは流石に憐れというものだからな』
「は、はぁ、お気遣いどうもです……」
他の神々の存在感を弱めたと簡単に言いますが、何をどうすればそんな真似ができるやら。ともあれ、これでようやく空を見上げることができるようになりました。
そこに並んでいたのは、やはり数え切れないほどの神々の姿。
人間に近い姿をしていたり、何らかの獣や鳥の姿だったり、それ以外にも物語に出てくるような竜や様々な怪物の格好をしていたり。なんとなく見覚えがある何名かは、神殿前に立っていた像のモデルとなった神様達でしょうか。
そのいずれもが足場もない空中に危なげなく立っており、わたしの隣でニヤニヤ笑っているラメンティア様を怒りを隠す気配もなく強く睨みつけているようです。
『ラメンティア君、ここは私の出番かな?』
『ん? いや、別にツルギを使うほどの相手ではなかろう。お前はここでサヤの子守りでもしておれ』
『はいはい、了解。それじゃ、都に被害が出ないようにだけ気を付けなよ』
しかし、この期に及んでも我らが悪の女神様に緊張感はゼロ。
もしかしたら、これまで見る機会のなかったツルギ様が武器として使われる場面が来たのかとも思いましたが、迷う素振りもなくツルギ様をこちらに放って寄越してきました。拳を握ったまま腕をグルグル振り回しているあたり、このまま素手で戦うつもりのようです。
『おっと、このままでは差がありすぎるな。そうだ、ここはハンデとして右側の手だけで相手してやろう。これならば、ザコの貴様らでもちょっとは勝ち目があるのではないか?』
ただでさえプライドの高そうな神々にとって、これほどの屈辱はさぞや堪えたことでしょう。これまでは注意深く空の上からラメンティア様の隙を窺っていたのですが、
『ほざけぇーっ』
『目にモノ見せてくれるわ!』
『多勢に無勢だ、いっけぇーっ』
等々と言いながら、地上のラメンティア様に向け雲霞の如き勢いで一斉に襲い掛かってきたではないですか。というか、わたしこのままこの場所にいたら巻き添えで跡形も残らないのでは?
『くかかっ、せいぜい楽しませてみよ!』
わたしにとっては幸いなことに、ラメンティア様は空中に高く跳び上がって戦ってくれるご様子。向かって来る軍勢に倍する勢いで突進し、硬く握った右手を大きく振りかぶって……!
『おお、すまんすまん。言い忘れておったが、さっきのは貴様らから見て右側の手って意味だからな? というわけで、悪の必殺左ジャブ、左フック、左ストレートから左アッパーまでのフルコースを馳走してやろう! 左を制す者は世界を制すという名言もセットでくれてやる!』
軍勢の先頭付近にいた十柱か二十柱の神々が、左手によるパンチ連打であっさりと返り討ちに遭ってしまいました。遥か遠方の雲を突き抜ける勢いで殴り飛ばされたようですが、まあ向こうも神様ですし多分死んではいないでしょう。
「せ、せこい……」
動きが速すぎてほとんど見えませんが、最初の激突より後も神々の軍勢が次々お空に打ち上げられて数を減らしていますし、どうやら今度はちゃんと左手だけで戦っている模様。
どの程度の力量差があるのかは不明ですし、このまま戦い続けていたら体力を消耗して動きが鈍ってくるのではなんて懸念もあるにせよ、今現在においてはラメンティア様が圧倒的に優勢のようです。
これだけの強さがあるなら卑怯な手なんて使わずとも勝てそうな気がしますが、そこはまあ単にそういう風に敵を揶揄うのが純粋に楽しくてやっているのでしょう。
「ええと……ツルギ様? なんだか全然余裕そうですし、このまま勝っちゃうんじゃないですか?」
『さて、どうだろうね? 私の見たところ神様の中でも有力な主神クラスは後方に控えて観察に徹しているみたいだし、もう一波乱か二波乱くらいあると期待したいところだけど』
「期待しちゃうんですか、そうですか……」
今って間違いなく世界の歴史に残るであろう神話の戦いの真っ最中のはずなのですが、ビックリするほど緊張感というものがありません。ただの人間の身としましては、このまま一波乱すらないゼロ波乱で平和的に……はもう無理ですが、せめてなるべく安全に終わってほしいところなのですが。




